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無能扱いされた元事務員、異世界ギルドで命を救う受付嬢になりました 〜最強冒険者たちに溺愛指名されています〜  作者: 他力本願寺


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第27話 嘘の地図と古い台帳で、危険区域の正体が分かりました

「魔物の大群が、このルーンベルの街に向かってきているだと!?」

「馬鹿な、西の森の封鎖はどうなった! 領軍は何をしている!」

「逃げろ! 街が呑み込まれるぞ!」


ヴィクトル支部長の悲痛な報告が響き渡った瞬間、ルーンベル冒険者ギルド支部は、かつてないほどのパニックと絶望の渦に飲み込まれた。

荒くれ者である冒険者たちでさえ、人の手ではどうにもならない『大災害』を前にして顔面を蒼白にし、逃げ惑うように出口へと殺到しようとしている。


「落ち着け、貴様ら!! それでも誇り高き冒険者か!!」


ヴィクトル支部長が、ホールを揺るがすような怒声を上げた。

その一喝でギルド内の動きがピタリと止まるが、皆の顔に浮かぶ恐怖の色が消えたわけではない。


「……支部長、迎撃に出るにしても、問題があります」


冷静な声で進み出たのは、S級剣士のレオンさんだった。

彼の深い青の瞳は、一切の恐怖に揺らいではいない。ただ、戦術的な懸念だけを見据えていた。


「西の森は広すぎる。魔物の大群がどのエリアから溢れ出し、どのルートを通ってこの街へ到達するのか。……進行ルートが分からなければ、部隊の配置ができません。闇雲に森へ突っ込めば、各個撃破されるか、すれ違って街を背後から焼かれるだけです」


「くっ……監視所の報告では、森全体から砂煙が上がっているとしか分からねえ。……斥候部隊を出して確認するにも、時間が足りなすぎる」


支部長がギリッと歯を食いしばる。

魔物の進行ルートが分からない。それはつまり、街を守るための盾をどこに置けばいいのか分からないという、絶望的な状況だった。


恐怖で足がすくみそうになる。

現代日本で平和に生きてきた私にとって、街が魔物に襲われるなんて、映画やゲームの中だけの話だった。

でも、今私の目の前にいる人たちは、本気で命を懸けてこの街を守ろうと苦悩している。


(……考えなさい。私にできることは、何?)


私は大きく深呼吸をし、震える手でカウンターの下に置いてあった『簡易そろばん』に触れた。


パチ、パチ、パチ。


冷たい木の珠を指先で弾く。

その小気味よい音が、私の頭の中からパニックという名のノイズを少しずつ消し去り、現代の会社で培った事務員としての冷徹な思考を取り戻させてくれた。


(魔物は自然発生したわけじゃない。子爵が意図的に封鎖を解いたのなら、彼らが『隠していた場所』こそが、大群の発生源のはず)


閃きと共に、私はカウンターの奥へと走り、数冊の分厚い台帳と、一枚の大きな羊皮紙を抱えて戻ってきた。


「支部長! レオンさん! これを見てください!」


私がカウンターに広げたのは、昨日カイルさんから裏情報を得た際に確認していた『子爵のダミー商会が提出した西の森の偽装地図』と、私が整理し直した『過去五年分の魔物被害台帳』だった。


「……ユイ? これは……地図か?」


「はい。子爵側が『ここは安全だ』と主張して、低ランク冒険者を向かわせようとしていたエリアの地図です。……でも、この地図には、不自然な空白地帯があります」


私は地図の一部、西の森の奥深くにある谷の地形を指差した。

地図上では何の変哲もない森として描かれているが、等高線の引き方が明らかに不自然だ。


「そしてこちらが、過去の台帳データです。五年前、この空白地帯周辺では、冒険者の死亡率が異常に高く記録されています。しかしある時期を境に、ピタリと被害報告が消え、このエリア自体が『立ち入り禁止』としてギルドの記録から消去されているんです」


「……立ち入り禁止になったから、被害が消えたんじゃないのか?」


怪訝そうに尋ねる古参の冒険者に、私は首を横に振った。


「違います。子爵は、魔物をこの谷に意図的に隔離し、繁殖させていたんです。地図上の空白は、彼らが隠したかった『真の発生源』です」


私は赤いインクのついた羽ペンを取り、地図の空白地帯から、ルーンベルの街へ向かって一本の太い直線を引いた。


「魔物の大群がこの谷から溢れ出したと仮定します。膨大な数の群れは、細い獣道を通ることはできません。地形の構造上、彼らが最も早く、大群のまま移動できるルートは……この川沿いの街道を抜ける、ルーンベルの『西門』です」


私の言葉に、ギルド内がしんと静まり返った。

あまりにもハッキリと指定された迎撃ポイント。


「……机上の空論だろ。たかが受付嬢が、古い台帳と地図を見ただけで魔物の進軍ルートが分かるわけねえ」


恐怖に駆られた一人の冒険者が、震える声で噛み付いてきた。

現代の会社でも、現場の人間はデスクワークの数字を軽視することが多い。「現場を知らない事務のくせに」と。


私が反論しようと口を開きかけた、その時だった。


「――俺は、彼女の出した答えを疑わない」


低く、地鳴りのような絶対的な信頼を込めた声。

レオンさんが、私の横に並び立ち、疑いの声を上げた冒険者を深い青の瞳で睨み据えた。


「彼女の数字に嘘はない。俺の命も、ノアの命も、ここにいる多くの若手の命も……彼女の整えた記録と紙によって救われた」


レオンさんはゆっくりと振り返り、私を見下ろした。

その瞳には、一欠片の疑念もない。ただ真っ直ぐに、私の仕事への強烈な信頼と、不器用なほどの愛情が宿っていた。


「ユイが西門だと言うなら、俺は西門に立つ。……そして、一匹たりともこの街には入れない」


「レオンさん……っ」


胸の奥が、ぎゅっと熱く締め付けられる。

ギルド最強の男が、私の事務仕事に己の命を預けると言い切ってくれたのだ。


その言葉に感化されるように、ノアくんが「俺も西門に行きます!」と剣を掲げ、他の冒険者たちも次々と立ち上がり始めた。


「……決まりだな」


ヴィクトル支部長が、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべて大剣を肩に担いだ。


「迎撃の主戦力は西門へ集中させる! カイル、お前は斥候部隊を率いて別ルートの警戒だ! 総員、死狂いになる準備はできてるか!!」


「おおおおおっ!!」


ギルドが、恐怖ではなく、確かな戦意に満ちた咆哮に包まれた。

冒険者たちが次々と武器を取り、街の防衛へと走り出していく。


「支部長!」


私はカウンターから身を乗り出し、ヴィクトル支部長の背中に向かって叫んだ。


「私はここに残ります! 非戦闘員の避難誘導と、前線への物資補給の管理は、すべて私に任せてください!」


「ああ、頼んだぜ、俺たちの命綱! 絶対にカウンターから離れるなよ!」


戦えない私には、剣も魔法もない。

けれど、紙と数字と記録で、必ず皆を生きて帰してみせる。

激動の防衛戦の中、私は事務員としての最大の戦いを始めるため、新たな羊皮紙の束をカウンターに広げた。

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