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無能扱いされた元事務員、異世界ギルドで命を救う受付嬢になりました 〜最強冒険者たちに溺愛指名されています〜  作者: 他力本願寺


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第33話 魔物の出現記録を並べたら、次の災害が見えました

ルーンベルの街を襲った魔物の大群、その第一波を退けたことで、ギルドのホールは一時的な勝利の歓喜と安堵に包まれていた。

怪我の手当てを終えた冒険者たちが木のジョッキを打ち鳴らし、生き残った喜びを分かち合っている。


しかし、私の背筋には、氷を押し当てられたような恐ろしい悪寒が走っていた。

カウンターの奥で、第一波の『魔物討伐記録』と過去の『生態系データ』を照らし合わせていた私の手は、ガタガタと震えを止められずにいた。


(……違います。終わってなんか、いない)


私は手元の簡易そろばんを弾き、何度も、何度も計算をやり直した。

だが、何度やり直しても、導き出される数字の答えは同じ、絶望的な事実を突きつけてくる。


「……ミリアさん。支部長を、今すぐ呼んでください」


「え? ユイさん、どうしたの? そんなに真っ青な顔をして……」


「いいから、早く!」


私のただならぬ気迫に押され、ミリアさんが慌てて二階の支部長室へと駆け上がっていった。

数分後、階段をドタバタと下りてきたヴィクトル支部長が、怪訝な顔でカウンターにやってきた。その後ろには、愛剣の手入れを終えたレオンさんの姿もある。


「どうした、嬢ちゃん。補給物資の計算でも合わなかったか?」


「支部長。……今すぐ、全冒険者に緊急招集をかけてください。防衛線を解いてはいけません」


私が震える手で分厚い書類の束を差し出すと、支部長は眉をひそめた。


「どういうことだ? 西門に押し寄せた群れは、レオンたちが確実に殲滅したはずだぞ」


「殲滅したのは、ただの『前衛(ぜんえい)』です。……本当の魔物の大群は、まだ森の中から一歩も出ていません」


私の言葉に、近くで祝杯を挙げていた冒険者たちの動きがピタリと止まった。


「おいおい、冗談だろ?」

「あんなに大量の魔物を倒したんだぜ? 受付嬢ちゃん、いくらなんでも考えすぎじゃないか?」


ほろ酔いの古参冒険者が、呆れたように笑いかけてくる。

現代の会社でも、現場の人間はいつもそうだった。「現場を見ていない事務の数字なんて当てにならない」「データより俺たちの経験の方が正しい」と。


けれど、私は絶対に引かない。

数字は、現場の誰も気づかない『真実』を正確に映し出しているのだから。


「考えすぎではありません。……書類は嘘をつきませんから」


私はカウンターに、一枚の大きな集計表をドンッと広げた。


「これが、先ほどの第一波で討伐された魔物の内訳データです。総数はおよそ八百。そのうちの九割以上が、フォレストウルフやゴブリンといった、機動力の高い『軽量級(けいりょうきゅう)』の魔物で占められています」


私は羽ペンで、数字の偏りをぐるりと丸で囲んだ。


「そしてこちらが、過去五年間における西の森の『生態系比率』の台帳です。本来、西の森にはオーガやトロールなどの『重量級(じゅうりょうきゅう)』の魔物が、全体の約三割は生息しているはずです。……しかし、第一波の討伐記録の中に、重量級の魔物は片手で数えるほどしか含まれていません」


私の指摘に、現場で戦ってきた冒険者たちの顔色が変わった。

彼らも、戦いながら無意識のうちに感じていたはずなのだ。「手強い大型の魔物が少なかった」と。


「子爵によって意図的に封鎖が解かれ、森全体から魔物が一斉に逃げ出したのだとすれば……足の速い軽量級が先に街に到達し、足の遅い重量級が森の中に取り残されていると考えるのが自然です」


私は別の書類を引き寄せ、冷酷な計算結果を突きつけた。


「魔物の歩行速度と、西の森からルーンベルまでの距離。そして先ほどの第一波の到達時間から逆算すると……オーガやトロールを主体とした本隊(大群)は、あと数時間後……明日の夜明け前には、確実にこの街へ到達します」


ギルド内が、水を打ったように静まり返った。

誰も反論できなかった。私の提示した数字の裏付けがあまりにも論理的で、完璧な絶望を証明していたからだ。


「……そういうことか」


沈黙を破ったのは、レオンさんだった。

彼は腕を組み、鋭い青の瞳でギルドの扉の向こう――西門の方角を睨み据えた。


「第一波の最後尾で剣を振るっていた時、森の奥から異様な地鳴りが響き続けていた。……俺はあれを、ただの余震だと思っていたが。数千の巨大な魔物が、地響きを立てて行軍してくる足音だったというわけか」


レオンさんはゆっくりと私に向き直り、その薄い唇に、微かな笑みを浮かべた。


「あのまま勝利に酔いしれて眠りこけていれば、夜明け前に街の防衛線は確実に蹂躙されていた。……君のその頭脳が、また俺たちの命を拾ったな、ユイ」


彼は大きな手を伸ばし、私の頭をポンと力強く撫でてくれた。

ゴツゴツとした手袋の感触が、張り詰めていた私の恐怖を少しだけ和らげてくれる。


彼が私の数字を信じて、肯定してくれた。

それだけで、ヴィクトル支部長の腹も完全に据わったようだった。


「……全員、酔いを醒ませ!! 武器の手入れをやり直せ!!」


支部長の地鳴りのような怒声が、ホールを震わせた。


「ユイの計算が正しければ、次に来る本隊は第一波の比じゃねえ! だが、奇襲を防ぎ、迎撃準備を整える時間は、俺たちの最高の受付嬢が稼いでくれた!!」


「おおおおおっ!!」


絶望しかけた冒険者たちの目に、再び戦意の炎が宿る。

だが、問題は山積みだった。

第一波の激闘を終えたばかりの冒険者たちは、魔力も体力も限界に近い。数時間後に迫る本隊を相手にするには、あまりにも疲労が溜まりすぎているのだ。


(全員を生き残らせるには、どうすれば……)


私は手元の簡易そろばんを見つめ、ギュッと唇を噛み締めた。

限られた戦力を、どう回すか。

現代の会社で、人員不足の繁忙期を乗り切るために何度も組み直した『あれ』しかない。


「支部長! 今のルーンベルに残された戦力を、最も効率的に運用する仕組みを作ります!」


私は真新しい羊皮紙をカウンターに何枚も広げ、定規代わりの木札を当てた。


「ただ闇雲に全員を前線に出せば、疲労で全滅します! 私が今から、討伐班、避難誘導班、物資補給班、そして医療班の『完全なシフト表』を作成します! これに従って、前線の戦力を時間差でローテーションさせてください!」


戦えない私には、巨大な魔物を斬ることはできない。

けれど、誰一人死なせないための『時間と命の管理シフト』なら、事務員である私にしかできない最大の武器だ。

私は迫り来る絶望に真っ向から抗うため、狂ったような速度でペンを走らせ始めた。

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