第23話 王都から来た危険依頼に、私は違和感を覚えました
私が新しく導入した『依頼選別台帳』の運用が始まり、ルーンベル支部では若手冒険者が実力に見合わない危険な依頼を受注してしまう事故を、未然に防ぐことができるようになっていた。
一方で、近郊の森の危険度上昇は日に日に明確になっており、受付の向こう側に広がる見えない悪意の気配に、私の事務員としての警戒心は常に張り詰めていた。
そんなある日の午前中。
ギルド間の連絡便で他都市から送られてきた『外部委託の依頼書』の束を仕分けしていた私の手が、ピタリと止まった。
(……この依頼書、数字が合いません)
私は眉をひそめ、その中の一枚を抜き出した。
依頼主は、王都に籍を置く聞いたことのない商会。
内容は『西の森近郊での希少薬草の採取』。
推奨ランクはD級からC級と低めだが、提示されている報酬額は、B級の魔物討伐に匹敵するほど不自然に高額だった。
一見すれば、金払いの良い美味しい依頼に見えるかもしれない。
けれど、毎日何百枚という書類を見続けてきた私の目は、その一枚が放つ『強烈な違和感』を正確に拾い上げていた。
インクの滲み方。紙の端に押された承認印の角度。
そして何より、冒険者への報酬額に対して、ギルドに支払われる『仲介手数料の比率』が、規定の数字からわずかにずれている。
(この独特な数字の丸め方……それに、このインクの匂い。間違いない)
それは、すでに追放された会計係のドルンさんが、かつてバルザック子爵の裏依頼を処理する際に使っていた偽装の手口と全く同じだった。
王都の商会という名前はダミーだ。この依頼書の本当の発信元は、西の森を支配するバルザック子爵家そのもの。
「……また危ない橋を渡ろうとしてるね、ユイちゃん」
不意に、背後からふわりと甘い香水の匂いが漂ってきた。
耳元で囁かれた低い声にビクッと肩を揺らすと、私の真後ろに、A級斥候のカイルさんが音もなく立っていた。
いつの間にカウンターの内側に入ってきたのだろうか。
「カ、カイルさん。勝手に入ってこないでください。ここは職員専用のスペースですよ」
「冷たいなあ。俺は可愛い受付嬢に、とっておきの情報を届けに来た親切な冒険者なのに」
カイルさんは人懐っこい笑みを浮かべながら、私の手元にある依頼書を覗き込んだ。
彼の顔が近く、吐息がかかるほどの距離にドキリとする。
「その王都の商会……実態はないよ。子爵の息がかかったダミーの組織だ。最近、あちこちの地方ギルドを経由して、似たような『高額で安全に見せかけた依頼』をばら撒いてる」
「やっぱり……。でも、どうしてそんな手の込んだことを?」
私が尋ねると、カイルさんの琥珀色の瞳からスッと笑みが消え、裏社会を生きる冷徹な情報屋の顔になった。
「時間稼ぎ、そして『目隠し』さ。西の森の異常発生が王都にバレる前に、何も知らない低ランク冒険者たちを大量に森へ送り込む。彼らが魔物に喰われている間に、自分たちの利権や財産を安全な場所へ移すつもりなんだろうね」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥で、静かだけれど激しい怒りの炎が燃え上がった。
冒険者を、人間の命をなんだと思っているのか。
自分たちの不正と災害を隠蔽するために、未来ある若手たちを『囮』として死地へ向かわせようとしているのだ。
書類の上の数字をいじって、命の重さを帳消しにしようとするその卑劣なやり方に、事務員としての私の誇りが絶対に許さないと叫んでいた。
「……教えていただいて、ありがとうございます。私の数字による推測と、カイルさんの情報が完全に一致しました」
私は手元の『依頼選別台帳』をバタンと力強く閉じ、カイルさんを真っ直ぐに見上げた。
「この依頼は、受理しません。保留どころか、完全に凍結します」
「いい顔するね。そういう強情なところ、本当にゾクゾクするよ」
カイルさんは目を細め、私の髪を指先でそっとすくい上げて口づけるような仕草をした。
その危険な色気に顔が熱くなりそうになるのを必死に堪え、私は依頼書の束を掴んで立ち上がった。
「支部長に報告してきます。ルーンベル支部の窓口からは、彼らの思惑通りに動く冒険者は一人も出しません」
「いってらっしゃい。……もし子爵の犬が直接噛み付いてきたら、俺が裏から潰してあげるから安心していいよ」
頼もしいけれど物騒な言葉を背中で受け止めながら、私は二階の支部長室へと向かった。
「……なるほどな。王都経由のダミー組織を使って、うちの冒険者を囮にしようって腹か」
私の報告を聞いたヴィクトル支部長は、ギリッと歯ぎしりをして巨大な拳で机を叩いた。
「支部長。この依頼書自体が、子爵が意図的に被害を拡大させ、時間を稼ごうとしている明確な『証拠』になります。私の作成した不正台帳の控えと併せて、王都本部へ提出する追加資料にしてください」
「ああ、もちろんだ。……嬢ちゃん。お前さんがこの依頼の違和感に気づいてくれなかったら、また何十人っていう若手が森で帰らぬ人になるところだった」
ヴィクトル支部長は深く息を吐き、私に力強い視線を向けた。
「よく止めてくれた。お前さんは本当に、ギルドの命綱だな」
その言葉に、私は静かに頷き返した。
剣も魔法も使えない私にできるのは、紙の上の嘘を見抜き、止めることだけだ。
けれど、その一本の線を引くことが、誰かの明日を守る盾になるのなら。
私はこの受付窓口で、どこまでも徹底的に、子爵の悪意と戦い抜いてみせる。




