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第64話 閉じた扉の奥にカイリアがいた

 詰所へ戻る途中でも、金属がきしむ音は止まらなかった。


 遠くで鳴っているのではない。

 壁の中から、浅く擦れるように響いている。


 兵が先に走る。

 ゼクスは私の前を守る位置を崩さず、老技官は足元と壁の継ぎ目を確かめながら進んだ。


 入口の兵がすぐに報告した。


「扉は開いておりません。人の出入りもありません」


 それなのに、遮断具の端だけが青く変わっていた。


 鉄の留め具に沿って、淡い光が残っている。

 閉じた扉の奥で、仕掛けだけがまだ動いている。


 確認のために兵が近づこうとする。


 ゼクスが即座に止めた。


「触れるな。周囲を固めろ」


 兵の足が止まる。

 一人が扉の左右に回り、別の兵が詰所の入口へ戻る。


 私は遮断具の前に立った。


 扉は動いていない。

 鎖も外れていない。

 錠前も閉じたままだ。


 だが、青い反応だけが、遮断具の端から奥へ続いている。


「扉を開けようとしているのではありません」


 老技官が遮断具から目を離さず、声を抑えて言った。


「セラフィナ殿。反応は、どちらへ向かっていますか」


「封じた場所の奥へ流れています。扉ではなく、内側の結界路に触れています」


 老技官は遮断具の下へ膝をついた。

 金具へ手を近づけるが、触れない。

 灯りを斜めに当て、留め具の奥を確かめる。


「遮断具を壊すためではありませんな」


 老技官の声で、詰所の中が静まった。


「奥の古い結界路へ、反応が届いています。扉を閉じても、そこまでは止めきれない」


 兵の一人が息を止めた。


 夜間連絡路は封じた。

 人は通っていない。


 それでも、仕掛けは壁の内側で続いている。


 私は遮断具から目を離さずに言った。


「ここで終わっていません」


 その直後だった。


 詰所の外から、別の兵の声が飛んだ。


「搬入口側の固定具にも反応!」


 全員の視線がそちらへ向く。


 ゼクスが問う。


「扉は」


「閉じています!ただ、固定具の端が青く変わっています!」


 老技官が立ち上がった。


「遮断具だけではありませんな」


 私は壁に残る青を追った。


 夜間連絡路の遮断具から伸びた光は、途中で折れ、壁の奥を回っている。


「同じものです」


 私は言った。


「遮断具で止まった分を、搬入口側へ流しています」


 兵が搬入口側へ走ろうとした。


 ゼクスがまた止める。


「搬入口側へ走るな。出口を押さえろ」


 兵が振り返る。


「反応した場所を追うな。抜けられる場所を塞げ。

 搬入口、補修口、資材置き場の裏だ」


「はっ」


 兵が二手に分かれる。


 その時、若い技官が資材棚の方を見た。


「搬入口の裏に、補修通路があります」


 老技官が振り向く。


「場所を示せるか」


「はい。資材を運ぶ通路の裏です。普段は補修班と搬入係しか使いません。壁裏の点検口にも繋がっています」


 その言葉が終わる前に、資材棚の奥で小さな灯りが一つ消えた。


 誰かがいる。


 詰所の中にいた兵たちが一斉に身構える。


 ゼクスが問う。


「カイリアは、その場所を知り得る立場か」


 若い技官はすぐに答えた。


「補修班に配られる配置図に載っています。搬入口側は、資材を運ぶ時にも使う場所です」


 老技官の表情が険しくなる。


「補修班なら、不自然ではない場所か」


 若い技官の声は小さくなった。

 だが、言葉は途切れなかった。


「はい。通常の巡回では入りませんが、補修材や壁裏の確認なら通れます」


 ゼクスはすぐに兵へ指示した。


「案内しろ。先行は二人までだ」


 兵が頷き、若い技官が前へ出る。


 補修通路へ向かう途中、搬入口側からまた金属音がした。


 扉が開く音ではない。

 固定具の内側で何かが引っかかり、戻る音だった。


 ゼクスが短く言った。


「進みます。見るべきものは、反応の先です」


「はい」


 補修通路の入口は、資材棚の裏に隠れるようにあった。


 普段、人を通すための廊下ではない。

 壁の奥を確かめ、資材を移し、古い補修跡へ入るための狭い道だ。


 入口に立った兵が身をかがめる。

 二人並ぶには狭すぎる。


 中は暗い。

 壁に埋め込まれた灯りも少なく、光は床まで届いていない。


 若い技官が小さく言った。


「ここから、搬入口の裏へ回れます」


 ゼクスは奥を見た。


「先行は二人。後ろは間を空けろ」


 先頭の兵が入る。

 次に若い技官。

 ゼクスが続き、私と老技官がその後ろへ入った。


 通路の中は、外よりも冷えていた。

 壁のすぐ向こうに広い廊下があるはずなのに、人の気配は遠い。


 石壁の継ぎ目に、青い痕が残っている。


 強くはない。

 だが、消えていない。


 遮断具と同じ青が、壁を伝って奥へ向かっていた。


 私は壁の補修跡を見た。


「ここで合流しています。遮断具側と、搬入口側です」


 老技官が壁を見た。


「人が通っただけでは残らない反応ですな」


「はい。金具で向きを変えています。壁の中を使っています」


 その時、奥で小さな灯りが消えた。


 兵が身構える。


 続けて、二つ目の灯りも落ちる。

 奥の輪郭が曖昧になった。


 ゼクスが前へ出ようとする兵を止める。


「前を詰めすぎるな。左右の補修口を見ろ」


 兵が壁際へ灯りを向ける。


 通路の奥に、人影があった。


 距離はある。

 灯りも足りない。


 その人物は、逃げ道を探しているようには見えなかった。


 振り返ると同時に、片手を壁へ伸ばす。

 迷いのない手つきだった。


 その手には、細い工具があった。

 剣でも杖でもない。

 先端が、壁の小扉の金具へ差し込まれている。


 若い技官は、その手元を見てから名を呼んだ。


「カイリア……」


 その名が通路に落ちた瞬間、人影の手が動いた。


 壁の小扉が閉じる。


 次に、奥の灯りが一つ消えた。

 続けて、さらに奥の灯りも落ちる。


 兵が踏み出そうとする。


「止まれ」


 ゼクスの声で足が止まった。


 暗くなった通路の奥で、金属が擦れる音がした。

 扉ではない。

 壁の中の金具を動かす音だ。


 壁の小扉が閉じた直後、床近くの固定具が戻った。


 通路の側面から、低い仕切り板が半分だけせり出す。


 先頭の兵が足を止めた。


 踏み越えられる高さではある。

 だが、暗がりの中で無理に進めば、足を取られる。


 私は壁を見た。


 青い反応は、カイリアのいた場所で二つに分かれていた。


 一つは奥へ薄く続いている。

 もう一つは、補修口の方へ濃く残されている。


「補修口側に、濃い反応を残しています」


 私は言った。


「このまま追えば、兵はそちらへ向かいます。カイリア本人は、別の小扉から奥へ移っています」


 老技官が息を詰める。


「補修通路の仕組みを使って、追手をずらしているのか」

「はい」


 ゼクスは兵へ視線を向けた。


「奥を追うな。補修口を塞げ」


「はっ」


 兵が動く。


 だが、通路は狭い。

 一人が壁際へ寄るだけで、後ろの兵は動きにくくなる。


 その間にも、奥の暗がりで小さな扉がまた閉じた。


 カイリアの姿は見えない。


 足音も残っていない。

 残ったのは、壁を伝う青い反応だけだった。


 足音では追えない。

 けれど、反応はまだ残っている。


 カイリアは、まだ王宮の中にいる。

読んでくださり、本当にありがとうございます!

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