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第78話 その祈りは、門へ流れている

 街中央の亀裂が、もう一度脈打った。

 私は少女から固定具へ続く魔力を追う。


 赤い核へ送られている魔力に、司祭のものは混じっていない。


「この子自身の魔力です」


 少女が祈るたび、身体を巡る魔力が一定の流れへ整う。

 固定具はそれを途中から奪い、赤い核へ送っている。


 核へ入った魔力のすべてが外へ流れているわけではない。

 一部は核の内部に残っていた。


 司祭が操作板の刻印を動かした。

 少女から核へ入る量は変わらない。


 核から出た流れだけが街中央へ寄り、亀裂が大きく脈打つ。


「送り先だけを操作しています」


 王は少女の両手首を見る。


「外せるか」


 私は右手首の固定具に刻まれた吸収紋を追った。

 吸い上げる力を、一瞬だけ弱める。


 核へ入る魔力が減った。

 直後、赤い核から逆向きに押し返される。


「っ……!」


 少女の右手が跳ねた。

 手首を押さえようとするが、固定具に阻まれる。


 私はすぐに吸収を元へ戻した。

 逆流も止まった。


「今のまま外すのは危険です」


「逆流したな」


「ええ。

 一度に外せば、逃げ場を失った魔力がこの子へ戻ります」


 現地で核側を止め、溜まった魔力を逃がしてから外す必要がある。


 ゼクスはすぐ通信へ向いた。


「ラーヴェインへ。

 地下の少女に付いている固定具へは触れるな。

 核を止める前に外せば逆流する。

 先遣隊は司祭と操作板を先に押さえろ」


『承知しました』


 続けて現地から報告が入る。


『守備隊から先遣隊を出しました。

 聖会支部へ向かっています』


 映し出された街では、武装した兵が水路沿いを進んでいる。

 その前を巡回員が走り、住民を脇道へ誘導していた。


『支部周辺の警鐘も開始。

 住民退避を進めています』


 鐘が鳴る。

 聖会支部へ続く通りから、人が減っていく。


 だが、先遣隊はまだ着かない。


 私は地下へ視線を戻した。


 少女が着ている白い服の胸元に、小さな家を模した刺繍がある。


「この刺繍を確認できますか」


 模様が見えるように像を寄せる。


『……聖会支部の保護院です。

 保護院で暮らす子供の服に縫う紋です』


 王が通信へ向く。


「支部で暮らす子か」


『正規の保護院服なら、そうです。

 ただ、映像だけでは本人の特定まではできません』


「分かった」


 少女は祈りを続けている。


「止めてはいけない……。

 結界が落ちる……」


 司祭は少女の背後に立ち、操作板から手を離さない。


「続けなさい。

 外にはまだ魔物がいます」


 少女の肩が強張った。


「あなたが止めれば、東側の結界が落ちます」


 その言葉に魔力が重なる。


「……止めません」


 少女の目から涙が落ちた。


「止めたら、みんな死ぬから……」


 私は言葉に絡んだ魔力を捉えた。

 少女へ届く前に声から引き剥がし、その場で崩す。


 司祭がもう一度口を開いた。


「祈りなさい。

 あなたにしかできません」


 今度は、ただの声だけが少女へ届く。


 司祭が顔を上げ、地下室を見回した。


「何をした」


 私は答えない。


「止めてはいけない……。

 止めたら……みんな死ぬ……」


「聞いてください」


 私は少女へ声を送る。

 少女が顔を上げた。


「……誰?」


「東側の結界は、もう戻っています」


 中央結界管理所との通信を、そのまま地下へ流す。


『東側、正常値を維持しています!』


 少女の唇が止まった。


「……でも、私が祈ってるから」


「今の東側の結界に、あなたの魔力は入っていません」


 少女の指から力が抜ける。

 祈りが途切れ、赤い核の反応が弱まった。


 街中央の亀裂も僅かに縮む。

 司祭の指が操作板の上で止まった。


『東側、変化なし!

 結界は維持されています!』


 少女が自分の手を見る。


「……落ちてない」


「私、止めたのに……」


「一度止まっただけです」


 司祭が割り込む。


「次も落ちないと、誰が保証するのです。

 あなたが祈らなかった時に誰かが死んでも、それでいいのですか」


 少女の顔が強張った。


「……次は、落ちるかもしれない」


 胸の前で、また指を揃える。

 祈りが戻った。


 司祭が顔を上げる。


「その子は自分で選びました。

 誰も強制していません」


 少女が俯いた。


「……私が、やるって言いました」


「どうしてですか」


 少女は赤い核を見たまま答える。


「祈れる子は……やらないといけないって。

 保護院で、ずっと言われてました」


 言葉が一度途切れた。


「朝の鐘が鳴ったら、みんなで祈るんです。

 ちゃんとできた日は褒めてもらえて……街を守れる子だって」


 少女の指が震える。


「祈れるのにやらなかったら、そのせいで誰かが死ぬって……」


 私は王の声も地下へ通した。


「それを教え込んでから、本人が選んだと言うのか」


 司祭は答えない。


 少女が司祭を見る。


「その金具には触らないでください」


 私は少女へ言う。


「……え?」


「先に核を止めます。

 安全にしてから外します」


 少女の目が手首へ落ちた。


「でも……私がいなくなったら」


「さっき、あなたが止まっても結界は落ちなかったでしょう」


 少女は返事をしない。

 だが、胸元で揃えていた指が僅かに緩んだ。


 私は司祭の操作板を見る。


 周囲には、少女から吸った魔力の行き先を変える刻印が並んでいる。

 その中央だけ、金属の覆いで閉じられていた。


 覆いの継ぎ目には封が施されている。

 司祭はそこへ一度も触れていない。


 その時、通信から報告が飛んだ。


『先遣隊、聖会支部へ到着!』


 映し出された街で、兵が支部の正面へ駆け込む。


『正面扉、開きます!』


「入れ」


 王の命令と同時に、兵が支部内へ雪崩れ込んだ。


『一階を確認!

 地下へ続く階段があります!』


 地下で、司祭が顔を上げた。


 兵の足音が、天井越しに近づいてくる。


 司祭は操作板から手を離し、地下室の入口脇へ歩いた。

 壁に埋め込まれた封鎖具を押し込む。


 階段の上で重い音が響いた。


『地下への扉が閉じました!』


 先遣隊が駆け下りる。

 先頭の兵が扉へ手を掛けた。


『開きません!

 内側から術式で固定されています!』


「破れ」


 ゼクスが命じる。


『はい!』


 扉へ器具が掛けられる。

 金属を打つ音が、地下室まで届いた。


 司祭は封鎖具から手を離す。

 振り返ると、そのまま赤い核の操作板へ戻った。


 扉がまた大きく鳴る。


 司祭は操作板の中央へ手を伸ばした。


 封を破る。

 金属の覆いを開いた。


 内側には、金属製の操作杆が横に並んでいる。


 司祭が一本を掴み、下へ倒した。


 少女から吸い上げる量は変わらない。


 赤い核の内部に溜まっていた魔力が、一斉に街中央へ流れ出した。


 核を固定する枠が軋む。

 床の刻線が一斉に明滅した。


『王宮へ!』


 管理所から声が飛ぶ。


『中央の亀裂、また広がっています!』


 僅かに縮んでいた亀裂が、再び左右へ押し広げられる。


 扉を叩く音が続く。


 司祭の指が、隣の操作杆に掛かった。

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