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無能扱いされた元事務員、異世界ギルドで命を救う受付嬢になりました 〜最強冒険者たちに溺愛指名されています〜  作者: 他力本願寺


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第3話 異世界に落ちた私は、ギルドで仮採用されました

無事に再計算を終えたレオンさんが、新しい補給・行程チェック表を大事そうに懐にしまい、ギルドを出て行く。

その広い背中を見送った後、私はふぅっと長く息を吐き出した。


心臓が、まだ少しだけドクドクと鳴っている。


私がこの異世界に迷い込んでから、今日でちょうど三日が経つ。


現代日本で、いつものように会社からアパートへ帰る道を歩いていたはずだった。

次に瞬きをした時、私は石畳の路地裏に立っていた。

行き交う人々は、古い麻布の服や革鎧を身にまとい、腰には本物の剣を下げている。中には、ふさふさとした獣の耳や尻尾を持つ人までいた。


映画のセットか何かかと思ったけれど、空気の匂いが違った。

土と、獣と、微かな鉄の匂い。


どうやら私には、転移した際のお約束らしい『共通語補正(きょうつうごほせい)』というものが備わっていたようだった。

街角の看板の文字は読めるし、人々の会話も、貨幣の計算も、なぜか自然と頭に入ってくる。


けれど、それだけだった。

魔法も使えなければ、戦う力もない。当然、身分証もお金もない。

現代日本では「DX化についていけない無能なアナログ事務員」と笑われていた私だ。サバイバル能力なんてあるはずもなく、ただ途方に暮れるしかなかった。


丸一日、水も飲めずに街を彷徨い、行き倒れそうになっていた私を拾ってくれたのが、このルーンベル冒険者ギルド支部の支部長――ヴィクトルさんだった。


ギルドの裏口の木箱にへたり込んでいた私の目の前に、突然、大量の書類の束がバサッと落ちてきたのだ。

見上げると、無精髭を生やした熊のように大きな男性が、しかめっ面で羊皮紙を拾い集めようとしていた。


私は無意識のうちに手を伸ばし、散らばった書類の端をトントンと揃え、一番上の紙に目を落とした。


『……この発注書、合計金額の計算が間違っています。銀貨二枚分、足りませんよ』


数字の羅列を見ると、頭の中のそろばんが勝手に弾かれてしまうのは、もう長年の職業病だった。

ヴィクトルさんは目を丸くして私を見下ろし、「お前、この汚い殴り書きが読めるのか? しかも暗算で?」と驚いた声を上げた。


事情を話し、行く当てがないと知ると、彼は大雑把に頭を掻き回した。

そして「飯と屋根裏のベッドを貸してやる。その代わり、俺の執務室にある書類の山をどうにかしろ」と、私をギルドの『受付補助兼記録整理係』として拾い上げてくれたのだ。


それが、私がこのギルドで働き始めた経緯だった。


「……ユイさんっ!」


不意に、背後から明るい声がして肩を叩かれた。

振り返ると、先輩の受付嬢であるミリアさんが、興奮した面持ちで立っていた。長い亜麻色の髪をふわりと揺らし、目をキラキラさせている。


「ミリアさん。その、お騒がせしてすみませんでした」


「謝ることなんてないわよ! むしろすっごくスカッとしたわ! 前例前例ってうるさいセルマ主任が、ぐうの音も出なかったんだから!」


ミリアさんは私の手を取り、ぶんぶんと上下に振った。


「それにしても驚いたわ。あの『氷の剣士』なんて呼ばれてる無愛想なレオン様が、ユイさんの言うことには素直に耳を傾けるんだもの。しかも……」


ミリアさんはニヤニヤと笑いながら、顔を近づけてきた。


「距離、すっごく近かったわよね? あんなに誰かをじっと見つめるレオン様、私、初めて見たわ」


「えっ? そ、そんなことないですよ! レオンさんはただ、書類の数字を真剣に確認してくださっていただけで……」


私の仕事は、事務員として正しい数字を提示しただけだ。それを魔法使いのようだと感心してくれたのは嬉しかったけれど、特別な感情なんてあるはずがない。

私が慌てて否定すると、ミリアさんは「えー? ユイさんってば、自分のこととなると鈍いのね」と呆れたように肩をすくめた。


「こら、ミリア。新人をいびるな」


ドサッ、と分厚い台帳がカウンターに置かれる音と共に、野太い声が降ってきた。

ヴィクトル支部長だった。彼は相変わらずの無精髭を撫でながら、私とミリアさんを交互に見る。


「いびってなんかいませんよーだ。ユイさんの大金星を褒めてたんです」


「フン。だが事実だ」


ヴィクトルさんは腕を組み、私に向かってニヤリと笑った。


「よくやったな、ユイ。お前さんが紙の違和感に気づかなけりゃ、ルーンベル支部は最強の冒険者を一人、谷底で失ってたところだ」


「私は……当たり前の確認をしただけです。前の職場でも、こういう見落としは命取りになる……いえ、トラブルの元でしたから」


つい口から出そうになった言葉を飲み込む。

現代の会社では、私が契約書のミスを見つけても「たまたま気づいてよかったね」で終わっていた。誰も、私の仕事が何かを救ったなんて言ってくれなかった。


けれど、ヴィクトルさんは大きな手で、私の頭をポンと乱暴に撫でた。


「お前さんを拾ったのは、俺の人生で一番の人事采配かもしれんな」


その言葉の温かさに、胸の奥がじんわりと熱くなる。

私は無能なんかじゃない。私の数字と紙を扱う仕事は、この世界なら、誰かの役に立てる。


「……明日から、本格的な仮採用の評価期間が始まりますね」


私はキュッと唇を引き結び、カウンターの奥に山積みになっている未処理の書類の山を見据えた。


「支部長のご期待に応えられるよう、まずはあの山から片付けます!」


「お、おう……頼もしいな。だが無理はするなよ」


呆気にとられるヴィクトルさんと、クスクス笑うミリアさん。

魔法は使えなくても、剣は振れなくても。私には、私の戦い方がある。

拾ってくれたこのギルドへの恩返しのためにも、私は手元の簡易そろばんを、ぎゅっと強く握りしめた。

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