11(王子視点)
その令嬢と出会ったのは、視察と称したお忍びで街へ行った時の事だった。
平民たちの暮らす街は意外と楽しい。身分を隠して金さえばら撒けばなんでも出来るからだ。さすがに王族だとわかればマズイ事になるので毎回下位貴族の三男坊という設定で街を練り歩いている。俺の変装は完璧なので王族だとはバレていないだろう。
自由気ままな下位貴族の三男坊。そう伝えれば誰もが気まずそうに頭を下げる。もし王族だとわかれば土下座する勢いだろうなと思うとついニヤニヤしてしまいそうになるが我慢していた。下手に態度に出してバレるわけにはいかない。あくまでもこれは平民たちの普段の暮らしを視察しているのだから、王族がいるとわかれば普段の態度など見れないからだ。
しかし、やたらと商人たちがヘコヘコと頭を下げてくる。護衛だって普段の半分の人数に絞っているし、装飾品だってさほどつけていないのだから正体はバレてないはずだが……それとも下位貴族の令息にも媚を売るほど姑息な商売でもしているのか?態度も卑屈だし、こんな商人たちばかりでは貿易が心配だな。これは父上に報告せねばなるまい。さほど財力の無い下位貴族が買える物などたかがしれている。そんな下位貴族にすらも媚を売ってまで売る物となれば粗悪品か犯罪行為に関わる物か……どのみちろくなものではないだろう。
もちろんここでその粗悪品を買って証拠として持ち帰ってもいいのだが、俺の金をそんな粗悪品に使うのは嫌なので適当に追い払った。なにせ俺の金は俺の為の金だからだ。俺が認めたもの以外に払う気は欠片もない。だって俺の金なんだからな!
「さて、今日はどこで遊ぶか……いや、どこを視察するか」
カジノ街はすでに何度も行ったし、歓楽街も数え切れない程に足を運んだ。金さえ払えばどんなサービスもしてくれるし、下位貴族に扮している俺をものすごく敬ってくれる。うん、どちらも素晴らしい所だった。しかし、どんなに素晴らしくても王族の俺は頻繁には通えない。普通の貴族の男たちはいつもあんなにをいい思いをしているのかと考えると羨ましいほどだ。金だってさほどかからないし、これなら王族ではなく普通の貴族に生まれていれば良かったと何度思ったことか。
ふと、さっきの商人たちの姿を思い出した。……そうだな、今日はいつもとは違う所にしよう。
「おい、護衛共!これから港に行って貿易船の視察しに行くぞ!早く馬車の確保をしてこないか!おーい!道に群がる平民共をどかしておけよ!?わかったか?!」
俺は少し離れた場所に控えている護衛に聞こえるように声をかけた。すると護衛のひとりが慌てて俺に近寄ってくる。
おい、何を近づいて来てるんだ?今日は下位貴族に扮した視察だからバレないように一定の距離を保てと命令しただろうに!新人か?!
「お、王子……!そのように声を荒げては変装の意味が……ぐはっ?!」
「命令違反だ!俺に危険が及ばない以上は近づいてはならないと命令したはずだぞ、このゴミカスがぁ!!」
俺はその新人だろう護衛を力一杯殴り「お前はクビだ。城に戻ることも許さん!今すぐに田舎に帰れ!」と思い切り腹を蹴りつけてやった。王族の命令を聞けない奴が側にいてはもしもの時に危険が伴う。これは常識だからな。
ざわざわざわ……。せっかく役立たずに制裁を加えたのに、周りで俺を遠巻きに見ていただろう平民たちが騒ぎ出してしまった。ちっ!こいつのせいで変に注目されてしまったぞ。今、俺が王子だとバレたらあそ……視察が中断されてしまうじゃないか!
「ちっ!俺に近づくな!この不審者がぁ!!」
俺は咄嗟にうずくまるそいつにもう一度蹴りを入れて、不審者に襲われそうになったあわれな男を演じる。下位貴族の令息が金目当ての不審者に襲われるのはよくあることだ。護衛には甲冑などは着ずにあくまでも平民を装うように言っていたのでそれも幸いした。まぁその分、もしもの時は身を守れないかもしれないが……俺の為に命を落とすなら本望だろうさ。
こうして俺はざわつく民衆をかき分けてなんとか港に行くことが出来たのだ。結局馬車は用意出来なかったとかで歩くはめになったが、まぁすぐに着いたから許してやろう。俺は心が広い男だからな!……ん?さっき俺が殴って蹴ってクビにしたのは新人ではなく王家に忠義を尽くすベテランだったって?知るか!そんなこと!俺の命令に逆らった時点で全て終わりだと知れ!いくら俺の心が広くてもなんでも許すと思ったら大間違いだぞ?!
とにかく、煩わしい奴はいなくなった。他の護衛たちは俺の顔色を窺ってビクビクしているようだが……あれはあれで大丈夫なのか?咄嗟の判断が出来ないようなら護衛として相応しくないぞ?最近の奴らは王族の護衛をするというのがどれだけ素晴らしく名誉ある事なのかを全くわかっていないので困る。これも父上に言って他の人間に入れ替えてもらうかな。そういえば騎士団には女騎士がいるらしい。美しくて強いのならば俺の護衛に適任かもしれないな。
そんな事を考えながら曲がり角に足を踏み入れた瞬間。
「キャアッ」
「うわっ?!」
その角から飛び出してきたのは、山ほどのオレンジが入った紙袋を抱えた見たことのない息を呑むほどに美しい少女だったのだ。
お互いに勢いがあったようで少女は倒れ込むように俺の胸に飛び込んできた。俺は反射的に少女を抱きしめるように受け止めるが、俺と少女の体に挟まれたオレンジが潰れ何個かが紙袋からこぼれ落ちて辺りに散らばる。むせ返るオレンジの香りに包まれながら俺と少女の目にお互いの姿がうつっていた。
「ゴ、ゴメンナサイ……!ワタシ、ヨソミシテマシタ……」
輝くピンクゴールドの美しい髪、透き通るほどに白い肌をしているのに頬はほんのり薔薇色で大きく見開かれた瞳は煌めく海を結晶化したかのようだった。言葉のイントネーションが片言なのがなんだか新鮮でより可愛らしく見えてしまったのだ。
「お前!その方から離れ────」
思わずその少女に見惚れていると、あれだけ離れていろと命令したはずの護衛たちが慌てた様子で駆け寄ってきた。そしてなんとその少女の腕を荒々しく掴もうとしたではないか。
「……やめろ!!「お、お待ちくだ」逃げるぞ!」
「エッ?ア、アノ……ッ?!」
俺は護衛を突き飛ばし、少女の手を握るとその場から走り去ることに成功した。少女の混乱しながらも必死に俺についてくる姿がヒヨコのようで守ってあげたい欲求が湧き上がってくる。
なんていうことだ。俺にはすでに真実の愛を誓い合った相手がいるというのに……まるで運命の出会いだ。
それがなんだか、なにかの物語のワンシーンのようで……俺は久々にドキドキしたんだ。




