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第50話 本命は別にある

 王の目がゼクスへ向いた。


 ゼクスは訓練場の中央を一度だけ見た。淡い結界の内側で、青く染まりかけた石が鈍く脈を打っている。


「筋は通ります」


 誰も口を挟まない。

 ゼクスは事実だけを並べた。


「石は荷に混ぜ、王宮へ入れるつもりだった。露見しても、検分が始まれば反応する。国境では魔物が寄り、現場が崩れた。石が残ればクレールが口を開く。だから消す」


 声は低い。

 感情ではなく、逃げ道を削るための並べ方だった。


「ここまで重なれば、王宮側は石と国境の異常に追われます。その間に、消したい人間と証拠へ手を伸ばせる。ベンデル卿が欲しいのは、その隙です」


 王が問う。


「何が足りん」


 ゼクスの視線が石へ落ちた。


「本当の狙いです」


 訓練場の空気が、そこで静かに変わる。


「王宮を乱すだけなら、石をここまで仕込む必要はありません。クレールの口を塞ぐだけでも足りない。石で混乱を起こし、証言を消した先で、別の何かを取りに行くつもりだった。まだ見えていないのは、その一点です」


 王の目が細くなる。


「石は手段にすぎん、と」


「はい」

 ゼクスは頷いた。

「本命は別にあります」


 私は石を見たまま言った。


「これだけでは終わりません。単に壊すだけなら、こんな組み方にはなりません。こちら側へ干渉できる場を作り、そこから先へ繋ぐ術式です」


 老技官が、中央の結界から目を離さないまま低く漏らした。


「……破壊が目的ではないのですな」


「はい」

 私は答えた。

「混乱と反応を重ねた先で、別の干渉へ繋げるためのものです」


 クレールの喉がひきつるように鳴った。


「じゃ、じゃあ……」

 掠れた声が落ちる。

「あいつは……最初から……」


 最後までは続かなかった。

 だが、言いたいことはもう伝わる。


 最初から、露見も追跡も込みだった。


 王が石を見据えたまま言う。


「魔物を呼ぶだけか。侵入のための扉か。あるいは、それ以上か」


 誰もすぐには答えなかった。


 止めた。だが、読み切ってはいない。

 いま分かるのは、そこまでだ。


 ゼクスが静かに言う。


「少なくとも、ただの混乱工作ではありません。王宮で石を動かし、国境では異常が起き、証言者まで消そうとした。そこまでして取りに行きたいものが、まだ残っています」


 そこで、王の声が低く落ちた。


「これは、ただの国境の不手際では済まん」


 その一言で、訓練場の空気が引き締まる。


 外周に立つ技官たちも、護衛も、クレールでさえ息を潜めたまま動かない。

 結界の内側では、青く染まりかけた石がなお鈍く脈を打っていた。


 王は石を見たまま続けた。


「王宮へ毒を持ち込ませたのと同じだ。しかも、見つかった後の混乱まで含めて仕込んでいる」


 その声に、怒りは混じっていない。

 だからこそ、その場の全員が重さを正面から受けた。


「ベンデル卿を中心に、ソレイユ内部の動きを洗え。夜間連絡路、記録にない側近の出入り、見慣れぬ人員――全部だ。クレールの身柄は王宮直轄だ。誰の名でも近づけるな。接触した者は全員、記録へ残せ」


「はっ」


 護衛の声が重なる。

 クレールの肩が、支えられたまま小さく震えた。


 王はさらに言う。


「石は維持したまま、読めるだけ読め。止め切る前に、どこへ繋ごうとしたのかを拾え。アルネも王宮へ入れろ。国境で見たものを、直接ここで上げさせる」


 老技官が息を呑む。


「陛下、国境の報告と、ここで読む内容を合わせるおつもりですか」


「そうだ」

 王は即答した。

「国境の異常、王宮の石、ベンデル卿の動き――別々に見ている限り、相手の思うままだ」


 ゼクスが一歩だけ進み出る。


「アルネが直接来れば、国境で何が起きたかを細かく確かめられます。報告だけでは見えないところまで拾えます」


 王は頷いた。


「急がせろ」


「はっ」


 近侍が一礼し、すぐに訓練場を離れる。

 その足音が遠ざかる間にも、石の青は結界の内側で鈍く揺れていた。


 ゼクスが低く言った。


「セラフィナ様。接続先の性質だけでも掴めますか」


 私は円盤へ視線を落とした。

 刻線はまだ生きている。結界も保っている。止め切る前なら、痕跡はまだ追える。


「場所までは、まだ。ですが、何を求めていたかは、少し見えるかもしれません。痕跡が薄れる前に見ます」


 王は迷わない。


「やれ」


 返事はしない。

 私は石だけを見る。


 訓練場の中央へ落ちている淡い光。

 その内側で、青く染まりかけた石がごく浅く脈を打つ。

 さっきまで暴れようとしていた反応は、いまは押さえ込まれている。だが、消えてはいない。


 だから読める。


 私は円盤の縁へ手を置いた。


 結界技官たちの肩がわずかに強張る。

 誰も声を出さない。

 ただ、訓練場の中央だけが、次に何が起きるのかを待っていた。


 王は動かない。

 ゼクスは石と私の手元を見ている。

 クレールは怯えたまま、それでも視線を逸らせない。


 いま必要なのは、黒幕の名を確かめることではない。

 それは、ほぼ揃っている。


 足りないのは、その男が何を王宮へ入れようとしたのかだ。


 国境で魔物が寄った。

 王宮では石が動いた。

 そしてベンデル卿は、その両方の後始末ではなく、その先だけを見ていた。


 ならば、まだ切れていない。


 私は石を見据えたまま言った。


「読みます」


 誰も返事をしない。

 だが、その一言で訓練場の空気は完全に定まった。


 王宮へ忍ばせた毒は、隔離されたあともなお、ベンデル卿が繋ごうとした先だけを、まだ薄く残していた。


 私は円盤の縁に置いた手へ、魔力を込めた。


 刻線が、ごく淡く応じる。

 外周を支える技官たちの肩が、目に見えて強張った。

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
― 新着の感想 ―
だんだんクレールが可哀想になってきた。 まぁ、主人公に酷い事したし、生き証人として頑張って生きてねクレール。
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