第24話 護衛当番表を作ったら、最強冒険者たちが本気で揉めました
王都のダミー商会を経由して出された、バルザック子爵の危険な偽装依頼。
私がそれを事務員としての観察眼で数字の違和感から見抜き、完全に凍結したことで、ルーンベル支部には一時的な安全がもたらされた。
しかし、それは同時に「子爵の思惑を邪魔した受付嬢」として、私が明確な恨みを買うことを意味していた。いつ嫌がらせや報復が来てもおかしくない状況に、私は事務員として冷静に仕事に向き合おうとしつつも、私のために最強クラスの男たちが本気で火花を散らすという、予想外の困惑に直面していた。
「……というわけで、当分の間、ユイにはギルド内でも常に護衛をつけることにする」
朝のミーティングで、ヴィクトル支部長が腕を組みながらそう宣言した。
「子爵の犬どもがいつちょっかいをかけてくるかわからねえからな。誰か、手の空いている者は……」
「俺がつく」
支部長が言い終わるよりも早く、地を這うような低い声が響いた。
名乗りを上げたのは、深い青の瞳に強い決意を宿したレオンさんだった。
彼は私のすぐ隣に立ち、誰にも文句は言わせないという圧倒的な威圧感を放っている。
「レ、レオンさん……でも、あなたにはS級としての高難度依頼が……」
「俺の最大の任務は、君の身の安全を守ることだ。……一日中、君のそばにいる」
真剣な眼差しで見つめられ、私の頬がカッと熱くなる。
だが、その甘い空気を裂くように、ふわりと香水の匂いが漂ってきた。
「ちょっとちょっと、S級様が一日中受付にへばりついてたら、ギルドが回らないでしょ?」
カウンターに肘をついて笑っていたのは、A級斥候のカイルさんだ。
彼は琥珀色の瞳を細め、レオンさんを挑発するように見つめ返した。
「危険の察知なら、俺のような斥候の右に出る者はいない。ユイちゃんの護衛は、俺が裏から完璧にこなしてあげるよ。ね?」
「いいや、俺が守る」
「あのなぁ、少しは融通利かせろよ、堅物剣士」
二人の間に、バチバチと見えない火花が散る。
そこに、「待ってください!」と大声を上げて飛び込んできたのはノアくんだった。
「俺だってユイさんを守れます! まだC級だけど、絶対にユイさんに怪我なんかさせません! 俺に護衛させてください!」
最強の剣士、凄腕の情報屋、そして血気盛んな若手ホープ。
彼らが私の前で睨み合い、一触即発の空気を生み出しているせいで、朝からギルドの窓口業務が完全にストップしてしまっていた。周囲の冒険者たちも、恐れをなして遠巻きに見ている。
(……これは、非常に非効率です)
現代の会社で、部署間の縄張り争いや責任の押し付け合いで業務が滞るのを何度も見てきた私だ。
こういう時は、感情論ではなく『システム』で解決するのが一番だ。
「みなさん、ストップです。……業務の支障になりますので、護衛は『シフト制』にします」
私は手元にあった大きめの羊皮紙を一枚引き寄せると、定規代わりの木札を使って、スッと縦横に直線を引いた。
「え? シフト?」
ポカンとする男たちをよそに、私は現代の事務員なら誰もが使いこなす表計算ソフト――エクセルの画面を頭に思い描きながら、素早く『護衛当番表』を作成し始めた。
「レオンさんは午前中に討伐があるはずですから、護衛は午後から。その間、午前中はカイルさんにお願いします。ノアくんはまだ若手で経験を積む時期ですから、お昼休みの休憩時間と、夕方の短い時間帯で……」
パチパチと頭の中でギルドの戦力と彼らのスケジュールを弾き出し、最も無駄のない適正なリソース配分を羊皮紙に書き込んでいく。
完成したその表を、私はカウンターの後ろの壁にペタリと貼り出した。
「はい、これが今週の護衛シフト表です。この時間通りに動いてください」
事務的な私の対応に、男たちが一斉に壁の表に群がった。
「やった! 俺、お昼休みはユイさんとずっと一緒だ!」
ノアくんが犬の尻尾を振るように喜ぶ。
「……あれ? ユイちゃん、俺の担当時間がレオンより一時間短くない? これ不公平じゃないかなあ」
カイルさんが唇を尖らせて不満を口にする。
「俺は……別に、この枠以外の時間もずっとここにいて構わないんだが」
レオンさんが真剣な顔で、自分の枠を指でなぞりながらはみ出そうとしている。
「ダメです。みなさんには冒険者としての本業があります。一つの場所に戦力を集中させすぎるのは、リスク管理の観点から見ても非効率です」
私がピシャリと言い放つと、男たちはシュンとしながらも、自分の名前が書かれた時間枠をじっと見つめていた。
その様子を隣の窓口で見ていたミリアさんが、私にこっそりと耳打ちをしてきた。
「ユイさん……これ、護衛シフトっていうか、完全に『求愛予定表』になってるわよ」
「きゅ、求愛だなんて! 私はただ、業務効率と安全を両立させるために最適なスケジュールを組んだだけで……っ」
「はいはい、そういうことにしておくわ。でも、レオン様なんてずっと表から目を離さないじゃない」
ミリアさんにからかわれ、私はカッと熱くなった頬を隠すように、手元の書類で顔を扇いだ。
危険な状況のはずなのに、彼らが不器用に私を取り合ってくれるこの状況が、少しだけくすぐったくて、温かい。
だが、そんな和やかな空気を裂くように、ギルドの重厚な扉が乱暴に蹴り開けられた。
「受付はどいつだ!!」
入ってきたのは、高価だが悪趣味な装飾の施された服を着た、高圧的な態度の男たちだった。
その胸元には、バルザック子爵家の紋章が彫られたバッジが光っている。
「王都の商会からの正当な依頼を、不当な理由で凍結した受付嬢がいると聞いている! 今すぐ責任者を出せ!」
ギルドの空気が一瞬にして凍りつき、私の護衛シフトに名前を連ねていた男たちの目つきが、一斉に鋭い刃物のように変わる。
ついに、隠れていた悪意が直接その牙を剥いてきたのだ。私は震えそうになる手で簡易そろばんを強く握りしめ、カウンターの前に立ち塞がった。




