第77話 街の結界は、返してもらいます
通信室へ走った兵が検分室へ戻り、王の前で足を止めた。
空中に浮かぶラーヴェインでは、東側の城壁を覆う結界がさらに薄くなっている。
「ラーヴェイン市政庁との正式通信、繋がりました」
「回せ」
通信が切り替わる。
王は相手の報告を待たず、命令を出した。
「オルディア聖会支部の周辺から住民を離せ。
守備隊を向かわせろ。
地下には入るな。
地上を封鎖し、出入りする者を押さえろ」
『承知しました』
「急げ」
通信が切れた。
ラーヴェインでは鐘楼が鳴り、巡回員が通りへ走る。
聖会支部周辺の住民が、水路側の広い通りへ誘導され始めた。
城壁寄りの詰所からも武装した一隊が出る。
だが、聖会支部まではまだ距離がある。
「到着まで掛かります」
ゼクスが守備隊の進路を確認した。
「守備隊が着くまでに、結界を戻す」
王の視線が私へ向く。
その直後、中央結界管理所から声が飛んだ。
『東側、さらに低下!』
城壁の外で土煙が上がった。
魔物の群れが、結界の弱った東側へ次々に向きを変える。
『魔物が寄っています!』
先頭の一体が地面を蹴った。
角のある頭部が結界へ叩きつけられ、城壁を覆う膜が大きく内側へ撓む。
魔物は押し返された。
だが、すぐに起き上がる。
二体目が走り出した。
その後ろにも影が増えている。
『東側、まだ下がっています!』
王が街中央へ曲がる流れを見る。
「城壁を残したまま、奪っている術式だけ外せるか」
「探します」
私は八本の結界柱を巡る魔力をまとめて追った。
東側だけではない。
城壁を一周する流れへ、後から加えられた術式が一か所だけ食い込んでいる。
「見つけました」
八本全部を触る必要はない。
奪っている場所は一つだった。
私は食い込んでいる一点だけを結界で囲った。
都市側の流れを残したまま、後付けされた術式との接触面を端から外していく。
街中央へ曲がっていた魔力が激しく揺れた。
地下から引く力が強まり、外しかけた術式がもう一度、都市側へ食いつく。
離すつもりがないらしい。
私は囲った範囲を狭めた。
都市結界へ触れている部分だけが押し出され、接点が一つずつ消えていく。
残りは一か所。
「――街の結界は、返してもらいます」
最後の接点を外した。
街中央へ吸われていた流れが途切れる。
次の瞬間、曲げられていた魔力が一斉に城壁側へ戻った。
『戻ります!』
管理所から声が上がる。
『東側、上昇!
北東側も戻っています!』
弱っていた膜が、城壁に沿って厚みを取り戻していく。
そこへ二体目の魔物が勢いのまま突っ込んだ。
角が結界へ当たる。
今度は撓まなかった。
巨体がそのまま後方へ弾き飛ばされ、続いていた魔物へぶつかる。
二体が地面を転がった。
後ろの群れが足を止める。
『東側、規定値へ復帰!
都市結界、正常系統です!』
私は街中央から目を離さない。
亀裂が消えていない。
都市結界から奪われていた魔力は止まった。
それでも亀裂の底で、反応が消えずに脈打っている。
王も同じ場所を見た。
「まだ残るか」
「別の供給源があります」
反応が弱くなり、また戻る。
城壁側から来ているものではない。
その時、ギルムが空の台座へ寄った。
核を失った固定具では、今も魔力が一定の間隔で往復している。
「待ってください」
ギルムが固定具の内側を追った。
「起動痕の向きが逆です。
最初の反応は、外された核からこちらへ入っています」
王が空の台座を見る。
「向こうが先か」
「はい。
司教が接続を操作するより前です」
王の視線が捕らえた司教へ向いた。
司教は口を閉ざしたままだったが、ラーヴェインの映像へ目だけが動く。
ゼクスが通信兵へ向いた。
「市政庁へ追加。
聖会支部に起動へ関わった者がいる可能性が高い。
守備隊は予定どおり支部へ向かわせろ」
「はっ」
私は亀裂の底へ続く反応を追う。
一定ではない。
強くなった直後に落ちる。
止まりかけたところで、また元へ戻る。
魔法具だけが動いているなら、こんな乱れ方はしない。
「この揺れは、人の魔力です」
王がこちらを見る。
「供給しているのが?」
「ええ」
私は反応そのものには触れず、その先だけを辿った。
空中の映像が街路から地下へ沈んでいく。
石壁が現れ、狭い階段がその下へ続いていた。
さらに奥へ進む。
一つの地下室が開いた。
部屋の中央には、人の胴ほどもある核が据えられている。
表面は赤い。
赤い表面の内側を、青い筋が走っていた。
反応が増えるたび、街中央の亀裂も強く脈打つ。
ギルムが空の台座と地下の核を交互に見る。
固定具へ返る周期を二度確認し、顔を上げた。
「一致します。
あの台座から外された核です」
王は何も言わなかった。
視線が、その核の前へ移る。
祈祷用らしい椅子に、一人の少女が座っていた。
白い簡素な服の胸元には、小さな布札が縫いつけられている。
両手首には金具。
胸元にも固定具があり、そこから伸びた三本の線が赤い核へ続いていた。
少女は胸の前で指を揃えている。
乾いた唇が、小さく動き続けていた。
「止めてはいけない……」
「東側の結界が落ちる……。
魔物が入る……。
だから、止めてはいけない……」
少女の背後に、一人の男が立っていた。
黒い法衣の胸元には、聖会の階位章がある。
ゼクスが確認する。
「支部司祭です」
司祭は少女には触れていない。
赤い核の横にある操作板へ片手を置いていた。
少女の唇が止まりかける。
「続けなさい」
その言葉に、魔力が重なった。
「あなたが止めれば、東側の結界が落ちます」
少女の指が再び揃う。
「……はい」
祈りが再開した。
「止めてはいけない……。
私が、守らないと……」
三つの固定具が続けて反応する。
赤い核の内側を、青い筋が走った。
少し遅れて、街中央の亀裂が脈打った。
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