12(王子視点)
その日、俺はフローラを呼び出して大切な話をすることにした。俺の事を盲目的に愛してくれるフローラには悪いが、俺は誠実な男だから自分の気持ちに嘘はつけないんだ。
フローラを呼び出した場所に向かいながら、俺はこれまでの事を思い起こしていた……。
***
フローラは可愛い。頭の固い貴族にはないような純粋さと天真爛漫なところはフローラの最大の魅力だった……だが、やはりたかが男爵令嬢。しかも養女だ。一時でも俺を魅了し夢中にさせたその魅力は素晴らしいのだが、どうしても将来を考えたら悩みは尽きなかったのだ。最初はフローラの言うとおりに悪評高い侯爵令嬢を金で買って側妃にし存分にこき使ってやろうと思っていた。そして可愛いフローラを正妃にして贅沢三昧すればいいと。金で解決出来るなら手っ取り早くていいからな。
だが、ここ数日でそれが急に難しくなってきたのである。
まず、フローラにおねだりされて侯爵令嬢エトランゼを買うための準備をして調査を始めた時にはすでにエトランゼは他の者に買われた後だったのだ。しかも俺が用意していた金の数倍の金額。この国に王子である俺より金を持っている奴なんて一体誰だと調べてみるとなんとたかが伯爵家だったことに驚いた。ふん、成金か。しかしよく調べてみればどうやら伯爵家は侯爵家に恨みを持っているようだったので、これは復讐のための結婚だろうとすぐに察することができた。全く、金で縛り付けてこそこそ嫁いびりしようとはなんとも姑息な伯爵家だな。噂では監禁しているとか奴隷として売る手筈だとか……。そこで俺は閃いた。
「そうだ、父上に言ってエトランゼを奪い取ってもらおう!」
国王陛下である父上は常々俺に「早く優秀な婚約者を迎えねば」と口煩く言っていた。さらに最近は俺がフローラを無理矢理学園の特等生枠に押し込んで編入させたのが気に入らなかったらしく機嫌がすこぶる悪かったのだが、エトランゼを迎え入れると言えば機嫌も直るかもしれない。多少悪評高くとも成績は優秀だし血筋だけならフローラより確実だ。まぁ、今は落ちぶれているがセノーデン伯爵家の金のおかげで持ち直したようだしな。そんなエトランゼを側妃にしたいと言えば喜んで伯爵家を脅迫してくれるだろうと考えたのだ。
そうと決まれば早くせねばと、父上に進言したのだが……。
「やめておけ」
父上は俺の話をろくに聞こうとせずにそう言った。
「なぜですか!?優秀な血筋の令嬢が側妃なら父上も安心できるでしょう?!」
「優秀だと認めるならば側妃ではなく正妃にしろ。だいたいその侯爵令嬢はすでに伯爵家に嫁いでいるらしいではないか。人妻に恋慕するなど王家の人間として恥を知れ」
「ですからセノーデン伯爵家はその侯爵令嬢を金で買った姑息な奴らで」
「ルーゼルク侯爵家はセノーデン伯爵家からの支援で立ち直したと聞く。貴族ならば政略結婚は当たり前のことであるし、両家で納得しての婚姻に王家が口出しする理由はないだろう。だいたいお前はその侯爵令嬢を側妃にしてあの男爵令嬢を正妃にしようとしているのだろう?逆ならまだしも、それこそ認められるはずがない。……お前は少し頭を冷やすべきだ。お前に平民たちの暮らしを視察しに行く任を与える。王家に連なる者としてしっかり勉強してこい」
ピシャリと冷たい声でそう言い切り、父上は踵を返した。
こんなときに視察だって?そりゃ、視察と称して遊びに行くのは好きだが俺の将来が懸かっているというのに父上は何を考えているんだ!
俺は腸が煮えくり返る気持ちで「父上がしてくれないなら」と、俺の独断で伯爵家に手紙を送ることにした。よく考えてみれば簡単なことだ。父上が動かなくても、伯爵家の方からエトランゼを差し出すように仕向ければいいのだとまたもや閃いたのだ。奴隷として何処かに売るくらいなら、俺に献上してくれればいいじゃないか。俺だって伯爵家の気持ちを考えてエトランゼに優しくするつもりなどはない。俺とフローラの為に散々働かせてこき使ってやるつもりなのだ。つまり、伯爵家はエトランゼに復讐が出来てさらに王家にもいい顔が出来る。俺は優秀な側妃を手に入れてその仕事ぶりで父上を説得すればフローラと堂々と結ばれることが出来る。
……完璧だ!父上だって伯爵家の方からエトランゼを献上してきたとなれば拒む理由もないはずだからな!
そうして俺は早速伯爵家に手紙を出した。ふははは!これで余計な金は使わずに全てを手に入れられるぞ!俺は天才だぁ!!
しかし、数日経っても伯爵家から返事は来ない。イライラしながらも、もしかしたらすでにキズモノにしてしまったのでそのまま差し出すか躊躇っているのでは?と考えた。
この頃はフローラがなぜかその伯爵家の嫡男に付きまとわれているようだった。アーノルドとか言う伯爵令息はエトランゼを妻に娶ったくせにフローラにちょっかいをかけるなど万死に値するが、父上が俺を見る目もかなり厳しかった為にあまり派手に動くことができなかったのだ。今、父上の機嫌をこれ以上損ねたらいけない。動物的本能でそれだけは察することが出来た。
仕方なく俺は父上に言いつけられた視察に行くことにした。まぁいい、たまには気分転換に遊びに行くのもいいだろう。パーッと遊んでストレス発散だ!
しかしまさかその視察で、運命の出会いをするなんて考えもしなかったのである。
その美しい令嬢は“ライア”と名乗った。なんと異国にある小さな国の第三皇女らしいのだが、物語で読んだ運命の出会いに憧れてお忍びでこの国にやってきたのだとか。カタコトではあるが、少し話せば彼女が博識なのはすぐにわかった。
美しく聡明で、俺の事を潤んだ瞳で見つめてくる異国の皇女。
俺はあっという間に恋に落ちたんだ。
だから決めた。フローラには誠心誠意に別れを告げてこの皇女と結婚しようと。
そうさ!異国の皇女を正妃にすれば父上だって俺を認めてくれるし、なんならフローラを側妃にすれば俺はライア嬢との運命の出会いによる恋も、フローラとの真実の愛も両方手に入れられるじゃないか。それならエトランゼはもういらないな。もしこの後から伯爵家がエトランゼを献上してきてもそれこそ奴隷として売り払えば良いだろう。
あぁ、美しいライア嬢。皇女とは思えぬ行動力といい、俺を魅了する美しさに地位と財産。君はなんて完璧なんだ……!
***
俺は浮き足立ちながらフローラの前に立った。そして誠心誠意、心を込めて笑顔を向けてフローラに告げたんだ。
「他に好きな人が出来たんだ」
俺がそう告げると、フローラはうつむいて肩を震わせた。もしかしたらフローラはショックで泣いているのだろうか?でも俺はフローラもちゃんと愛しているから安心して欲しいと思った。ただ、正妃にする約束は叶えられないからそれは謝るしかないか。よし、ここで優しく名前を呼びながらキスでもすればフローラも安心するだろう。俺はフローラの肩に手を置き、反対の手でフローラの頬に触れようと手を伸ばした。
「フロ「こぉんの、浮気男がぁ────っ!!」がほぉっ?!」
俺はその瞬間、なにが起こったのか全くわからなかった。衝撃により後方に倒れながら見たのは、俺の鼻から飛び散った真っ赤な血飛沫だった。まさか鼻血?
よもや、怒りの形相のフローラが俺の顔に思い切り頭突きをしてくるなんて思いもしなかったのだ。
「あんたなんか最低!悪役令嬢を浮気男の側妃になんかできないわ!こうなったら別ルートをなんとかしないと……」
フローラはそうブツブツと呟きながら倒れた俺に目もくれず立ち去ってしまった。え?何が起きたんだ?
そしてまさか、その日から俺の周りで異変が起こり出すなんて……。
誰か、誰か助けてくれ!
助けてくれ、愛しのライア嬢!!




