第七話『暗雲』
「気持ちがいいなあ」
町から少し離れた所。晴空の下、草原の上で、そよ風に吹かれながら辺りを一望した。視界の端では、シエルと蝶が追いかけっこをしていた。
「よーし、それじゃ久々にガチャガチャタイムと行きますか! おーいシエル、昼ごはんにするぞ!」
「はーい!」
返事をし、彼女は蝶に向かって小振りに手を振った。それから「みそしる♪ みそしる♪」と御機嫌に歌いながら歩いてきて、俺の隣にピタリと並ぶ。
「さあ、出てくるかなあ」
一日六回『食事ガチャ』を選択すると、どこからともなくガチャガチャ機が現れる。
「先に引くかいシエル」
「うん!」
シエルはガチャガチャ機のハンドルを持ち、勢いよく回す。掻き混ぜられたカプセルが、いよいよ落ちて、シエルの手の中に収まった。カプセルの色は黒だ。
「んっ!」と声を漏らし、力を込めると、カポッと心地良い音と同時にカプセルが開く。彼女は、中に入ってる紙を取り出し、そこに書かれている内容を読み上げる。
「『ラザニア』?」
すると目の前に、ガチャガチャ機同様、どこからともなく『ラザニア』が現れた。
しっかりとボリュームがある。ホカホカの湯気からは、香ばしいチーズと、食欲を誘うミートソースの香りがした。
念願の味噌汁ではないが、シエルの反応は……
「美味しそうだね!」
至って前向きな反応だった。
続いて、俺もガチャを引いた。
カプセルは青色で、これまでの傾向からして、これは『ハズレ』。満足できないボリュームの単品が出てくると予想する。
しかし、食べるのも苦しい『大ハズレ』よりはマシだ、とカプセルをカポっと開けた。
「あっ……『味噌汁』」
シエルの欲しがっていた物を、自分が当ててしまった。何となく恐る恐るシエルの方を見やると、羨ましそうに目を輝かせている。恨めしそうでなくて良かった。
「いる?」
「いる!」
味噌汁の入ったお椀をシエルに差し出す。シエルも同じように、ラザニアが盛られたお皿を差し出した。
「半分こ!」
〇
「「ごちそうさまでした!」」
シエルは、当たり前のように食事終わりの挨拶をした。教えたことを率先的に行い、そして定着させている。無邪気な言動とは裏腹に、しっかり者だ。
お腹の満足度としては腹六分目くらい。
しかし何より、言うまでもなく、半分この提案が嬉しかった。
空になって役目を終えた食器は、瞬時に消えた。最初こそ驚いたが、その驚きも段々と薄れて、今では当たり前になっている。
原っぱに寝っ転がると、シエルも真似するようにゴロンと寝っ転がった。青空を流れる雲を目で追っていると、徐々に眠気を誘われて欠伸が漏れる。俺のが移って、シエルも欠伸をした。
──こんな生活で、神様から罰を食らわないだろうか。
「なあ、シエル」
「なあに、シンヤ」
「もしかしたら、当たり前のことかもしれないんだが、一つ聞かせてくれ」
俺は空を眺めたまま、問い掛ける。
「故郷に、帰りたいか?」
俺に与えられた目的は『魔王討伐』。しかし、それは他者から与えられた目的で、まるで宿題と同じようなもの。
やる気は未だ出ない。──『したい』と思える目的を持たなければ、人の脚は動かない。
彼女が故郷に帰りたいと、そう言うのであれば、それが俺の目的だ。
シエルは少し間を開けてから、口を開いた。
「帰りたいよ」
落ち着いた口調だった。言葉は重く、彼女を故郷から引き剥がした自分自身の心を、潰すように伸し掛る。
「じゃあ!」
「でもね」
「──っ」
なるべくいつもの調子で「じゃあ故郷を目指そう!」そう言うつもりだった。が、彼女の言葉がそれを遮り、身構えた俺は言葉を飲み込んだ。
「帰っても誰もいないし、きっと何にも残ってないよ」
「……え」
思わず空からシエルの方へ目線を移すと、彼女も空を見上げていた。今まで見た彼女の表情で、最も明度の低い表情だった。無表情だ。
そのまま数秒、ジッと見つめていると、それに気づいたのか彼女はこちらを向いた。俺の表情を見た彼女は、ハッと驚いた顔をした後に、
「心配ご無用だよ!」
と、アタフタしながら言う。
久々にディープな話題だった為か、先程まで明るかった草原も、微妙に暗くなった気がする。いや、明らかに暗くなっている。
違和感を感じて背後を振り向くと、空に赤黒い暗雲が立ち込めていた。
「────」
ただあんぐりと口を開けて驚く。
何とかすぐに我に返り、良くないオーラを放つ暗雲から逃げる指示を出そうとした。ところがシエルは、徐々に空を覆う暗雲を前に、身体を微細に震わせながら目を見開いている。
「逃げて」
彼女が俺に放った言葉だ。
「この雲が見えなくなるところまで、逃げて」
「どうして!?」
「ここがもうすぐ──戦場になっちゃう」




