第72話 応接室ではありません
「ただし、通す部屋はこちらが決めます」
私がそう言うと、王は差し込み紙を見た。
説明者を一度、別室へ回す。
その手順だけは残す。
だが、裏待機室には通さない。
「応接室へ通すのではないのか」
王が問う。
「応接室なら、相手を客として扱うことになります」
私は答えた。
「施設団は客として迎えません。ソレイユが、なぜ王宮内の出来事を書状に入れられたのかを確認します」
王の指が、差し込み紙の端を押さえた。
「なら、どこへ通す」
「検分室です。宝物庫周辺の騒ぎを説明するなら、その騒ぎに関わる物の前で話してもらいます」
王は兵へ命じた。
「用意しろ」
兵が動く。
ゼクスは差し込み紙を見たあと、王へ向いた。
「使節団全員を同じ部屋へ入れますか」
「まだだ。まず、ベンデル卿と説明役だけを通す。残りは隣室で待たせる」
「承知しました」
ゼクスは兵へ指示を出す。
「書状を運んだ使者も控えさせろ。後で呼ぶ」
王宮の隔離検分室には、中央に長机が一つ置かれていた。
椅子は壁際へ寄せられている。
座って話すための部屋ではない。
長机の上には、封じ箱が二つ。
端には、ソレイユから届いた書状の写し、早馬の到着時刻を記した記録紙、門の通過簿、簡単な経路板が並ぶ。
奥では、老技官ギルムが封じ箱の留め具を確認していた。
白髪の混じった髪を後ろで束ねた、王宮技官の長だ。
宝物庫周辺の魔力痕を調べた検分班も、ギルムの下で動いている。
今は余計な口を挟まず、手元の紐と封だけを見ていた。
箱を開け、記録板を出す。
その役目だけでいい。
私は長机の位置を少しずらした。
向かい合って座る形にはしない。
説明する者は、机の横に立つ。
夕刻の鐘が鳴る前、廊下の向こうから足音が増えた。
ソレイユ使節団が、王宮に入った。
ベンデル卿は、先頭ではなかった。
護衛と同行文官を一歩前に置き、自分はその後ろから入ってきた。
濃い外套を外し、従者へ渡す。
長机と封じ箱を見ても、足取りは変わらない。
「ソレイユの正式説明に参りました」
ベンデル卿が言った。
王が答える前に、ゼクスが一歩出た。
「正式説明でよろしいか」
「もちろんです」
「では、説明者の発言はソレイユ使節団の説明として扱われる」
「責任者は私です。詳細は、現地報告をまとめた者に述べさせます」
同行文官が一歩前へ出た。
年は若い。
名をレヴァンと名乗った。
書類束を胸に抱えている。
指が紙の角を押さえたまま、離れない。
ゼクスは記録紙を机の端へ置いた。
「責任者はベンデル卿。説明役はレヴァン。そう記録する」
案内係が前に出る。
「こちらへ」
差し込み紙の手順どおり、説明者を一度別室へ通す。
ベンデル卿は従った。
ただし、扉の前で足を止める。
「こちらは応接室ではありませんな」
案内係が答える。
「宝物庫周辺の騒ぎについて、正式説明を受ける部屋です」
ベンデル卿は拒めない。
拒めば、自分たちの書状と噛み合わなくなる。
検分室の中で、王は長机の前に立った。
ゼクスは、書状の置かれた机の横にいる。
私は封じ箱の近くに立った。
ギルムは封じ箱の留め具から手を離し、長机の端へ下がった。
王が言った。
「国境での追跡、越境、我が国の特級魔導技術官への攻撃についても聞く」
レヴァンの紙を押さえる指が止まった。
「だが、先に確認することがある」
王は、机上の書状の写しを見た。
「ソレイユからの書状には、宝物庫周辺の騒ぎとあった」
「それを、いつ、誰から聞いた」
ゼクスが、隣に記録紙と通過簿を並べた。
「書状の到着時刻。早馬の経路。門の通過簿。こちらで押さえています」
ベンデル卿は、レヴァンへ顎を向けた。
レヴァンは書類束を開く。
「国境付近の混乱を整理する中で、王宮側にも関係する動きがあったと――」
「関連する動き、ではありません」
私は言った。
「書状には、宝物庫周辺の騒ぎ、とあります」
ゼクスが書状の一文を指で押さえる。
「その言葉は、王宮内を知る者の言葉です」
レヴァンの指が止まる。
ベンデル卿が代わりに答えた。
「王宮側の混乱を広く指した表現です。外交書状では、詳細を避けることもある」
ゼクスは、早馬の経路板を机の中央へ寄せた。
「では、到着時刻です」
王が言った。
「書状が早すぎる」
ゼクスは門の通過簿を開いた。
「国境の混乱を受けてから書いた文では、この時刻に届きません」
ベンデル卿は答えた。
「混乱時の緊急書状です。想定文を用意することはある」
「想定文に、王宮内の宝物庫周辺の騒ぎまで入れるのですか」
ベンデル卿は表情を変えない。
「宝物庫周辺とは、王宮側の混乱をまとめた表現です」
レヴァンが次の紙をめくった。
「宝物庫周辺の騒ぎとは、封印具の管理をめぐる混乱であり、聖会の古い誓約に照らし――」
「そこまでです」
私はそこで止めた。
レヴァンの手が紙の上で止まる。
「今、封印具管理と聖会の名が出ました」
私はベンデル卿を見る。
「その話は、王宮の外へ出していません」
ゼクスが差し込み紙を机上へ置いた。
「説明者を裏待機室へ回す手順は、聖会の者がいた部屋へ続いていた」
王がベンデル卿へ問う。
「その件を、封印具管理と聖会へ結びつけたのは誰だ」
ベンデル卿は、レヴァンへ視線を向けた。
「聖会の名は、誰が入れた」
レヴァンは答えられない。
私は続けた。
「では、その情報源を言ってください」
ベンデル卿は返した。
「王宮側の呼称と、ソレイユ側の整理に差があっただけでしょう」
王が言った。
「国境の赤い石についても聞く」
レヴァンが別の紙を開いた。
「国境付近で魔物の群れが発生。追跡隊に被害が出ました。追跡行為は現場判断であり、ソレイユ王宮の正式命令ではありません。また、追跡隊の救助については、バルハイム騎士団に謝意を――」
「謝意は記録する」
ゼクスが言った。
王が続ける。
「先を読め」
レヴァンは紙を下へずらした。
「ベッセン隊長は、混乱の中でベンデル卿へ報告を上げています。赤い石は、国境で変色を始め――」
「誰がそう言いましたか」
私が止めた。
レヴァンの口が閉じる。
紙の端が小さく鳴った。
「変色を確認したのは、王宮側へ移された後です」
私はレヴァンを見る。
「国境では、まだ赤い石として押さえられています」
ゼクスが、ソレイユ書状の別の箇所を指した。
「では、国境の時点で、これから石が青く変わると知っていた者がソレイユ側にいた」
レヴァンの手から、紙が一枚ずれた。
ゼクスは続ける。
「あるいは、王宮内で変色したという報告を、今この場で初めて聞いたはずの説明役が、なぜか先に知っていた」
そこで一度、ベンデル卿へ向く。
「どちらにせよ、情報源は王宮の内側です」
ベンデル卿は、すぐにレヴァンを切らない。
「言い間違いでしょう」
「では、言い間違いではないものを見ます」
私はギルムへ合図した。
ギルムが封じ箱の一つを開ける。
中には、二枚の記録板が入っていた。
一枚は王宮で変色した石の痕。
もう一枚は国境で押さえた痕。
「石はここへ動かせません」
私は言った。
「そのため、変色時の痕だけを固定しています」
ギルムが、二枚の記録板を机上で重ねた。
板の縁に刻まれた線が合う。
中央の固定痕が、同じ縁へ寄った。
ベンデル卿は記録板を見たまま、表情を変えない。
「王宮内の検分結果を、ソレイユの責任にはできません」
「はい」
私は答えた。
「これだけでは、ソレイユの責任にはなりません」
私は、二つ目の封じ箱を示した。
ギルムが留め具を外す。
中にあるのは、マイゼルの袖から外した命令核の破片だった。
記録板を近づけると、割れ目の奥に残っていた反応が、同じ縁へ寄った。
「石の痕も、命令核も、反応は同じ場所へ逃げます」
私は指先で、記録板の縁を押さえた。
「外へ抜くための向きです。宝物庫周辺の騒ぎは、この核を通って外へ漏れていました」
ベンデル卿は、書状へ目を落とした。
「それでも、漏れた先がソレイユとは限らない」
ゼクスが書状の一文を押さえた。
「その言い逃れは、この文と矛盾します」
ゼクスは該当部分を読み上げた。
「宝物庫周辺の騒ぎについては、必要であれば後日、正式な説明の者を派遣する用意がある」
王が言った。
「この文を書いた時点で、ソレイユは宝物庫周辺の騒ぎを知っていた」
ゼクスが続ける。
「到着時刻は、通常の報告経路では合わない」
私は書状の横に、差し込み紙を置いた。
文面は読まない。
先ほどの手順だけで十分だった。
「王宮内で漏れた情報が、先に書状へ入った」
ベンデル卿は、レヴァンの書類束へ目を落とした。
「混乱をまとめた者が、情報を取り違えたのでしょう」
レヴァンの指が、書類束を握り直す。
ベンデル卿は続けた。
「宝物庫周辺も、国境で変色という説明も、レヴァンの読み違いです」
私は命令核の破片を布で覆った。
「封印具管理と聖会の誓約も、その紙に入っている」
レヴァンが顔を上げた。
ベンデル卿は、レヴァンの抱えた書類束を見た。
「読み違いだけなら、紙には残らない」
レヴァンの指が止まる。
「封印具管理。聖会の誓約。その文言は、誰かが入れなければそこにない」
ベンデル卿は、そこでレヴァンへ身体を向けた。
「私に上げる前に、お前が余計な文言を入れた。そういうことだな」
「違います、ベンデル卿、私は――」
「黙れ」
ベンデル卿は、声を荒げない。
「私の名を使い、説明者を通す手順まで整えた」
レヴァンの口が閉じる。
「誰の指示だ」
ベンデル卿の目が、そこで止まった。
「聖会の司教か」
レヴァンの書類束が、胸元で止まった。
ギルムも、封じ箱に戻しかけた手を止める。
その一拍のあと、ゼクスが反応した。
「司教」
ベンデル卿の口が閉じる。
ゼクスは続けた。
「先ほど出たのは聖会の名だけです。司教とは、言っていません」
王がベンデル卿を見る。
ベンデル卿は、レヴァンへ向き直った。
「聖会が絡んだなら、司教を疑うのは当然でしょう」
「疑った、では済まない」
王が言った。
「今の問いは、説明役が聖会の司教から指示を受けたという告発だ」
ベンデル卿の手が止まる。
ゼクスが一歩前へ出た。
「その告発も、ソレイユの正式説明として扱います」
ベンデル卿の手が止まる。
私は言った。
「文官一人の罪にするなら、使節団全員の前で言ってください」
扉の外で、兵が動く。
隣室の扉が開いた。
ソレイユ使節団の者たちが控えている。
護衛、随行文官、従者。
その中に、見覚えのある使者がいた。
ソレイユ書状を運んできた者だ。
ゼクスが告げる。
「書状を運んだ使者も同席させます」
「誰から受け取り、どの経路で来たか。ここで確認します」
隣室にいた使者が、一歩だけ前へ出かける。
「その者は書状を運んだだけだ」
ベンデル卿が初めて止めた。
ゼクスが手を上げる。
「関係があるかどうかを、これから聞きます」
使者の足が止まる。
レヴァンは、ベンデル卿を見ない。
折れた書類を握ったまま、隣室の使者を見た。
その指が、書類束の中の一枚を探る。
ベンデル卿の視線が動く。
レヴァンの指が止まった。
だが、紙束の奥から、赤い封蝋の端だけが見えていた。
私は机上の書状に手を置いた。
「続きを、ソレイユの正式説明として聞きます」
読んでくださり、本当にありがとうございます!
皆さまからいただく感想や応援が、この作品を前へ進めるエネルギーになっています。
「面白そう」「続きが気になる」と少しでも思っていただけましたら、ぜひ 「ブクマ」や「評価」 をポチッとしていただけると、とても嬉しいです!
感想は一言でも大歓迎です、それだけで物語の未来が大きく変わります。
今後の執筆の大きな支えになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。




