第九話『それぞれの物語 ─ファースト─』
──『学ぶ者』──
『回復魔術』は未だ実現しておらず、多くの人々が今日も、その研究に勤しんでいる。
魔術師が、医者が、看護師が、人を傷病から救いたいと、強く願うあらゆる人々が『回復魔術』の研究に時間を注いできた。──私『アメリー・カステル』も、その一人だ。
私が二十歳の頃、仲の良かった十七歳の妹が馬車との接触事故で亡くなった。亡くなる間際までは普段通り、少しうるさいくらい元気だった。なのに、ほんの一瞬で、その光は失われた。
私は看護師として、冒険者ギルド【クレエ】の隣にある病院で働いている。そんな私が数日前から新しく担当する事になった二人の名前を『シンヤ』と『シエル』という。とっても元気で優しい子達。
彼らは先日の怪人騒動の被害者であり当事者。聞きたいことは沢山あるが、自分の事情で恐ろしい出来事を思い出させるほど身勝手ではない。
とはいえ、墓地の中の者が再び目覚めた、という情報は聞き捨てならない。言い換えれば『死者蘇生』。『回復魔術』と密接な関係があると考えてしまうと共に、人類の禁忌が身近にあるような気がして、恐ろしくもなる。
頭にモヤモヤとした感傷を抱えながら、私は今日も夜な夜な、机に向かって勉強をする。看護の知識こそあるが、魔法の知識はまだまだ。掻き集めた魔術指導書や論文を読み解くだけでも、大変な労力を消費する。
最新の薬や手術に関しての知識も付けなければと、医学部に行くための学費を看護婦として働くことで稼ぐと同時に、受験に受かるための勉強もしているが、三年連続で受験には落ちている。妹が亡くなるまで、ろくな学を積んでこなかったツケだろう。
〇
──シンヤとシエルの退院の日。
どうか彼らが元気に、健やかに、これからの人生を送れることを願って、笑顔でお見送りをする。
「無事で帰ってくるのよ! 行ってらっしゃい!」
そしていつも通り、業務に取り掛かる。
「カステルさーん、水汲みお願いできるー?」
「はーい」
病院の裏口を出たところにある井戸へ、水汲みに出る。バケツを下ろし、引き上げ、一息ついて、ふと空を仰いだ。
「──?」
空に浮かぶものに、つい目を細める。
それは、どこの誰が見ても気味の悪さを感じるような赤黒い暗雲だった。そして魔術を学ぶものは、その暗雲の恐ろしさを知っている。
知っているとはいえ、あくまで知識としてだ。しかし、文献にある文章だけでも十分に恐ろしく、それが目の前にあるとなれば現実を疑いたくなる。
──かつて『ウィミングス』という国があった。ある日、その国に暗雲が立ち込めり、一晩にしてウィミングスは滅びた。
暗雲の正体は、大規模な魔術行使による、大気中の魔力の乱れである。これを正式に【魔積乱雲】と呼ぶ。──魔術史の基礎より、一部抜粋。
何かの間違いだと、納得したフリをして、水を汲んだバケツを運んだ。
──『学ぶ者』──
終わり
※※※
──『育つ者』──
「報連相しなきゃ〜」
『シャルル・ララ』は冒険者ギルド【クレエ】のギルド嬢だ。突如故障した冒険者登録装置について、ギルド長に報告しようと、彼女はギルド内を駆けていた。
ギルド長室の前まで来たララの額には汗が滲んでいる。彼女はノックもせずに、勢いのままギルド長室に駆け込んだ。
「失礼します!」
「なんじゃ!?」
【クレエ】のギルド長『キャロル』は、背の低い老婆だ。机上にたんとある書類を片付けている最中、ノックもなしに部屋に入られた驚きで声を挙げた。
「お主、またノックせずに……!」
「次から気をつけます! それよりも!」
「それよりじゃと!」
「それよりも、冒険者登録装置がまた壊れました!」
「なぁにぃ!?」
ノックなしに部屋に入られた驚きより、さらに大きな驚きが降りかかったキャロルは、大声を挙げた後、大きな溜息を吐きながらへたりこんだ。
「ギルドが……潰れる」
「えぇ! なんでですか!」
「アレの修理費がバカにならんのじゃよ」
「そりゃ大変だ! あっ、ですね!」
大変、というのはギルドが潰れることにだが、正確にはギルドが潰れることにより、自身の職が無くなることに、だろう。
「な、なにか手伝えることはありますか!」
「ないのお」
とぼとぼと弱々しく呟くキャロル。仕方がないこととはいえ、自身の無力さのせいか、ララは落ち込み俯いた。
「では、失礼します」
ララは部屋を出て、自身の職場机の横をわざとらしく通ってから、受付に戻った。動揺を隠し、お客様に不安を与えないためか、笑顔で接客を続ける。
健気で頑張り屋な彼女の昔は、地元の悪ガキ共を束ねる団長的存在として、悪名を轟かせていたものだ。時には隣村の悪ガキ集団と喧嘩したりして……。
あの時は特に手を焼いたなあ。
まだ社会人として、言葉遣いも礼儀作法もまだまだ。しかし、それでも彼女なりにちゃんとしようと努力しているのはよく分かる。
「お昼休憩はいります!」
ララは自身の職場机で、美味そうな弁当を食べ始める。その机上には、死んだ俺の写真が置いてある。俺が赤ん坊のララを抱き抱えている写真だ。
──っぱ、可愛いな、うちの娘は。
俺がそう言うと、ララは何を感じ取ったのか机上の写真に目線を移す。そして写真に映る俺を見て、ララはニコッと微笑んだ。
「おっしゃ、午後も頑張りますかねー」
──おう、頑張れ!
『天国』からのエールにも意味はあるだろうか。ま、死んじまった父親にできることなんて、これくらいしかないんだがな。
小さく呟いて自身を鼓舞したララは、立ち上がり、伸びをした。ふと窓外を見やった彼女は、怪訝な表情で空を見る。空には、見たことがないような赤黒い暗雲が立ち込めていた。
「気持ちわるっ」
──『育つ者』──
終わり
※※※
──『可愛がる者』──
冒険者の街の門番、エドモンとその後輩のエミールは辟易としていた。何故なら先程、門外に出るヒナタと、その連れであるベルを送り出したところだからだ。
「なあ、家の娘の自慢話をしていいか」
「急になんですか先輩……いいですけど」
「あのな、家の娘はな」
「はい」
「むっちゃ頭がいい」
「……それは、凄いですねー」
大好きな嫁さんと子供に癒されたくなった父親兼兵士は、疲れを紛らわせようと、娘の自慢話をし始めた。
「娘の就職先、どこだと思う?」
「大学の教授とか」
「不正解」
「ええー、答えはなんです?」
「『チカモク』の蒸気機関技師」
「蒸気機関に疎いので、それがどのくらい凄いのかは分かりませんが、なんか凄そうです」
「だろだろ? 俺もよく分からんが、めっちゃ凄いと思ってる」
蒸気機関都市『チカモク』は、蒸気機関を発明・研究し、この世界全体を発展させたことで有名な場所だ。
例えば蒸気機関車が生まれたことにより、以前よりも貿易が盛んになったり、人々の間で旅行が流行った。近場でいえば、冒険者ギルドにある冒険者登録装置はチカモク製だし、武器なんかにも採用され始めている。
「くーっ! うちの娘すげー!」
「……」
「あ? なんだありゃ」
「なにか変なものでも」
エドモンは遠くの空を見つめている。その視線の先に、後輩のエミールも視線を向ける。
「なんか、気持ち悪い雲ですね」
「ああ」
それは赤黒い雲であった。夕焼けなどとは違う、異質な雰囲気を纏った雲だ。黒い部分と、赤い部分が、執拗なまでの濃さで混じりあっている。
「噂に聞いた事あんだけどよ」
エミールは、今日始めてエドモンの話に対して、真剣に耳を傾けた。辺りには苛立ったような風が吹いている。
「赤黒い雲ってのは、膨大な魔力行使のせいで大気が乱れることによって発生するらしい」
「ってことは、誰かがとんでもない魔法を?」
「ああ。それも想像を絶する規模らしい」
「それは、都市伝説か何かですか」
「いや、うちの娘が言ってたことだ」
そう、頭脳明晰な勉強家の娘が言っていたことだ。何かしら前例があり、なにかしら根拠があるのだろう。
「あーあ、気味がわりぃ」
──『可愛がるもの』──
終わり
※※※
次回、第十話『総力戦 ─ファースト─ ①』




