第八話『見せかけの生』
こんにちは、マネキ・猫二郎と申します。
このお話は、後に改稿する、また第九話と順番を入れ替える可能性の高いエピソードであることを予めご了承ください。
改稿する部分につきましては、主に細かい文章表現や台詞の部分になると思います。大筋を変えるつもりはありません。
では、本編をお楽しみください。
──私の妻は既に一度、屍になっている。
しかし、どこからともなく現れた、紫の眼をした旅の者が、交換条件の契約の上で、奇跡を起こしてくださった。
吉報を持って帰らねばならぬ。吉報を持って帰らねばならぬ。吉報を持って帰られなければ、奇跡は無かったものとなり、再び妻は──。
「クッソ野郎ッッッ!!!!」
絶叫が漏れる。
クソ野郎のせいで、失敗した。
もう一度、もう一度だけ、機会を乞うか。
次こそは『勇者』を殺してみせます、と。
殺せるだろうか。いや、確実に殺せる。それだけの実力が、自分にはある。ただ、自分は弱すぎた。私の芯はガタガタだ。心が揺れて、手が震えて、まともに命を奪えない。
自分の帰りを待ってくれる者がいて、彼らにもきっと同じような者がいる。だから、奪うに奪えない。そうやってもたついている内に、自分から奪われるまで秒読みになる。
「誰に頼まれて、私はこんなことを……っ」
無論、旅の者だ。
──「貴様の妻を天界より引き戻してやろう」
──「『貴様』だと? 礼儀が成ってないんじゃ……いや待て、それより今、なんて言った?」
──「貴様の妻を生き返らせることができると、そう言ったのだ」
──「そんなことが……!?」
──「あぁ。ただし条件付きだ」
──「条件?」
──「『勇者たち』を殺せ。なあに、全員とは言わないさ。数人でいい。それで貴様の妻は、貴様の死際まで生きていられるだろう」
──「『勇者たち』? それに殺せって。妻がそんなことをしてまで蘇りたい訳が……」
──「もう、一線は超えてしまってるんだろう? 墓荒らし」
──「──っ!?」
──「案ずるな。貴様をどうこうする気はない。次なる『勇者』の出現場所は分かっている。そこに行って、生まれたての『勇者』をサクッと殺せばよい」
──「そ、それなら、自分でやればいいじゃないか」
──「それが出来ぬのだ。なぜならば、我は『救う力』しか持っていないからな」
──「本当に、妻は蘇るんだな」
──「ああ。先に貴様の願いを叶えてやろう。勇者殺しはその後でいい」
──「なら……是非に」
違う、私自身だ。
クソ野郎が頼んだ。クソ野郎が願った。
妻は頼んでいない。妻は願っていない。
結局、自分勝手が生んだ無意味な延長時間だ。その無意味が、さらなる悲劇を呼ぶだけの時間。
「失敗致しました」
私は恩人に、事実をありのまま伝えた。
数秒間、沈黙が流れる。
頬を伝う冷汗と、嫌に高鳴る心臓と、ひざまづいた全身が震えているのは、死にたくない、死なせたくないからだ。まだ、諦め切れてない、自分の弱さだ。
だから──
「どうか! どうかワタクシめに、あと一度だけの機会をください! 必ずや『勇者』を仕留めてみせますッ!」
今すぐ首が吹き飛んでもおかしくない。一秒一秒を長びかせるような静寂。しかし幸いにも、恩人の返答は遅くなかった。
「よかろう」
それも、望んだ回答だ。
思わず笑みを零しながら顔をあげた瞬間、恩人はさらに一言付け加えて言う。
「ただし貴様の嫁も、その戦場に連れてゆくことを条件とする」
「は、はい!」
もちろん、どんな条件だって飲み込んでやる。喜びに浮かれた勢いで、適当な返事をするも後の祭り。その数秒後に内容を認知した。
「……え?」
思わず口から漏れ出たのは疑問符。
「貴様の妻は『魔女』の称号を冠しておろう?」
「しっ、しかし妻は、人殺しが嫌いで……」
「ならば再び死ねばよい」
「──ッ」
そうだ。この期に及んで、手段は選べない。
『魔女』である妻の力を借りれば、『勇者』が束になっても勝てる見込みがある。あとは、情けを捨てられるか。
「なあに、心配するでない。我も力を貸そう」
「……!? そ、そんな、貰ってばかり」
「気にするでない。ほんの少し、貴様らに『魔力』を分け与えてやるだけだ」
「魔力を……!? ──うブッ」
途端、目眩が吐気が悪寒が痙攣が、同時に身体を支配する。脳味噌が揺れ震える感覚。記憶が駆け抜ける。
──「あら、私、死んだと思ったのだけれど」
──「──うぐっ、っ、よがった」
──「……? あなた、髪も髭も随分伸ばして。そのせいかな、小汚くなったように見えるわ」
──「っ、酷いなあ……」
──「少し老けたようにも見えるし、私じゃなければ、貴方が貴方だなんて分からないくらいよ」
──「っ、流石キミだね、こんなになった僕でも、分かってくれるんだ」
──「……ねえ、教えて。何をしたの?」
宝石の埋め込まれた金色のネックレスが、よく似合っている。久しぶりに口を動かした彼女からは、温かみが溢れ、死臭などしなかった。
「──うボォえ」
頭の中がグチャグチャに掻き回されて、場面が飛び飛びになる。
──「そこまでして私は……!」
──「そこまでしてでも僕は君を……!」
そうだ、僕は君を、
──「救いたかったんだ」
──「何が『救いたい』よ。人の墓を荒らして死者蘇生の研究? その産物が、あの座敷牢にいる化けッ、人達だなんて。それに、人殺しの依頼と引替えに、私……そこまでして、そんなことするくらいなら、死んでいた方がマシだった」
──「んなこと言ったって、もう、契約しちまった。死んだって、逃げられない!」
──「っ、この大馬鹿者ッ!!!」
また場面がトぶ。
──「じゃあ、行ってくるよ」
『勇者』を殺そうと、黒いローブに身を包んで旅に出た朝、彼女は何も言わなかった。
──「何をっ…何を飲ませたぁ」
──「そりゃあ味わってのとおり……濃〜い苦汁♡」
沸々と怒りが込み上げてくる。
どいつもこいつも、俺の気持ちを汲んでもくれない。
──「っ、この大馬鹿者ッ!!!」
そうだ、俺は大馬鹿者だ。
あの旅人が現れてから、いや正確には、君が死んでから、俺は一度でも誰かの気持ちを汲んだことがあっただろうか。
意識が遠のいてゆく。俺が俺じゃなくなるみたいに。
こんな事になるくらいなら、最初から愛さなければ良かった。その方が、君も僕も幸せだったんじゃないか。そう思ってしまう。──もう随分、遅いみたいだけど。
※※※
貴方が帰ってきたら、座敷牢に閉じ込められたこの人達を、元の場所へ還らせよう。
死に切れていない尸を見ていると……ああああ────。自分の身体が気色悪い。
確かにあの日、急性の心臓発作によって私は死んだ。確信を持って言えるのは、だってだって『天国』にいたんだもの。神様が告げた。あなたは心臓の病で死んだと。
んんんんんんんん。おかしい。おかしい。どこからホントでウソなの。んんん。ウソとかホントとか関係ないでしょ。んんん。
「────ッ!!!」
金切り声を挙げた。軽い息切れを起こしながら、膝を曲げて蹲る。これ以上、何かを考えたら、おかしくなる。──もう何も考えられない。
「ただいま」
人殺しが帰ってきた。
「殺せなかったよ」
「……へ?」
「やっぱ、僕は人殺しなんて出来なかったよ」
生きている中で、一番安心した報告だった。でもそれじゃ、私を蘇らせた旅人との契約が……。
「あの旅人は、それで良いって言っているの?」
「ああ」
ホッと溜息が零れる。
「なーんだ。それで、私はどうなるの?」
この際、このまま生きていようが、今すぐ死のうが、どうでもいい。
「ああ、それなんだがな」
至って穏やかな心持ちで、彼の言葉を待つ。
「一緒に『勇者』を殺して欲しい」
「────は?」
麻痺した脳味噌が理解を拒む。貴方は、貴方の優しさ故に、せめてその一線だけは越えられないものだと思っていたのに。
「いやっ」
貴方はすっかり壊れてしまったみたい。
本能的に逃げることを選んだ私の視界に入ったのは、座敷牢の死者たちだった。
そう、貴方はもう随分前に、一線を超えてしまっていた。
麻痺した脳味噌で、やっと気づくことができた。──私には、どうしようもないことだったみたいだけど。
「──うブッ」
目眩。吐気。悪寒。痙攣。脳味噌が揺れ震える。記憶が駆け抜ける。
──『僕と、結婚してくださいッ!』
──『ええ、喜んで』
私は、理知的で穏やかな貴方に惹かれた。
──『じゃーん、これなーんだ』
──『欲しかったネックレス!』
──『正解! 今日は君の誕生日だろ?』
遊び心もあって、一緒にいて楽しい人だった。けれどそんな貴方は見る影も無くなってしまった。私が死んだ時、きっと貴方も死んでしまった。
──皮肉にも、どちらが欠けても人生が解れてしまうように、私たちは運命の糸で結ばれていたんだと思う。
「──おボォえ」




