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「あ、あの……?えーと、フ、フローラ様?」
よくわからないが泣き出してしまったヒロインに思わず声をかけると、なぜか思いっきり睨みつけられてしまった。
「絶対にアーノルドをあたしにメロメロにさせてやるわ!そして、ふたりを離婚させてやるんだから!そんでもって悪役令嬢を奪ってみせるんだからぁ!覚えてらっしゃい────っ!」
そして、そんな捨て台詞を残して走り去ってしまったのだが……私は意味がわからなくてポカンとするばかりだった。
「……嵐のようなヒロインでしたわね」
アーシャ様がため息混じりにポツリと呟くと、アーノルド様も同意するかのように小さく頷く。
「エトランゼ嬢を“悪役令嬢”と呼んだ事といい、アーノルドルートについて知っている事といい……どうやらヒロインも転生者みたいだね。我が家以外にも転生者がいたとは驚いた。しかも僕からエトランゼ嬢を奪おうとしているなんて……」
「お兄様だけの問題ではありませんわ。これは我々セノーデン伯爵家にとっても由々しき事態ですのよ。わたくしたちの夢と希望と可愛らしいなにもかもが詰まったエトランゼ様を奪おうだなんて宣戦布告してくるんですもの……これは全面戦争ですわ!お兄様も、まさかとは思いますけれどあんなヒロインに靡いたりしたら許しませんことよ!」
「そんなことあるはずないだろう。だいたい、本人を目の前にして宝を奪うと宣言されてるのに、わざわざ靡く人間がどこにいるんだ。それに僕の小動物みたいに可愛くて、咲き誇る華のように美しい可憐で清楚でただひたすらに愛でていたいくらい可愛らしいエトランゼ嬢を奪おうだなんて宣戦布告されたんだ、潰すしかないな」
「そうですわ!とにかく最強に可愛くて最高の癒やしでしかないエトランゼ様をわたくしたちから奪うだなんて許せません!エトランゼ様の可愛らしさは至高の宝に匹敵する可愛らしさですのよ!」
「そうだ!エトランゼ嬢の可愛らしさなら……世界を征服できる……!」
なにやら真剣な顔のアーシャ様とアーノルド様だが、その会話の内容はひたすら私を「可愛い」と連呼するばかりだ。どれだけ私が可愛いかを鬼気迫る表情で語るのは本当にやめてほしい。せっかくヒロインのおかげで戸惑いながらも冷静になれたのにまたもや恥ずかしさが溢れかえってくる。今更逃げ出すわけにもいかず、穴があったら入りたい状態で褒められ続けるなんて……まさにこれがアーシャ様が言っておられた羞恥プレイというやつなのか!!
恥ずかしさに悶えながら……ふと、さっきのヒロインの言葉が頭をよぎった。確か……そう。
“アーノルドが鬼畜な変態だって知ってるんだから!”だったっけ?
「あの……。さっきヒロインが言っていた事が気になっているのですが────アーノルド様が鬼畜な変態ってなんのことなのですか?」
恥ずかし過ぎて熱くなってしまった頬を手で隠しながら疑問を口にすると、それまで真剣ながらも楽しげに語り合っていたアーノルド様とアーシャ様がピタッ!と動きを止める。
「え、ええぇぇーと、それは、あのですわね……」
そしてわかりやすく狼狽え出したアーシャ様。視線は左右に激しく彷徨いだし、その動きは錆びた時計の針のようにカクカクと震えていた。
一体どうしたのだろうか?あからさまにおろおろとしだすアーシャ様とは対照的にアーノルド様は冷静なようだけれど……って。
「き、気絶してる……?!」
とてつもなく静かなアーノルド様の顔をそっと覗き込むと、白目を剥いて灰にでもなったかのようになったアーノルド様は意識を手放しているではないか。な、なぜ……?!
「お、お兄様!しっかりなさって?!あ、あらーっ!お兄様ったらお疲れなのかしら?!エトランゼ様、もうこうなったら今日は早退いたしましょう!ね?ねっ?!」
「は、はい……!」
アーシャ様は慌てふためきながらアーノルド様を高速で揺さぶった。首がガクンガクンと激しく動くが糸が切れた人形のようにピクリとも動かない。
そしてアーシャ様はアーノルド様が目を覚まさないのを確認すると「どっせい!」と担いで私に早退を勧めてきたのである。
私は反省した。まさか、アーノルド様が突然気絶するくらいにお疲れだったなんて……!やはり私のせいよね?私が負担をかけてしまっていたから……。いえ、まさかアーシャ様があれほど狼狽えるなんてとか、さらには実の兄とはいえ自分より体格の大きい男性を肩に担いで運んでいるとか、驚きポイントは他にも色々あったような気がしないでもないのですが、それよりも私の言動がアーノルド様にそれほど負担をかけていたという事実の方が重要だった。
「と、とにかく早く伯爵家に帰りましょう……!」
こうして私たちは学園を早退し、無事に伯爵家に帰宅したのだが……
「おっかえりなさーい!さぁ、作戦会議をするわよぉっ♪」
「どうする?王家を滅ぼしちゃう?それとも亡命しちゃう?」
なぜかうっきうきしながら国家転覆発言をする伯爵夫妻に出迎えられてしまったのだった。




