第21話 専属指名が増えすぎて、私の窓口に行列ができました
会計係だったドルンの横領事件が解決し、ギルドから長年の不正の膿が完全に出し切られてから数日が経った。
ルーンベル冒険者ギルド支部には平穏が戻る――どころか、かつてないほどの熱気と大混雑に包まれていた。
私、白石結衣の担当する受付窓口の前に、朝からずらりと冒険者たちの長蛇の列ができているのだ。
ドルンの不正を暴いた一件で、私の作成する記録やチェック表の正確さがギルド中に知れ渡ってしまったらしい。頼りにしてもらえるのは事務員として素直に嬉しい。けれど、一人で対応できる物理的な限界をとっくに超えており、このままではギルドの機能自体がパンクしてしまう。
私の事務員としての本能が、一刻も早い『業務の効率化』を求めて静かに疼いていた。
「ユイさん! 俺のパーティも、ユイさんの専属にしてください! あの『ユイの紙』がないと、もう怖くて森に入れないッス!」
カウンターに身を乗り出して熱烈にアピールしてくるのは、C級冒険者のノアくんだ。
大型犬のように目をキラキラさせている彼の後ろには、「俺たちも!」「いや、俺たちのパーティが先だ!」と我先にと群がる荒くれ者たちがひしめき合っている。
「順番にお願いします! 私の作った紙は魔法のお守りではありません、ただの確認表です!」
声を張り上げて対応するが、列は一向に短くならない。
隣の窓口から、先輩受付嬢のミリアさんがひょっこり顔を出して、クスクスと笑った。
「すごい人気ね、ユイさん。しかもレオン様とかカイル様とか、ノアくんみたいな若手有望株とか……ユイさんの窓口って、ほんと顔がいい人ばっかり集まるわよね。受付嬢としてはうらやましい限りだわ」
「ミ、ミリアさん! からかってないで手伝ってください! このままじゃ本気で受付が回りません!」
私は赤くなりそうな頬を叩いて気合を入れ直し、手元の『簡易そろばん』をパチリと弾いた。
現代の会社でも、月末の請求書処理や窓口対応が集中する時は、ただ闇雲に目の前の仕事を処理するだけでは絶対に終わらない。そういう時は、気合いではなく『仕組み』で解決するのが定石だ。
「ミリアさん。急遽ですが、『予約制度』と『専属指名札』のシステムを導入しましょう」
「予約制度?」
「はい。まず、今日すぐに出発しない依頼の相談は、午後の指定された時間枠の『予約札』を渡して一度列から外れてもらいます。そして、どうしても私の確認が必要なパーティには、色分けした『指名札』を事前に記入してもらい、待ち時間を可視化します」
私は手早く色付きの羊皮紙を切り分け、簡易的な整理券を作り上げた。
「ミリアさんは、単純な報酬の換金と、すでに定型フォーマットで書かれた報告書の受け取りだけを『専用レーン』として回してください。込み入った相談や『ユイの紙』の作成など、時間の計算が必要なものはすべて私が引き受けます」
「なるほど! 役割分担して、列の目的を物理的に分散させるのね。さすがユイさん、頭の回転が早すぎるわ!」
ミリアさんはすぐに意図を理解し、パッと顔を輝かせた。
私たちの鮮やかな連携が始まった。
「今すぐ出発しない方は、こちらの赤い札を受け取って午後に出直してください! 単純な換金のみの方は、隣のミリアの窓口へどうぞ!」
私が大きな声でアナウンスし、整理券を配って列を分割する。
すると、あんなにカオスだったカウンター前が、嘘のようにスルスルと整理されていった。
私は自分の窓口に残った冒険者たちに対し、事前に用意していた『補給・行程チェック表』の雛形を使って、次々と数字を埋めていく。
パチ、パチ、パチ、ジャラッ。
そろばんの小気味よい音が響くたびに、一件の依頼が的確に処理されていく。
事前に行き先とパーティ編成を『指名札』に書いてもらっているため、聞き取りの時間は大幅にカットされていた。
「おおっ、すげえ。あっという間に俺たちの番が来たぞ」
「やっぱりユイちゃんの計算とさばき方は、魔法よりすげえや!」
「これなら待たされてる気にならねえな!」
お昼を過ぎる頃には、ギルドを埋め尽くしていたあの大行列はすっかり解消し、ホールにはいつもの落ち着いた活気が戻っていた。
「ふぅ……なんとか乗り切れましたね」
「お疲れ様、ユイさん。まさか受付のあの大混雑まで、紙切れ数枚と仕分けだけでさばいちゃうなんて、本当に恐れ入ったわ」
温かいお茶を差し出してくれるミリアさんに深い感謝を伝えつつ、私はほっと息を吐いた。
自分の事務能力が、ギルドという大きな組織の中でしっかりと機能し、役に立っている。その実感が、私の胸の奥を温かく満たしていた。
一息ついた後、私は午後の処理に向けて、最近の依頼台帳の整理に取り掛かった。
ドルンの不正がなくなり、正しい数字がそのまま記録されるようになったことで、皮肉にもギルド全体の情報の『輪郭』がくっきりと浮かび上がるようになっていたのだ。
ページをめくっていた私の手が、ふと、ピタリと止まった。
「……数字が、おかしい」
私は眉を寄せ、過去一週間の依頼発行台帳と、今日提出されたばかりの報告書の束を見比べた。
「ミリアさん……最近、新人向けの安全な依頼が極端に減っていませんか?」
「え? そう言われてみれば、街の近郊での薬草採取とか、下水道の弱いスライム討伐とかの依頼書、ここ数日あんまり見ないかも……」
私の背筋を、ぞくりと冷たいものが撫でた。
安全な依頼が減っているのではない。
安全だったはずの近郊エリアに、本来そこにはいないはずの高ランクの魔物が降りてきているせいで、依頼の『危険度』が軒並み跳ね上がってしまっているのだ。
西の森の異常発生の余波が、確実にこのルーンベルの街のすぐそばまで迫っている。
人間の悪意による偽装は取り除けた。けれど、その裏に隠されていた本当の脅威は、もうすぐそこまで牙を剥いてきている。
私は手元の台帳を、ぎゅっと強く握りしめた。




