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第57話 宝は捨てていい

 王の問いは短い。


 老技官の顔から血の気が引いた。


「狙われるなら、宝物庫の奥にある封印具です。王宮の古い封印を押さえている品です」


 王は即座に言った。


「宝は捨てていい。あれだけは動かすな。通すな」


「奥へ人を回せ!。通路を塞げ!。裂け目の前を止めろ!」


 兵と騎士が一斉に動いた。


 宝物庫の入口にいた者たちは奥へ下がり、通路の角で隊列を作る。

 騎士もすぐに位置を変えた。

 前へ出て斬るためではない。抜けさせないためだ。


 魔法士たちも迷わなかった。


「前列を守れ!。裂け目の前だけ止めます! 奥へ入れるな!」


 短い詠唱が重なり、兵の前に二枚の光が走る。

 一枚は低く足元を守り、もう一枚は胸の高さで揺れて爪の軌道を外した。

 強い術ではない。だが踏み込みを鈍らせるには足りる。


 魔族が喉を鳴らす。

 四足の魔物が先に飛び出した。

 一体が光壁へぶつかり、もう一体が兵の足元へ低く潜り込む。

 正面から壊す気はない。

 列を乱し、通れる隙間を作るつもりだ。


「前を上げるな! そこで止めろ!」


 ゼクスの声が飛ぶ。


 兵は踏みとどまる。

 槍は深く出さない。倒すためではなく、越えさせないために構える。


 その外を回ろうとした魔族へ、ゼクスが身体ごと入った。

 通路へ抜ける向きの前へ半身を差し込み、進路そのものを塞ぐ。


「抜かせません」


 魔族の肩がゼクスへぶつかる。

 重い音が鎧越しに響く。

 それでもゼクスは退かない。


「この線だけ守れ!」


 兵は前へ出ない。

 槍を横へ揃え、通路の口を塞ぐ。


 そこへ魔物が食いついた。


 一体が兵の膝へ横からぶつかり、もう一体が槍の柄へ噛みつく。

 狙っているのは急所じゃない。

 列の弱いところだけだ。


 右端の兵がまともに食らった。

 身体が横へ弾かれ、通路の前にわずかな空きが生まれる。


 下級魔族の目がそこへ走った。


「左、詰めろ!」


 隣の兵がすぐ肩を寄せる。

 別の騎士がその脇へ剣を低く差し入れ、潜り込む角度を潰した。


「前列、固定! 足を止めます!」


 通路前の石畳に淡い紋が走る。

 継ぎ目の光が立ち上がり、四足の前脚へ絡んだ。

 踏み込みが止まる。


 その瞬間、兵が槍の柄を横殴りに叩き込む。

 魔物の鼻先が跳ね、頭がぶれた。

 続けて騎士の剣が肩口へ入り、肉を裂く。


 もう一体も止まらない。

 槍へ噛みついたまま引き倒そうとした。

 兵は柄を引かず、逆に踏み込み、石突で喉元を打つ。

 魔物がわずかに仰け反ったところへ、横の兵の穂先が脇腹へ食い込んだ。


 鈍い音が重なる。


 槍。

 剣。

 爪。

 防壁。


 決め手にはならない。

 それでも、押し返すには十分だった。


 四足の一体がなおも兵へ飛びつく。

 だがその隙に、ゼクスが魔族の向きを外した。

 騎士の剣が魔物の首元へ深く入り、兵の槍が胸を突く。

 魔物は石畳へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


 私は裂け目から目を離さない。


 青い脈が、さっきより速い。

 継ぎ目を走る青い線も濃くなっている。

 裂け目は閉じず、向こうから押され続けていた。


「まだ切れていません」


 老技官が息を止める。


 私は石畳へ手をかざしたまま続けた。


「向こうが、まだ押しています」


 その言葉に重なるように、裂け目の奥の二つの光が下がった。

 次の瞬間、裂け目の上端が歪む。


 青い縁が大きく震え、耳の奥へ刺さるような軋みが走った。

 上端が内側から押し広げられ、冷気がさらに深く流れ込む。


 その奥で、骨のように細長い影が一瞬だけ縁へ触れた。


 今いる魔族や魔物とは違う。

 それだけは誰の目にも分かった。


 下級魔族が顔を上げる。

 見ているのは兵でも騎士でもない。

 裂け目の上端だ。

 焦りは消えていた。

 間に合うと分かった動きだった。


 残った魔物が、さらに強く兵へ食いつく。

 列を乱すことだけを狙っている。


 王の声が庭へ響いた。


「前を下げるな! 通路を守れ!」


 兵が踏みとどまる。

 騎士も位置を変えない。

 魔法士も大きな術は撃たない。


 守るべき場所は一つだった。


 裂け目の奥で、二つの光がさらに低く沈む。

 青い縁がまた歪んだ。

 狭い裂け目に収まりきらない何かが、向こう側から無理にねじ込まれている。


 老技官が掠れた声を漏らした。


「まずい…… 今いる連中とは、気配が違う……」


 裂け目の内側で、固いものが擦れるような低い音が鳴る。

 上端がほんのわずかに持ち上がった。


 兵の槍先が揺れた。


 次に出てくるものは、今ここにいる下級魔族や魔物とは比べものにならない。


 それでも、まだ全体は見えない。

 見えるのは二つの光と、縁へ触れては消える骨みたいな影だけだ。


 私は裂け目を見据えたまま、石畳へ意識を落とす。

 継ぎ目を走る青い線が、裂け目の上下へ吸われていた。

 ただ押されているんじゃない。

 向こう側からの力に引かれて、こちらの石畳まで裂け目を広げるために使われている。


 しかも歪みが出ているのは下じゃない。

 裂け目の上端だ。

 高い位置にある何かが、無理に抜けようとしている。


「……裂け目を解析しています」


 老技官が息を呑む。


 私は裂け目から目を離さずに続けた。


「まだ追えます。石畳の青い光は、まだ裂け目に繋がっています。向こうはそれを使って、上から押し広げています」


 魔族が、もう一度地を蹴った。


 焦りは隠さない。

 今度は魔物より先に出る。

 押し返され続けたせいか、通路へ踏み込む動きだけが鋭い。


 兵の槍が動く。

 だが、魔族は槍が揃う前に動いた。

 長い腕を低く振って槍の向きを外し、騎士の足元へ半歩だけ身体を差し入れる。


「そこを開けるな!」


 ゼクスが踏み込む。


 剣を大きくは振らない。

 肩から入って、通路へ抜ける向きを身体ごと塞ぐ。

 魔族の肩がぶつかる。

 重い音が鳴る。

 それでもゼクスは退かない。


「抜かせません」


 短い一言だった。


 兵が左右から詰める。

 槍は深く出さない。

 突き殺すためじゃない。

 通路へ入る幅だけを消すために、横一線へ揃えられる。


「扉を閉めろ!」


 王の声が飛ぶ。


 宝物庫寄りにいた兵がすぐに走った。

 通路の奥で重い扉が引かれる。

 金属が擦れる低い音。

 次いで、内側から閂が落ちた。


 その音に、魔族の動きが変わった。


 初めて、はっきりと焦りが見える。

 通路へ入れないまま扉まで閉じられ、残る抜け道がさらに狭まったのだ。


 その直後、残った魔物が動く。


 兵の膝へ体当たりする。

 最後の押し込みだった。

 列が崩れる一瞬を狙っている。


「前列、崩すな!」


 魔法士の声が重なる。


 兵の前へ、薄い光がもう一枚走った。

 足元を守る低い膜と、胸元を守る壁、その間へ魔物の頭がぶつかる。

 鈍い音が返る。

 光壁が大きく軋む。

 それで突進が鈍る。


 兵が槍を返し、柄で鼻先を跳ね上げた。

 噛みつく角度が狂う。


 騎士がその脇へ滑り込む。

 剣閃が首の横を走った。


 血が散る。

 四足の魔物は前脚から崩れ、そのまま動かなくなった。


 その横を、魔族が通路へ差し込もうとする。


 だが、ゼクスがまた半歩だけ前へ出る。


 剣先が魔族の肩口を払う。

 向きがわずかにずれる。

 そこへ兵の槍が胸の前で立ち、騎士の剣が横から押し返した。


 抜けられない。


 その直後、裂け目の奥で、固いものが石を擦るような音がした。


 青い縁の上端へ、骨のように細長いものがぬるりと現れる。

 腕なのか、指なのか、一目では分からない。

 関節だけが不自然に長く、先の爪だけが鉤みたいに鋭かった。


 その爪が裂け目の縁へ掛かる。


 耳に障る音が走った。

 石を削るように爪が食い込み、そのまま上へ引く。


 青い光が一気に濃くなる。

 上端が内側から押し上げられ、耳の奥を裂くような軋みが走った。

 冷気がさらに深く庭へ流れ込む。


 裂け目の奥にあった二つの光が、今度は明らかに低い位置へ沈む。


 さらに、掛かった爪の脇へ、もう一本、細長い影が伸びた。

 内側から縁を押している。

 裂け目の上端だけが歪に持ち上がり、青い縁が細かく震えた。


 その狭い隙間の奥で、二つの光の片方が止まる。


 目だ。


 顔の形は見えない。

 だが、暗がりの奥で細く光るそれだけが、裂け目の幅を測るようにこちらを覗いていた。


 出る。

読んでくださり、本当にありがとうございます!

皆さまからいただく感想や応援が、この作品を前へ進めるエネルギーになっています。


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