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無能扱いされた元事務員、異世界ギルドで命を救う受付嬢になりました 〜最強冒険者たちに溺愛指名されています〜  作者: 他力本願寺


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第18話 最強剣士に送った紙が、血まみれで戻ってきました

私がアシュレイ様から見せられた王都の資料の中に『不気味な数字の偏り』を見つけ、名状しがたい不安を抱いていた、その日の夕方。

ルーンベル冒険者ギルド支部に、かつてないほどの激震が走った。


黒竜谷の討伐依頼へ向かっていたはずの最強剣士――レオンさんが、予定を大幅に前倒しして、血まみれの姿で帰還したのだ。

大怪我を負った彼を目の当たりにした瞬間、私の頭は真っ白になり、自分が手渡した『一枚の紙』が彼の命を守りきれなかったのではないかという、恐ろしい絶望と責任感に襲われていた。


「治癒術師を! 早く、レオン様が……っ!」


入り口にいた冒険者の悲鳴のような声で、ギルドの喧騒が凍りついた。


重厚な扉に寄りかかるようにして立っていたのは、銀灰色の髪を赤く染め、頑強な革鎧を無惨に引き裂かれたレオンさんだった。

彼の右腕からはおびただしい血が滴り落ち、石畳を黒く汚している。

S級冒険者である彼が、自力で歩くのもやっとの状態で帰還するなんて。


「レオンさん……っ!!」


私は弾かれたようにカウンターを飛び出し、彼のもとへ駆け寄った。

ひどい怪我だ。血の匂いと、嗅いだことのない腐臭のような魔物の体臭が混ざり合っている。

私は震える手を伸ばし、崩れ落ちそうになる彼の体を必死に支えた。


「しっかりしてください! 今、治癒術師が来ますから……っ。どうして、こんな……」


私が泣きそうな声で叫ぶと、レオンさんは微かに目を開けた。

焦点の合っていなかった深い青の瞳が、私の顔を捉えた瞬間、ふっと安堵の色に染まる。


「……ユイ」


彼は掠れた声で私の名前を呼び、血に染まった左手をゆっくりと持ち上げた。

その手に強く握りしめられていたのは、出発前に私が彼に手渡した、一枚の羊皮紙だった。


真っ赤な血で濡れ、シワだらけになったその紙は、私が彼のために特別に作成した『撤退条件(てったいじょうけん)』のリストだ。


「レオンさん、その紙……」


「君の、言う通りだった……」


レオンさんは私の手を、ひどく熱い体温を持った指でぎゅっと強く握りしめた。


「黒竜谷の手前で……報告にはない、異常な数の魔物の群れに遭遇した。普段の俺なら、全滅させるまで剣を振るっていたはずだ」


息も絶え絶えに語る彼の言葉に、私はハッと息を呑んだ。


彼のような最強の剣士は、己の強さを過信し、限界を超えて戦い続けてしまう傾向がある。

だから私は、彼の行動傾向を過去の記録から分析し、『遭遇した魔物が三十体を超えた場合』『ポーションの残りが三本を切った場合』など、明確な『数字のライン』を引いた撤退条件を紙に書いて渡していたのだ。


「でも、俺は……君が書いた、この紙の数字を見た」


彼は血塗れの羊皮紙を、まるで何よりも尊い宝物のように胸に押し当てた。


「君が指定した数字の条件を満たしたから……俺は、足を止めて撤退を選んだ。……君の紙がなかったら、俺はあの異常な群れの只中で、確実に死んでいた」


彼の深い青の瞳が、至近距離で私を真っ直ぐに射抜く。

死の淵に立ってもなお、私の言葉と数字を信じ抜いてくれたのだ。その事実に、私の胸の奥が張り裂けそうに痛んだ。


「生きて……君の顔を見たかった」


彼が不器用に紡いだその一言は、明確な熱を帯びて私の鼓膜を震わせた。

限界を迎えた彼が私の肩に深くもたれかかり、その大きな体を、私は必死に抱きしめ返した。


「よく、帰ってきてくれました……。生きて帰ってきてくれて、本当に……っ」


涙で視界が滲む中、駆けつけてきた治癒術師の淡い光がレオンさんを包み込む。


「おい、レオン! 一体何があった!」


騒ぎを聞きつけて二階から駆け下りてきたヴィクトル支部長が、血相を変えて怒鳴った。

レオンさんは荒い息を吐きながら、支部長を見上げた。


「……黒竜谷じゃない。西の森の奥から……見たこともない装甲を持った魔物の群れが、異常な速度で溢れ出してきている。……あれは、ただの繁殖期じゃない」


「西の森から、だと……?」


支部長が息を呑む音が聞こえた。

私の背筋に、氷を当てられたような悪寒が走る。


(西の森……バルザック子爵の領地。そして、王都の資料にあった『不気味な数字の偏り』の震源地)


すべての記録が、私の頭の中で最悪の形で結びついた。

ドルンさんの横領も、カイルさんが持ち込んだ不自然な依頼も、すべては『これ』を隠すためだったのだ。

子爵は、自分たちの利権区域で発生した『魔物の異常繁殖(大災害)』を隠蔽するために、危険度を偽装し、低ランク冒険者を口封じの肉壁として送り込んでいたのだ。


そして今、その隠しきれなくなった災害が、ルーンベルの街へと決壊しようとしている。


事務員である私が追い続けてきた数字の嘘の果てに待っていたのは、人の手に負えない圧倒的な暴力の予兆だった。

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