大会
「…………ふぅ」
それから、翌日の朝のこと。
深く、呼吸を整える。……いや、僕が緊張してどうするんだという話だけども……でも、どうにも抑えられなくて。
さて、そんな僕がいるのは体育館――バレーの大会が行われる会場の一つとなっている、府内の名門校の広々とした体育館のギャラリーで。……とはいっても、高校ではなく中学――三神さんが出場する京都府内の予選大会の方だけど。そして、今日は高校の近畿大会――つまりは、蒼那さんが出場する試合も行われるわけで。
なので、声をかけてくれた蒼那さんには非常に申し訳ないのだけれど……でも、一つ言い訳を許してもらえるなら、嘘はついていないし今年はこちらを優先する必要もあって。……ほら、教え子の試合をちゃんと見るのもコーチの大切な仕事だと思うし。
さて、ざっくり概要を説明すると、この予選大会の上位校が近畿大会に、そして近畿大会の上位校が全国大会に出場できるという流れで……うん、ざっくりにもほどがあるね。まあ、それはともあれ――
「――やっぱ上手いよね、あの子。今のとか、ほんとに中学生? って感じの動きだし」
「ああ、それにめっちゃ可愛いし」
「……いや、そこは関係ないでしょ。可愛いけど」
ふと、近くにいる一組の男女からそんなやり取りが耳に届く。今、コートにて試合前の練習が行われているのだけれど……お二人の会話は、相明のエースたる可憐な少女、三神さんに関してで間違いないだろう。コーチという立場であるからして、僕自身ももう何度も見ているけれど……うん、改めてすごいと思う。そして、やはり大会だからか、いつもよりいっそう動きにキレがあるのが傍目にもはっきりと……うん、眩しいなぁ。
それからしばしして、皆さん引き締まった表情でエンドラインに整列。そして、両チーム意気の籠もった爽やかな挨拶が体育館に響き渡る。……頑張れ、みんな。頑張れ、相明……頑張れ、三神さん!
「――よし、ナイス由佳!」
試合開始から、およそ15分ほど経て。
コートにて、今ポイントを取った選手の下へと笑顔で集まるチームメイト達。たった今、1セット目を相明が取ったところで。……うん、やっぱり強いなぁ。
ところで、三神さんなのだけれど……歓喜に沸くその様子を、ベンチにてじっと見つめていて。エースである彼女が、ここまでまだ一度も出場していないという状況で。……もしかして、実は怪我や病気で――というわけでもないだろう。少なくとも、今朝の時点でそんな様子は全く見受けられなかったし。
そして、残念ではあるもののさほどの驚きはなく……むしろ、こういう可能性もあるかなとは思っていて。というのも――相明は全国でも名高い強豪であり、きっと常に頂点を目指し戦っているチーム。なので、相手を見下しているわけじゃなくとも、より厳しくなるであろう先の戦いを見据え、とりわけ最初の方は控えの選手にもなるべく経験を積ませる、という戦略を取る可能性は十分にあり得るわけで。
それに、主力選手――それも、エースである三神さんは先の戦いで必ず必要になってくる。なので、今の段階で少しでも負担をかけないようにする、という意味もあるだろう。なので、彼女がベンチにいるこの状況にさほど驚きはないんだけど……うん、出たくてしょうがないんだろうなぁ。たいそうご機嫌斜めなのが、わりと遠くのこちらからもはっきり分かるくらいだし。
ところで、それはそれとして……うん、やっぱりすごい。こう、一人一人の、そして一つ一つのプレーの精度が高い。相手も決して下手じゃないけど、それでも相明との差は明白で。こう言っては甚だ失礼だとは承知だけども、三神さんが出ずともまず負けることはない。なので、今日はこのまま出ない可能性も十分にありそうだけど……うん、めっちゃストレス溜まってそう。
その後、2セット目も危なげなく試合を進める相明バレー部。そして、2セットの開始から3分ほど経った辺りで――
「…………あっ!」
思わず、声が零れる。三神さんが、徐にベンチから立ち上がり準備運動を始めたからで。ちょっと大きな声が出てしまったので慌てて周りを見るも、誰も驚いた様子もなく……というか、誰も見ていないので少しホッと安堵の息をもらす。……まあ、気づいてたとしても、きっと誰も気にも留めなかっただろうけど。というのも――
「――待ってたよ、望夢ちゃん!」
「頑張って〜!」
直後、周りから響く応援の声。そう、改めてだけど三神さんは全国でも名高い強豪校、相明のエース――中学バレーのファンの人であれば、きっとほぼ誰もが知っている名高い選手で。なので、そんな彼女が出場するとなれば自然と大きな声が出るだろうし、それを思えば僕の声なんてむしろ随分と控えめなくらいで。それに……うん、すっごく可愛いしね。
その後、ふとこちらを振り向き笑顔で手を振る可憐な少女。すると、ご自身に対してだと思ったのだろう、笑顔で手を振り返す皆さん。その中で、僕も控え目に手を振り返し……うん、ちょっとだけ恥ずかしいね。
そして、ほどなく意気軒昂とコートへ入っていく三神さん。たいそう嬉しそうなご様子が、こちらにもひしひしと伝わってきて……うん、頑張れ三神さん!




