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第58話 先に潰す

 そう見えた。


 だが、裂け目の縁が震えた。

 押し広げられた上端が跳ね返り、青い光が激しく乱れる。


 次の瞬間、裂け目の隙間から、骨のように細長いものがぬるりと現れた。


 腕だったのか、指だったのか、一目では分からない。

 関節だけが異様に長く、先の爪だけが鉤みたいに鋭い。

 それが縁へ掛かる。

 石を削る嫌な音が走った。


 すぐには出てこない。

 裂け目の幅を確かめるように、先だけが外へ伸びる。


 爪が石畳のきわを探る。

 空を掻き、縁をなぞり、また引っ掛ける。

 どこまで開いているのか、どこへ力をかければ広がるのか、それを測っているような動きだった。


 まだ広げようとしている。


 今度はもう一本、細長いものが内側から縁を押した。

 上と横から同時に力がかかる。

 裂け目の上端だけが不自然に持ち上がり、青い縁が細かく軋んだ。


 内側から押す力も消えていない。

 だが、出きれない。

 大きすぎる。

 今の裂け目では、抜けきれない。


 私は石畳へ手をかざしたまま、裂け目の縁を見た。


 庭の継ぎ目を走る青い線が、さっきまでとは違う揺れ方をしている。

 押し広げる力と、閉じようとする力がぶつかっていた。

 裂け目そのものは持たない。

 流れを断てば、向こうも押し切れない。


「今です!」


 老技官が顔を上げる。


「裂け目を繋いでいる線が乱れています。流れは追えます。今なら、ここで断てます!」


 私はそのまま、継ぎ目の線を追った。


 王の命が飛ぶ。


「やれ。今ここで止める」


 老技官が石畳へ両手をつく。

 技官と魔法士たちも一斉に詠唱へ入った。


 大きな術ではない。

 裂け目そのものを消すためではない。

 庭の継ぎ目を走る青い流れ、その集まる先だけを断つための術だ。


 だが、若い魔法士たちの流し方は揃わない。

 一人は押し込みが強く、もう一人は立ち上がりが遅い。

 そのまま流せば、狙った継ぎ目ではなく、周囲の石畳へ流れが逃げる。


 私は裂け目から目を離さない。

 石畳の継ぎ目へ食い込む青い光の寄り方を追う。


 どこへ流れが集まっているのか。

 どこに無理がかかっているのか。

 それだけを見極める。


「右、強いです。落として。左、遅い。合わせて」


 魔法士たちの肩が揺れる。

 老技官が一瞬だけ私を見た。

 だが、何も言わない。

 もう見えているのだと分かったからだ。


 私は石畳へかざした手を添えた。

 自分の魔力を細く差し込み、若い技官たちの流れへ触れる。


 ただ足すんじゃない。

 ぶつかりかけたところだけを削り、遅れた流れを引き上げ、散っていた流れを一つの向きへ寄せていく。


 強いものは、裂け目へ余計な負荷をかけないぎりぎりまで落とす。

 遅いものは、流れがぶつからないところまで引き上げる。

 少しでもずれれば、閉じようとする側より先に、裂け目を押し広げる力の方が勝つ。


 その時だった。


 裂け目の縁へ掛かった骨のように細長いものが、急に深く食い込む。

 爪が石を削り、嫌な音が走った。

 向こうも気づいたのだ。

 こちらが流れを揃え始めたことに。


 細長いものが縁を掴んだまま、無理に上へ引く。

 内側から押す力も強まる。

 閉じようとする力と、押し広げようとする力が、裂け目の上で真正面からぶつかった。


 青い縁が激しく震える。

 石畳の継ぎ目を走る光まで引きつられ、揃いかけた流れがまた散りかけた。


「出力を上げないで」

「揃えてください」

「押し返すのはあとです」


 若い技官たちの肩が揺れる。

 焦って魔力を強めかけた流れを、私はその場で押さえる。

 ここで力を上げれば、裂け目の揺れが広がる。


 細長いものが、もう一度だけ縁を探るように動いた。

 爪先が石畳のきわをなぞり、継ぎ目へ掛かる。

 閉じる力の薄いところを、探している。


 私はそこへ自分の魔力を差し込んだ。


 散りかけた流れを押し戻す。

 強くしない。

 細く、切らさず、逃げかけた向きを揃え直す。


 石畳の継ぎ目を走る青い光が、ばらついた揺れを少しずつ収めていく。

 散っていた流れが、ようやく一つの向きへ寄り始めた。


 裂け目の上では、まだ開く力が止まらない。

 だが、さっきまでみたいに広がらない。

 閉じる動きが、少しずつ押し返し始めていた。


 老技官が息を呑む。


「この状況で、そこまで揃えるか……」


 私は裂け目から目を離さずに言った。


「右奥へ寄っています。青い光の寄り方も、石畳へ落ちる揺れも、あそこだけ強い。向こうは、そこから抜けようとしています」


 裂け目の上端だけが無理に押し広げられている。

 支えきれない継ぎ目が、右奥の一箇所へ寄っていた。


 継ぎ目の一つが他より早く軋む。

 そこだけ支えが薄い。


「そこです。右奥の継ぎ目、三つ先!」


 魔法士の光が走る。

 だが、一人の打ち込みがわずかに早い。


「まだです。今」


 私が言った瞬間、老技官の術が重なった。


 ぱき、と乾いた音がした。


 青い光が一本、途中で途切れる。


 裂け目の縁が震えた。


「続けて。次、同じ場所へ」


 若い技官が歯を食いしばる。

 老技官はもう迷わない。

 私の指示に合わせ、二度目の術を重ねる。


 もう一本。

 さらにもう一本。


 青い光の寄り方が変わる。

 押し広げていた力が、裂け目まで届かなくなる。

 上端をこじ開けていた圧だけが空を噛み、青い縁が不規則に波打った。


 下級魔族がそこで初めて振り向いた。

 裂け目の変化を悟ったのだ。

 通路を捨て、裂け目へ向き直る。


 青い縁が大きく波打つ。

 押し広げられていた裂け目が、目に見えて狭まり始めた。


 魔族はとっさに片手を縁へ叩きつける。

 閉じるのを無理に押し止めようとしたのだ。


 爪が石を擦る。

 耳に障る音が走る。


 ゼクスが踏み込んだ。


 剣は止まらない。

 縁にかけた腕の付け根へ、下から鋭く斬り上げる。


 肉が裂け、骨が砕ける音が重なった。


 魔族の手首が宙へ跳ぶ。


 黒い血が裂け目の縁へ散った。

 切り落とされた手は、爪を開いたまま石畳へ転がる。


 支えを失った魔族の体勢が崩れる。

 もう一方の腕で裂け目へしがみつこうとしたが、間に合わない。

 狭まり続ける縁に肩から引っかかり、次の瞬間、向こう側へ半ば引きずり込まれるように消えた。


 最後に見えたのは、暗がりの奥で揺れる二つの光だけだった。


 裂け目は急速に縮む。

 上端を押し広げていた歪みも消え、残った細い切れ目も、すぐに閉じた。


 夜気が戻る。

 庭に残ったのは、倒れた魔物二体と、血の匂いと、荒い息だけだった。石畳にはまだ冷たさが残っていた。


 誰もすぐには動けない。

 兵は槍を下ろさず、魔法士たちも裂け目が閉じた跡を見ていた。


 継ぎ目を走っていた青い光は、もう裂け目へ流れていない。

 乱れていた流れも戻り始めている。

 今夜の裂け目は、止まった。


 だが、ただ閉じただけではない。

 向こうはここを見た。

 ここへ届く道があると知ったまま退いた。


 老技官が乾いた唇を動かす。


「……閉じましたな」


 私は裂け目のあった場所から目を離さずに答えた。


「今夜は止められました。でも、場所は知られました」


 兵の顔つきが変わる。

 騎士たちの視線も、自然と宝物庫の奥へ向いた。


 ゼクスは裂け目の閉じた石畳を見たまま言う。


「次は、ここだけでは済みません」


 王は閉じた裂け目の跡を見据えたまま言った。


「先に潰す」


 その声で、庭の空気が切り替わる。

 兵が姿勢を正し、騎士も魔法士たちも顔を上げた。


 宝物庫には届かせなかった。

 それでも、今夜ここへ来たものが前触れにすぎないことだけは、はっきりした。

読んでくださり、本当にありがとうございます!

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