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第59話 途中を通した人間がいる

 宝物庫前の冷えは、まだ石畳の上から消えていなかった。


 兵は槍を戻さない。

 騎士も魔法士も、閉じた裂け目の跡から目を離せずにいる。

 さっきまで戦っていた相手は消えた。だが、何を狙って来たのかだけは、今夜のやり取りではっきり残っていた。


 老技官が二人の技官を呼び寄せ、封印具の位置と石畳の継ぎ目を指で示す。

 誰も無駄な声を立てない。

 乾いた靴音と、短い指示だけが冷えた空気に落ちた。


 王は閉じた跡を見たまま、問う。


「封印はまだ保てるか」


 老技官は石畳へ膝をつき、継ぎ目の揺れを確かめてから答えた。


「今は保てます。ですが、狙いは封印です。封印へ寄る道を、探りに来ています」


 技官の一人が息を呑む。

 老技官は視線を上げないまま続けた。


「封印具は、地下に残る古い裂け目を押さえている要です。大戦のあと、大賢者が閉じたものを、ここで留め続けています。これが崩れれば、先ほどの細い裂け目では済みません」


 王の目がわずかに細くなる。


「門になるか」


「なります」


 短い返答だった。


 私は裂け目のあった場所から目を離さずに口を開く。


「裂け目は、封印具へ真っすぐ伸びたわけではありません。手前へ寄せて、周囲の継ぎ目から崩す流れでした」


 老技官が私を見る。

 その目には、驚きより先に確認があった。


「読めますか」


「はい」


 私は石畳の継ぎ目の流れを追ったまま答える。


「封印具そのものを叩きに来たのではありません。近くへ寄せて、支えにしている継ぎ目ごと崩すつもりでした」


 王宮技官の顔色が変わる。


 宝を狙った襲撃なら、話は単純だった。

 だが、これは違う。

 封印具の位置だけではない。

 近づき方まで知ったうえで、裂け目を寄せてきている。


 王が私に問う。


「押収した石は、今夜の裂け目と繋がるか」


「繋がります」


 私は即答した。


「あの石は、探知に触れて終わるものではありません。触れた先の結界の流れを拾い、その先にある裂け目へ術式を寄せます。国境で露出した時点で、もう王宮側へ届く条件ができていました」


 誰もすぐには口を開かなかった。


 兵の握る槍がきしむ。

 騎士たちの視線は、閉じた裂け目の跡から、宝物庫の奥へ静かに移った。


 今夜は防いだ。

 だが、相手は封印の位置だけでなく、崩し方まで読んでいた。


 王は宝物庫の奥を見た。


「狙いは封印だな」


「はい。封印具です」


 冷えた空気が、そこで一段重くなる。


 老技官が立ち上がる。

 さっきまでの戦いの色は消え、代わりに別の緊張がその顔に残っていた。


「陛下。今夜の一手は止めました。ですが、封印の位置はもう割れています」


 王は短く頷いた。


「封印の前は固めろ。宝物庫の出入りを止めろ。王宮の中を洗え」


 誰も息をつかない。


 王の視線が、宝物庫の奥から、閉じた跡へ、さらに人のいる側へ戻る。


 裂け目は閉じた。

 だが、ここへ寄せる道までは消えていない。


 今夜の件は、門の向こうからの襲撃だけでは済まなかった。


 王の視線がこちらへ向く。


「続けろ」


 私は頷いた。


「石には、触れた先の痕が残ります。残れば、どこへ寄せたかを逆に読まれる。だから相手は回収に走りました」


 宝物庫前が静まり返る。


 老技官が眉を寄せた。


「……では、国境で反応した時点で」


「その時点で、もう王宮側へ繋がっていました」


 私は言った。


「封印具そのものではなく、近くの継ぎ目へ寄ったのも、そのためです。継ぎ目から崩せば、封印へ届くからです」


 老技官が閉じた跡へ目を落とす。

 さっきまで裂け目があった位置。

 封印具そのものではなく、その近くへ寄っていた理由が、そこでようやく一つに繋がった。


「……だから、石を回収しようとしたのか」


「はい」


 私は答えた。


「石が残れば、相手の狙いが割れます。だから石の回収と、クレールを消す動きが出ました」


 兵の一人が息を呑む。


 国境の混乱。

 石の反応。

 クレールへ渡された命令。

 ベッセンの逃走。

 そして、今夜の裂け目。


 全部が、別々には動いていない。


 王が問う。


「痕は、まだ追えるか」


「追えます」


 私はきっぱりと言った。


「変色は進んでいます。ですが、反応の流れは残っています。どこへ寄せたかも、まだ追えます」


 若い技官の顔色が変わる。

 老技官は黙ったまま私を見た。

 疑っている目ではない。話の辻褄が合った時の顔だった。


「では」


 ゼクスが王へ向き直る。


「国境で露出した時点で、相手は失敗しています。石もクレールも消せなかった。だから王宮側で、封印へ寄せる動きを走らせた」


 王は頷いた。


「もう、偶然では片づけられん、ということか」


「はい」


 私は答えた。


「国境で露出した石は、王宮の奥へ裂け目を寄せるための仕掛けでした」


 その言葉で、宝物庫前の空気がさらに冷える。


 もう、ただの襲撃ではない。

 たまたま裂け目が出た事故でもない。


 老技官が口を開いた。


「封印具の位置を知っていただけでは、今夜の寄り方にはならん。結界の流れも、地下の裂け目も、どちらも読んでいたことになると」


 王はしばらく何も言わなかった。

 閉じた裂け目の跡と、その奥の封印具、そのさらに向こうを見るような目だった。


 やがて王が言う。


「国境で始まり、ここへ届いた。なら、途中を通した人間がいる」


 誰も答えない。


 答えは、もう要らなかった。

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