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無能扱いされた元事務員、異世界ギルドで命を救う受付嬢になりました 〜最強冒険者たちに溺愛指名されています〜  作者: 他力本願寺


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第26話 冒険者たちは、私の保留印を信じてくれました

ルーンベル冒険者ギルド支部の窓口で、バルザック子爵の使者をギルド規約と記録という『事務の力』で完全に退けてから数時間後。

私は、A級斥候(スカウト)であるカイルさんがもたらした裏情報に、冷たい汗を流して焦っていた。


「子爵の奴ら、ギルドの窓口を突破できないからって、なりふり構わなくなってきたよ。今、街の酒場や裏路地で、金貨をばらまいて冒険者を直接スカウトし始めている。……いわゆる『闇依頼』ってやつだね」


カウンターの向こう側で、カイルさんが低い声で耳打ちしてくる。

その言葉に、私の心臓が嫌な音を立てた。


「そんな……! ギルドを通さない依頼なら、いくら私が規約や台帳を確認しても、止めることができません」


「そういうこと。高額な前金に目が眩んで、ホイホイ西の森へ向かっちゃう命知らずの若手も出てくるだろうね」


カイルさんの言葉は残酷だが、現実だった。

ギルドの管轄外で直接契約を結ばれてしまえば、私の事務能力は一切届かない。このままでは、大金に釣られた冒険者たちが、子爵の思惑通りに時間稼ぎの『囮』として魔物の餌食になってしまう。


どうすればいい。街中の酒場を見張って回るなんて、受付嬢の私には不可能だ。

焦燥感に駆られ、手元の簡易そろばんをギュッと握りしめた、その時だった。


「ユイさん! ちょっといいですか!」


バンッ、と勢いよくカウンターに手をついて身を乗り出してきたのは、若手冒険者のノアくんだった。

彼の後ろには、見慣れない若い冒険者たちが数人、不思議そうな顔をして立っている。


「ノアくん? どうしたんですか、そんなに慌てて……」


「これ、ちょっと見てくれませんか。さっき、酒場で気前のいいおっさんたちから配られた依頼書なんですけど」


ノアくんが差し出してきた羊皮紙を受け取り、私はパッと目を見開いた。

それは紛れもなく、子爵の息がかかったダミー商会の『西の森の調査依頼』だった。高額な報酬と、安全を謳う甘い言葉が並べられている。


「ノアくん、まさかこれを受注したんですか!?」


「いいえ! 俺はユイさんに止められてから、こういううまい話は怪しむようにしてるんで!」


ノアくんは胸を張り、後ろの冒険者たちを振り返った。


「こいつらは別のパーティの奴らなんですけど、金貨に目が眩んで受けようとしてたんで、ギルドに引っ張ってきたんです」


「だ、だってよお。こんな高額報酬、滅多にねえじゃんか」


後ろの冒険者の一人が、気まずそうに頭を掻く。

しかし、彼は私が持っている依頼書を指差して、真剣な顔で言った。


「でもさ、よく見たらその紙、ユイちゃんの『承認印(しょうにんいん)』も『保留印(ほりゅういん)』も押されてねえだろ?」


「えっ……?」


「最近、俺たち若手の中じゃ噂になってんだよ。『ユイちゃんのハンコが押されてねえ依頼書は、裏があるから絶対に信用するな』ってな。だから、ハンコがないこの紙だけで森に行くのは、どうにも気持ち悪くてさ。確認しに来たんだ」


その言葉に、私は思わず息を呑んだ。

隣の窓口で聞いていたミリアさんが、堪えきれないように吹き出した。


「ふふっ、あははっ! ちょっとユイさん、聞いてた!? ギルドを通さない闇依頼でも、ユイさんのハンコがないからって冒険者の方から確認しに来たわよ! ユイさんのハンコ、もうギルドの公式証明書以上の価値があるじゃない!」


冒険者たちは、騙されてなんかいなかった。

私がここ数日、徹夜で台帳を整理し、危険な依頼には『保留印』を押し、安全なものにだけ『承認印』を押して送り出してきた、その地味な事務仕事の積み重ね。


彼らはそれを『絶対的な信頼の証』として、大金よりも重く見てくれていたのだ。


「……っ」


胸の奥から、熱いものが込み上げてきた。

現代の会社では「誰がやっても同じ」と評価されなかった私の判子。

それが今、この異世界で、若者たちの命を繋ぎ止める確かな防壁となっている。


「みなさん……確認に来てくださって、本当にありがとうございます」


私は深く頭を下げた後、涙声になりそうなのを必死に堪え、彼らを真っ直ぐに見据えた。


「この依頼書は、危険度を意図的に偽装したものです。指定された西の森のエリアには、現在、本来いないはずの高ランクの魔物が多数徘徊しています。……絶対に行かないでください。死にます」


「や、やっぱりか! あぶねえところだったぜ!」

「ユイちゃんがダメって言うなら、こんな紙切れ、破り捨てちまうわ!」


冒険者たちは顔を見合わせると、高額報酬の依頼書をあっさりと二つに引き裂き、ゴミ箱へと放り投げた。

子爵側が企んだ闇依頼による動員は、私が積み上げてきた『事務員としての信頼』の前に、完全に崩れ去ったのだ。


「いやー、恐れ入った。……俺が心配するまでもなく、君の仕事は街中の冒険者を守り切っちゃってるね」


カイルさんが琥珀色の瞳を丸くした後、心底楽しそうに笑って私の頭をポンと撫でた。


ギルドの管轄外の悪意すらも退けた。

これで、冒険者たちが不当に命を散らすことはない。

そう安堵の息を吐きかけた、その瞬間だった。


「……ユイ! カイル!!」


二階の支部長室から、かつてないほど血相を変えたヴィクトル支部長が、階段を数段飛ばしで駆け下りてきた。

そのただならぬ気迫に、ギルド内の空気が一瞬にして凍りつく。


「支部長? どうしたんですか……」


「最悪の事態だ……! さっき、西の森の監視所にいる見張りから、緊急の早馬が飛んできた!」


ヴィクトル支部長はギリッと歯を食いしばり、巨大な拳を震わせた。


「冒険者の動員に失敗した子爵の奴らが、血迷って森の『封鎖』を意図的に解きやがった! 溢れ返った魔物の大群が、このルーンベルの街に向かって真っ直ぐ進軍してきているぞ!!」


その報告に、私の背筋に氷のような悪寒が走った。

ごまかしも隠蔽も通用しなくなった権力者が最後に選んだのは、街ごとすべてを破壊して証拠を消し去るという、最悪の実力行使だった。


ついに、災害のトリガーが引かれた。

事務員としての私の戦場は、紙の上から、街の存亡を懸けた防衛戦へと移ろうとしていた。

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