第22話 若手冒険者の死亡率を下げるため、私は新しい台帳を作りました
私が受付窓口に導入した『予約制度』によってギルドの混雑は緩和されたものの、別の致命的な問題が私の心を重く塞いでいた。
正確に記録を整理したことで浮き彫りになった、新人向けの安全な依頼の減少。それはルーンベル近郊の森や平原に、本来そこにはいないはずの高ランクの魔物が降りてきているという、静かなる異常事態を示していた。
実力に見合わない危険な魔物と遭遇し、若手冒険者が命を落とす。そんな悲劇を誰一人として生み出さないためにも、私は事務員としての使命感に駆られ、新たな対策へと乗り出していた。
「……セルマ主任。少しお時間をいただけますか」
私は分厚い真新しい羊皮紙の束を抱え、受付全体を管理するセルマ主任のデスクへと向かった。
「ユイさん。どうしたの? また何か、数字のズレでも見つけた?」
最近すっかり私に信頼を置いてくれるようになったセルマ主任が、手元の書類から顔を上げて微笑んだ。
私は抱えていた羊皮紙の束を、彼女のデスクの上に広げた。
「近郊の危険度が上がっている現状に対応するため、新しい仕組みの導入を提案します。……冒険者の『過去の討伐実績』と『現在の依頼の危険度』を事前に照らし合わせるための、『依頼選別台帳』です」
私は広げた台帳の項目を指差しながら説明を始めた。
「これまでは、冒険者が依頼書を窓口に持ってきた際、受付担当者の経験や記憶に頼って『君たちにはまだ早い』と判断を下していました。しかしそれだと、担当者によって基準がブレてしまいます」
現代の会社でも、属人的な業務は必ずミスを生む。
だから私は、それを可視化するシステムを作ったのだ。
「この台帳は、パーティごとの過去三ヶ月の討伐実績をポイント化して記録しています。そして、依頼書側にもあらかじめ必要な実績ポイントを定めておきます。……つまり、冒険者が依頼を受けた段階で、数字を照らし合わせれば、彼らの実力に見合っているかどうかが誰にでも一目でわかるんです」
セルマ主任は目を丸くして、私の作成した台帳をまじまじと見つめた。
実績のポイント化、危険度との照合、そして受付担当者が一律の基準で判断するためのチェックフロー。
これなら、若手冒険者が自分の実力以上の危険な依頼に手を出そうとした時、明確な『数字の理由』をもってストップをかけることができる。
「ユイさん、これ……あなたが一人で作ったの?」
「はい。ここ数日の残業で、過去の台帳から現在活動中の全パーティのデータを拾い出してまとめました。ただ……」
私は少しだけ言葉を濁した。
これまでルーンベル支部になかった、完全に新しい評価システムだ。
以前のセルマ主任なら、「前例がない」「ギルドの伝統から外れる」と即座に却下したかもしれない。
「……承認していただけますか?」
恐る恐る尋ねる私に、セルマ主任はふっと柔らかく笑い、台帳の表紙にためらいなく承認のサインを書き込んだ。
「えっ……」
「驚くことじゃないわ。今のあなたの数字なら、私は無条件で信じられるもの。……これを使って、若手の子たちをしっかり守りましょう」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
前例主義で厳格だった彼女が、私の地味な事務の仕事をこんなにも真っ直ぐに評価し、信頼してくれているのだ。
「ありがとうございます、セルマ主任! すぐに全窓口へ共有して、運用を開始します!」
その日の夜。
閉館時間を過ぎ、すっかり静まり返ったギルドの片隅で、私は明日の窓口対応に向けて追加の『依頼選別台帳』の整理を続けていた。
ランプの微かな灯りの中、パチ、パチ、パチとそろばんの音が響く。
「……ふぅ。これでC級パーティのデータ入力は終わり、っと」
凝り固まった肩を回しながら大きく背伸びをした、その時だった。
「……遅くまで、お疲れ様」
不意に背後から声が聞こえ、トンッと私の机の隅に温かい木製のマグカップが置かれた。
振り向くと、そこには討伐から帰還したばかりのレオンさんが立っていた。
微かに香る森の冷たい空気と、彼特有の落ち着く匂い。
「レオンさん! お帰りなさい。……これ、温かいお茶ですか? わざわざ淹れてくださったんですか?」
「ああ。君がまた、一人で無理をしていると思ってな」
レオンさんは私から少しだけ離れたカウンターの端に腰を下ろし、深い青の瞳で私を見つめた。
普段は無口で感情を顔に出さない彼だけれど、その視線には、私を気遣うような甘い熱がはっきりと宿っている。
「ありがとうございます。でも、無理だなんて思っていませんよ。……この台帳を完成させれば、明日からの事故を未然に防げますから」
「君は本当に、俺たちの命を第一に考えてくれているんだな」
レオンさんは低く心地よい声でそう言うと、そのまま無言で私の作業を見守り始めた。
帰れと急かすわけでもなく、手伝うと言って私の仕事を邪魔するわけでもない。
ただそこにいて、私が作業を終えるまでずっと付き添ってくれるという『無言の保護』。
最強の剣士が自分の背中を守ってくれているという安心感に、私の心臓はまたしてもトクンと大きく跳ねてしまった。
やがて、キリのいいところまで作業を終えた私がペンを置くと、レオンさんがふと、真剣な表情で口を開いた。
「……ユイ。君が警戒している通りかもしれない」
「え?」
「最近、森の魔物の動きが明らかにおかしいんだ。本来なら深層にいるはずの凶暴な種が、浅い階層まで降りてきている。……まるで、森の奥から『何か』に追われて逃げ出してきたかのように」
レオンさんの現場での肌感覚。
それは、私が台帳の数字から読み取った『異常な危険度の上昇』と完全に一致していた。
西の森の奥で、確実に何かが起きている。
子爵が隠蔽し、私たちが数字で暴いた災害の予兆。それが、ついに明確な形を持ってこの街に迫ろうとしているのだ。




