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学園復帰早々からヒロインに絡まれるという緊急事態に見舞われてしまったが、その後はアーシャ様がぴったりとくっついて一緒にいてくれたので大丈夫だったのだが……。
「なんだか、ものすごく視線を感じますわ」
教室にいるときは窓の外や廊下側の扉の隙間から。移動中は常に背後から。どす黒いオーラと共に突き刺さるような視線が放たれている。
「どうやら、ヒロインがエトランゼ様を警戒しているようですわね。まさか自分のクラスでの授業をサボってまで覗きに来るなんて……天真爛漫キャラはどうしたのかしら」
「直接絡んでこないだけマシなのかもしれませんけれど、さすがに午前中ずっと監視されていると疲れますわね。それほど私がアーノルド様と結婚したのが気に入らなかったのでしょうか……」
やはりあの時のヒロインの私を睨みつける顔が忘れられなくて、私はモヤモヤした気持ちでいっぱいになっていた。まさかヒロインは……。
「うーん……やはりエトランゼ様がいないと自分が王妃になるのが大変だって本能で感じ取っているのかもしれませんわね。でも、本来のゲームとは少し性格が変わっている気がしますし……もうすぐ昼食の時間ですから、お兄様と今後について相談致しましょう!」
こうしてヒロインの監視をくぐり抜け、なんとかアーノルド様と待ち合わせをしていたガゼボまでやってきたのだが……。
なぜ?! なぜこうなってしまったの……?!
昼食を食べながら今後のヒロイン対策を相談するつもりのはずが、なぜか私はアーノルド様のお膝の上に乗せられて「エトランゼ嬢、あーん」とご機嫌のアーノルド様にご飯を口に運ばれてしまっている。
「ぱくっ。もぐもぐ……はっ!あ、ああああ、アーノルド様??!」
顔を合わせた瞬間に流れるような会話と動きで、訳の分からないままアーノルド様のお膝の上に誘導されてしまったのであるが、それをアーシャ様の目の前でされたのもあって恥ずかしくて悶え死にそうだった。アーシャ様もアーシャ様で「お兄様は愛が重いですわねぇ。午前中わたくしが一緒だったことを嫉妬して見せつけてくるなんて……でも、わたくしもエトランゼ様にあーんをしたいですわ!」なんて言い出す始末だ。出来ればアーノルド様を止めて欲しいのだが、私の願いが届くことはない。
「あ、あのっ!アーノルド様……お、降ろしてくださいっ!私、重いですから……っ」
「エトランゼ嬢は羽のように軽いですよ。ほら、あーん」
ぱくっ。もぐもぐ。
……はっ!またもや流れるような「あーん」につい食べてしまったわ!もはや習慣というか癖というか……そう、この間の“クッキー「あーん」事件”からアーノルド様がすっかり「あーん」を気に入ってしまい、おやつは必ず「あーん」してきていたのである。でも、いつもはおやつだったし、二人きりの時しかしなかったのに……今日は昼食ですし、アーシャ様が見ているし、なによりここは学園のガゼボなのだ。他の生徒に見られないとも限らないではないか!
「で、ですから!いくら夫婦とはいえこんな人前で「あーん」ぱくっ」
~~~~~~~~~っ!!!
習慣ってこわい!もはやこれではアーノルド様に餌付けされているようにしか見えない有様に穴があったら入りたいくらい恥ずかしくなってしまった。
「……お兄様ったらいつの間に羞恥プレイなんて覚えましたの?」
「羞恥プレイなんて失礼な。エトランゼ嬢は細すぎるからもっとたくさん食べたほうがいいと思っただけだよ。それにほら、夫たるもの妻の健康管理はなによりも優先すべき最重要案件だろう?」
「では、羞恥で茹でダコになって目を回しているエトランゼ様の姿を見ても不埒な考えは起こさないと?」
「僕の妻って最高に可愛いと思うんだ」
「それは同意致しますが、ほどほどになさりませんとそのうち逃げられますわよ」
「逃がすわけないだろう」
「……」(ジト目)
「……」(にっこり)
兄妹が不毛な会話を交わし、エトランゼが目を回している間。そんな3人の姿を見つめる人物が怒りで顔を真っ赤にしていた。
両手に小枝を持ち、中腰になりながらガゼボの周りの低木の隙間に身を潜めているのは……ヒロインその人である。ちなみにアーノルドからは角度的に丸見えなのだが、ヒロインは隠れきれていると思っているらしく足元が汚れるのも構わずにジリジリとすり足をしながら聞き耳をたてるためにガゼボに近づいてきていた。もちろんアーシャも途中からそれに気付き、ヒロインを挑発するためにアーノルドの悪ふざけに乗っかったわけである。
しかし、そんなことには全く気付いていないエトランゼが恥ずかし過ぎてぐったりしてしまい、偶然(絶対にアーノルドがそう仕向けたと思われるが)アーノルドによりかかる形になってしまったその時。
「ふっざけんじゃないわよぉぉぉぉぉ!!!」
葉っぱと土に汚れたヒロインが飛び出してきたのであった。
***
一方その頃、セノーデン伯爵家では別の事件が起きていた。
「あらまぁ、王家からの手紙ですって?」
「とは言っても、国王陛下ではなくあの王子が単独で送ってきたようだがね」
セノーデン伯爵が王家の封蝋印が入った手紙をヒラヒラと妻である伯爵夫人に見せる。中身は読まなくてもだいたいわかるが、一応王族からの手紙となると破り捨てるわけにもいかない。まぁ、別に捨ててもいいんだけど。とは思うわけだが。王家の不興を買って国から追い出されたとしても、他所の国で暮らすだけの資金はたっぷりあるし、伯爵家の人間それぞれが独立した事業とコネを持っているので名前を変えればなんとでもなるだろう。もちろん今の使用人たちにもしっかり退職金を払うつもりだ。つまり、爵位を奪われても国外追放も怖くはない。ただ今まで大人しくしていたのは、ひとえに悪役令嬢を保護するためにすぎない。最推しである悪役令嬢の安全さえ確保出来ればどうとだって出来るのだ。
とはいえ、その悪役令嬢……エトランゼちゃんが学園は卒業したいと言っていたし、もしも王家の八つ当たりで侯爵家の方に被害が及んでもエトランゼちゃんが悲しんでしまうだろうから、まだしばらくはおとなしくしておく予定ではあるが。
「それで、王子はなんと言ってきているんです?」
「そうだなぁ……。要約すると────」
『厄介者の侯爵令嬢は王家で引き取って処分してやるから、感謝しながら献上しろ』
「みたいなことが書いてあるかなぁ」
「あらまぁ、ふざけた内容ですわねぇ」
ぐしゃりと握り潰された手紙をポイッとゴミ箱に捨て、セノーデン伯爵がにっこりと微笑んだ。
「我が家の可愛いお嫁さんを奪おうなんて、とんでもない悪ガキだなぁ」
「これはお仕置き案件だわぁ」
「あはは」「うふふ」と、その日のセノーデン伯爵家にはなんとも暗黒渦巻く笑顔が並んでいたという。




