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第56話 狙いは、もっと奥です

 裂け目の奥に、二つの光があった。


 位置が高い。

 先に出てきた下級魔族や四足の魔物とは、高さそのものが違う。


 庭の空気が変わる。


 兵の誰かが息を止め、槍先がわずかに揺れた。

 魔法士たちも詠唱に入れないまま、裂け目の上を見ている。

 王もゼクスも振り向かない。だが、この場の全員が同じ気配を感じていた。


 ――まだ奥にいる。


 しかも、先に出てきたものとは比べものにならない。


 裂け目の縁が細く脈を打つ。

 青い光が上下へ走るたび、奥の二つの光もわずかに動いた。

 近づいているのか、向こうで身じろぎしただけなのか、それすら分からない。

 ただ、あれがここへ出てくれば、この場は今のままでは持たない。それだけははっきりしていた。


 その直後、庭の敵が動く。


 片膝をついていた下級魔族が顔を上げ、裂け目の奥を一度だけ見た。

 何を待っているのか、その一瞬で分かる。

 自分が抜けるためじゃない。

 後ろにいるものが出られるように、隙を作るつもりだ。


 四足の魔物も同じだった。

 兵へ食いついたまま離れない。

 倒すためじゃない。槍の向きを乱し、わずかでも隙を作るための動きだ。


「来ます!」


 誰かの声と同時に、片膝をついていた下級魔族が地を蹴った。


 今度は宝物庫へは走らない。

 ゼクスと兵の並び、その継ぎ目へ体をねじ込むように踏み込んでくる。


 四足の一体も合わせる。

 槍へ食いつくふりをして軸をずらし、別の兵の足元へ低く滑り込む。


 ただの突撃じゃない。


 庭へ出た敵は、むやみに暴れているわけではない。

 誰がどこを塞いでいるかを見て、崩せるところへ手をかけてきている。


 裂け目の奥の光は、まだ出てこない。

 あの大きさでは、いまの裂け目を抜けられない。


 だから先に出た敵が前に出る。

 こちらの構えを崩し、裂け目が広がるまで押さえ込むために。


 兵の一人が息を呑む。

 騎士が半歩ずれ、魔法士の指先に光が集まりかけて止まった。


 次に来るものは、これまでと同じではない。


 だからこそ、その前に。

 庭へ出た敵が、ここを崩そうとしている。


 魔族は止まらない。


 ゼクスの正面へ踏み込んだかと思えば、刃と槍の間を嫌うように体をひねり、すぐに角度を変える。

 狙っているのは、目の前の人間を倒すことではない。

 爪を振るうのも、斬り合いに勝つためじゃない。

 兵と騎士の並びを乱し、裂け目の前を崩すための動きだった。


 四足の魔物も同じだ。

 兵へ食らいつき、槍の柄へ噛みつき、足元へ滑り込む。

 喉を裂くより先に、構えをずらす。

 殺しきるより先に、この場を乱す。


「右を埋めろ! 裂け目の前を空けるな!」


 王の声が飛ぶ。


 兵が二人、ぶつかるように位置を詰める。

 騎士も斜めに入り、通路と裂け目の前を一枚の壁みたいに繋いだ。


 その外側で、魔法士が詠唱に入る。


「前列、下げないで! 足元だけ止めます!」


 大きな術ではない。

 裂け目の前へ細い光が走り、石畳の継ぎ目から短い光が立ち上がる。

 それが四足の前脚に絡み、踏み込みを一瞬だけ止めた。


 別の魔法士は兵の脇へ防壁を差し込む。

 半透明の膜が槍の外側で一度だけ弾け、魔族の爪先を逸らした。


 魔族はそこで初めて苛立ったように喉を鳴らす。

 深く裂けなかったからではない。

 並びがまだ崩れきらないからだ。


 私は裂け目から目を離さない。


 青い縁の脈が、さっきより早い。

 細いまま開閉を繰り返しているんじゃない。

 内側から押されて、無理に広がろうとしている。


 私は膝をついたまま石畳へ手をかざした。

 触れなくても分かる。

 庭の継ぎ目を走っていた青い線が、裂け目の縁へ集まり続けている。

 向こう側の圧に引かれているのではない。

 こちらの石畳そのものが、裂け目を押し広げる側へ使われ始めている。


「……広がっています」


 老技官が息を詰める。


「裂け目が、か……」


「いま庭にいるものでは足りない」

「後ろのものが抜けられる幅まで、広げるつもりです」



 王もゼクスも振り向かない。

 だが、庭の空気は一段硬くなった。


 下級魔族の狙いは、もうはっきりしていた。

 ここで兵や騎士を倒し切ることではない。

 守りが崩れている間に、裂け目が広がる時間を稼ぐつもりだ。

 しかも、目は宝物庫の先を見ている。


「宝物庫そのものではない。狙いは、もっと奥です」


 言い終えるのと同時に、魔族がまた地を蹴った。


 ゼクスの剣筋を外し、兵の槍を爪で逸らす。

 空いたわずかな間へ四足の魔物が頭から突っ込み、騎士の踏み位置が崩れた。


「防げ!」


 魔法士の短い声と同時に、兵の前へ薄い光壁が一枚できる。

 魔物の頭がそれにぶつかり、鈍い音が返った。

 だが壁は一度でひび割れる。

 強い防壁じゃない。時間を稼ぐためだけの術だ。


 その隙を逃さず、ゼクスが剣先だけを差し出す。

 斬るためじゃない。

 下級魔族の肩口を払って向きを狂わせる。


 騎士がすぐ横から踏み込み、兵が槍の柄を叩き込む。

 裂け目の前へ伸びかけた体が、そこで押し戻された。


 私は石畳の線を追う。

 継ぎ目に沈んでいた青い光が、また一段濃くなる。

 裂け目の上下がわずかに軋み、さっきまで指先ほどだった場所が、もう一段だけ押し広がろうとしていた。


 裂け目の奥で、高い位置にあった二つの光が、今度ははっきりと揺れる。


 まだ出られない。

 だが、もう時間がない。


 私は裂け目を見たまま言った。


「ここへ出ること自体が目的じゃない。狙いは、この先です」


 王の声がすぐに返る。


「何がある」

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
― 新着の感想 ―
 そのうち魔王対聖女になるのかな?勇者が前の国の王子だったとしても肉壁どころか敵になりそうだし。
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