6(アーシャ視点)
「ふっざけんじゃないわよぉぉぉぉぉ!!!」
痺れを切らし飛び出してきたヒロインに、思わず「これのどこをどう見たら、純真無垢とか天真爛漫なんて思うのかしら」と内心で毒づいたのは致し方ないと思うのだ。
***
ガゼボにて、お兄様がエトランゼ様を餌付けしだすというなんとも妬まし……羨ましい状況の中、すでにわたくしの視界の隅には見慣れたピンク色が映り込んでいた。前世の時に画面越しでは散々見ていたし、ここ最近はこの学園内で遠目からだが何回か見ている色だ。
その、跳ねるように揺れるツインテールを何度引っこ抜きたいと思ったことか。
ふと、前世での思い出が脳裏を駆け巡る。その思い出がさらにエトランゼ様を守らねばと決意を新たにさせていた。前世でのわたくしはこの悪役令嬢に心を救われたのだから。
わたくし達がどれだけ悪役令嬢を敬愛し悪役令嬢を幸せにするために必死に地盤を固めてきたかを知らないでいる脳内がお花畑なヒロインは、攻略対象者であるお兄様とエトランゼ様が仲睦まじくしているのが気に入らないのかものすごい形相でエトランゼ様を睨んでいる。
その目を潰してやろうかしら。なんて思わないこともないがエトランゼ様にそんな汚い光景を見せるわけにはいかないので気付かないフリをした。
そんなヒロインをやはり気付いているのに無視しているお兄様との会話を続ける。お兄様は確かに“攻略対象者”だが決してヒロインに靡くことはないと断言できるだろう。なんといっても今のお兄様のエトランゼ様への愛は(かなり)重い。
わたくしだって、記憶の覚醒と共に自分の兄があのアーノルドだってわかった時の衝撃は凄まじかった。だが、覚醒後に語り合った悪役令嬢への熱い想いは未だに冷めるどころか燃え上がり続けているのを知っている。お兄様の“悪役令嬢愛”の前に“攻略対象者”は消えてしまったのだ。
そして今、敬愛する悪役令嬢はわたくし達の手の内にいる。それを自ら手放すなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。
そうしてヒロインを無視しつつ、多少挑発するように会話を続けると(お兄様は楽しんでいるようだが)とうとう痺れを切らしたのか髪の毛についた葉っぱをまき散らし飛び出してきて、とてもヒロインとは思えないような叫びを披露したわけだが……。
「妹よ、どうかしたかい?何か変なモノでも見えたのかな?」
「いいえ。可愛らしいエトランゼ様が羞恥プレイに限界を迎えて言葉を失いながらも必死にお兄様の膝の上から逃げようとなされているのに、その腰をがっちりホールドして離さないにやけ顔のお兄様しか見えていませんわ」
「だって、離したらどこかへ逃げてしまうだろう?」
「限界突破なされて猫のように威嚇されても知りませんわよ」
「それはそれで可愛いじゃないか」
わたくしとお兄様がヒロインを完全に無視する中、お優しいエトランゼ様はしっかりヒロインの存在に気付いたようだ。たぶん、これまでのお兄様とのイチャイチャを見られていたことに気付いて恥ずかしさのあまり逃走しようとしているのだろう。そんなエトランゼ様も可愛過ぎるが。
「ちょっと!早くその女を離しなさいよ!」
せっかく可愛らしいエトランゼ様を愛でていたのにヒロインのキンキン声のせいで台無しだ。羞恥で真っ赤になっていたエトランゼ様の顔色が一気に青く変わってしまった。お兄様もエトランゼ様が怯えてしまったことに気付いたのだろう、そっとエトランゼ様を膝から降ろして椅子に座らせると優しい手付きで微かに震える髪を撫でた。お兄様にこんな顔をさせるのはこの世で唯一人、エトランゼ様だけなのだ。
「少しだけ待っていて下さいね」
そう言ってエトランゼ様の髪をひと房すくい上げ、その毛先に唇を近づけた。
「「@#$%&£@$#!?」」
ひとつはエトランゼ様の(とてつもなく可愛らしい)声にならない叫び声だったが、それに重なって同じ叫びが耳に響いた。こちらは全く可愛くないが。そう、ヒロインだ。エトランゼ様が顔を真っ赤にして金魚のように口をパクパクしていると、ヒロインも同じ動作をしだしたのである。エトランゼ様がやるとものすごく可愛いのに、ヒロインがやるとまるでホラーだ。というか、エトランゼ様の真似はやめていただきたい。
さすがにこのまま無視するのは無理そうなので、諦めてヒロインに声をかけるために口を開こうとしたのだが……わたくしが第一声を発する前にヒロインの方が先に行動に出てしまっていた。
「ア、アーノルド!いえ、アーノルド様!あたしはフローラって言います!ラトベゼル男爵家の養女で……「消えろ」え」
まるで何かを焦っているように擦り寄ろうとしたヒロインの言葉をお兄様は一刀両断した。その表情は冷酷なナイフのようだ。急にエトランゼ様に背を向けるように立ったのはこの表情をエトランゼ様に見せないためだろう。まぁ、そのエトランゼ様は先程のお兄様の行動のせいでメダパニ状態なので冷気が漂いそうな今の雰囲気にすら気づいていないようだが。
「な、何を言って……ほら、あたしをよく見て?!アーノルドはあたしの事が好きなんでしょ?あたしが編入してきたその日にあたしに一目惚れしたのは知ってるんだから!
……その侯爵令嬢と結婚したのも、あたしが王子様を選んだショックから自暴自棄になったからだってわかってるわ!でも今すぐその女と別れてくれたら、あたし……あなたの事を好きになっちゃうかもしれないわよ?だから────」
なんだろう?(一応)お兄様に愛を囁いている風なヒロインだが、その目つきは獲物を仕留めるために必死に思考を巡らせているハンターのようにしか見えなかった。お兄様もその辺は疑問に思っているようだが、だからといってヒロインの要求を呑むはずがない。それにしてもこのヒロインはなんなのか……。王子ルートを選んだならば大人しく王子の尻でも追いかけていればいいものを、悪役令嬢を踏み台にして楽に王妃になろうとするその性根が気に入らな……
「今すぐ、悪役令嬢をアーノルドルートから解放してって言ってるのよ!!」
「「「へ?」」」
肩で息をしながらそんな事を叫んだヒロインに、わたくしとお兄様……それにエトランゼ様までもが思わず「へ?」と口にしてしまった。冷気は和らぎ皆が「まさか」と思う中、ヒロインは半泣きになりながら叫んだのだ……。
「アーノルドが鬼畜な変態だって知ってるんだから!あたしの大好きな悪役令嬢をそんな変態のお嫁さんになんかしておけるはずないでしょっ?!」と。




