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第66話 乾いていない管理印

夜間連絡路側へ向かう廊下は、すでに兵で押さえられていた。


私は壁の継ぎ目に残る青い反応を追った。


カイリアが鳴らした細い金具の跡は、外へは向かっていない。

廊下の奥で曲がり、王宮の内側を回っていた。


ゼクスが隣に並ぶ。


「詰所の中まで続いていますか」


「はい。入口では止まっていません」


兵が先に走った。


「入口を固めろ。

中の者を外へ出すな。

記録台に触れさせるな」


廊下の先で、兵たちが扉の前を囲んだ。


その直後、扉の内側で紙束を閉じる音がした。


こちらに気づいてから動いた音だった。


ゼクスが扉を見る。


「開けろ」


兵が扉を押し開けた。


壁際に棚があり、奥に記録台が一つ。

返却箱はその横にあり、補修材の受領棚には細い札と小箱が並んでいる。


詰所にいた係の兵が立ち上がった。


「動くな」


ゼクスの声で、室内の手が止まる。


私は壁際へ進んだ。


青い反応は壁の継ぎ目を伝い、奥の棚の下で途切れていた。


記録台の脇。

返却箱の後ろ。

補修材の受領棚の下。


離れた場所に見える。

だが、どれも同じ室内にある。


「ここです」


私は壁の中に残った跡を見た。


「カイリアが鳴らした細い金具の反応は、ここで途切れています」


若い技官が棚と記録台を見比べる。


「ここは、夜間連絡路側の処理をまとめる詰所です。通行札の返却、補修材の受け取り、夜間の連絡路確認を行います」


ゼクスが兵へ問う。


「ここの責任者は」


兵が答える。


「夜間連絡路副管理官、マイゼルです」


王の視線が記録台へ向いた。


「呼べ」


兵が走る。


私は記録台へ近づいた。


机の上には、閉じかけの控えがあった。


その端に押された管理印の朱が、まだ乾ききっていない。


若い技官が息を呑む。


「これは……今押されたものです」


カイリアは捕らえた。

だが、処理は止まっていなかった。


ゼクスが机の前に立つ。


「カイリアを捕らえたあとも、誰かが処理を進めていた」


室内の兵は答えない。


廊下から足音が近づいた。


副管理官マイゼルは、扉の前で礼を取り、歩調を乱さずに入ってきた。


「夜間連絡路側の記録について、確認と伺いました」


声も乱れていない。


王は机の上を見た。


「この印を押した処理責任者は誰だ」


マイゼルは記録台へ目を向けた。


乾いていない印を見ても、目を逸らさない。


「規定どおり、詰所側で処理されたものです」


「責任者を聞いている」


「夜間連絡路側の処理としては、私の管轄です。ただし、個々の確認は担当ごとに分かれます」


ゼクスが控えをまとめて机に並べた。


マイゼルは、並んだ記録を見ても声を崩さない。


「発行、搬入、返却。どれも担当が確認しています。不正な処理ではありません」


ゼクスが最後の控えを示した。


「聖会の入宮も、ここで承認されていますね」


マイゼルは、乾いていない印を見たあとで答えた。


「施療の名目で承認されています」


私は机の上の細い金具を見た。


カイリアが鳴らしたものと同じ仕組みを持つ金具。

その反応は、この部屋の壁で途切れている。


「だから止まらなかったのです」


マイゼルの言葉が止まった。


「……どういう意味でしょうか」


「違法な処理なら、どこかで止まります」


私は記録台の控えを見た。


「ですが、正規の処理として進められたものは、途中で疑われません」


ゼクスが続ける。


「一つずつなら、ただの手続きです」


王は記録台を示した。


「並べろ」


控えが机に揃えられる。


ゼクスが言う。


「ですが、三つが揃えば宝物庫前まで道ができます」


王がマイゼルを見る。


「王宮を守るための手続きで、外の者を中へ入れたのか」


マイゼルは答えない。


乾ききっていない印を、もう一度だけ見た。


マイゼルは静かに息を吐いた。


「王宮の処理は、そういうものです。同じ場所を経由する記録が重なること自体は珍しくありません」


「記録だけなら、そう言えます」


私は壁際を見た。


「ですが、カイリアが鳴らした細い金具の跡も、ここにあります」


王が言った。


「偶然で済む数ではない」


詰所の中が静まった。


マイゼルはすぐには答えなかった。

視線だけが、乾いていない印へ落ちた。


王が命じる。


「聖会の出入り記録を出せ」


棚から別の控えが出された。


施療奉仕。

負傷者慰問。


王宮へ入る理由として認められる名目が並んでいた。


王が日付を見る。


「だが、重なりすぎている」


私は補修材の搬入記録へ視線を移した。


「カイリアが動いた日、補修材が入った日、聖会の者が入った日。近すぎます」


マイゼルが口を開く。


「私は、規定どおりに処理しただけです」


王は表情を変えない。


「誰を入れた」


「……施療の名目で入った者です」


「名を聞いている」


マイゼルの喉が動いた。


記録官の筆が走る。

マイゼルの言葉も、黙った時間も、記録に残っていく。


やがて、マイゼルは小さく息を吸った。


「……オルディア聖会の者です」


ゼクスが控えを持ち上げる。


「入宮記録には、名が残っています」


マイゼルの視線が、その控えへ落ちた。


王が言う。


「その名を言え」


マイゼルの指が、控えの端を押さえた。

視線は入宮者の名ではなく、乾いていない管理印へ落ちていた。


だが、声は出なかった。


その沈黙で、詰所の中にいた兵たちにも伝わった。


机の上には、マイゼル自身が正規処理だと言った控えが並んでいる。

そこから先は、担当違いでは逃げられない。


マイゼルは、乾ききっていない印を見た。


「……私だけではありません」


記録官の筆が止まらず走る。


マイゼルは机の上の控えを見たまま、答えなかった。


「王宮の外から、先に話を通した者がいます」


詰所の中で、誰も声を出さなかった。


王の視線が、ソレイユの書状へ移った。


「ソレイユの書状を持って来た者を呼べ」


兵が一人、扉へ向かった。


記録台の上では、乾いていない印がまだ赤く残っていた。

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