第49話 目的がまだ見えていない
護衛の声が重なり、クレールが王宮の管理下に移されることが決まった、その直後だった。
訓練場の入口で、別の足音が止まる。
「陛下」
「シュバリエ殿より報告が入っています」
近侍が一礼し、封の切られた紙を捧げ持ったまま前へ進んだ。
王はすぐには受け取らない。
「要点だけ述べろ」
「はっ」
近侍は紙面へ一度だけ目を落とし、読み上げた。
「ベンデル卿の私的な動きが、ここ数日で増えています。
表の執務記録にない側近の出入りが複数。
夜間だけ使われる連絡路も確認されています」
クレールは護衛の腕を掴んだ。
立っていられないまま、唇だけが動きかける。
私は口を挟まない。
今は最後まで聞いた方がいい。
近侍は続ける。
「その周辺で、見慣れぬ人員の出入りも確認されています。
加えて、ベンデル卿については以前から“若い”“老けない”との噂があり、過去の式典記録と今の姿がほとんど変わらない、との証言もあります」
訓練場にいた者たちの視線が、近侍の持つ紙へ集まった。
噂だけなら、まだ押し戻せる。
だが、記録にない出入りと、夜間だけ使われる連絡路が同じ紙面に並ぶと、話は変わる。
老技官が短く息を吐いた。
「内で見たものを、外の報告が裏付けましたな」
王は近侍へ先を促した。
「続けろ」
「結界崩壊後、ソレイユ側では魔物への対処が各所で増えています。その中で、ベンデル卿側だけが他より早く動いていた形跡があります」
王は問う。
「以上か」
「シュバリエ殿からの報告は、ひとまず以上です」
その言葉のあと、クレールの喉が鳴った。
「や、やっぱり……」
護衛が腕を支える。
クレールは苦しそうに息を吸い、それでも言葉を続けた。
「夜の通路で……」
「俺が前に呼ばれたのも、そこです。昼じゃなかった……表の部屋じゃなくて……下の通路で……」
王の視線がクレールへ向く。
「続けろ」
クレールは一度、唇を噛んだ。
「側近がいた。あと……見たことのない奴がいた」
「騎士じゃない。文官でもない。宮廷の人間にも見えなかった」
ゼクスが聞いた。
「ベンデル卿の側近と、その見知らぬ人物が同じ場にいたのですね」
クレールはうなずこうとして、途中で痛みに息を止めた。
「顔は、よく見えませんでした。でも……あれは、城の人間じゃない」
王が近侍の持つ紙へ視線を戻す。
「夜間連絡路。記録にない出入り。見慣れぬ人員」
それだけ言って、王は黙った。
クレールの証言だけなら、怯えから出た言葉として片づけられたかもしれない。
だが、シュバリエの報告は同じ場所を指していた。
その直後、訓練場の入口でもう一つ足音が止まった。
「陛下」
「アルネ殿から追加の報告です」
別の近侍が一礼し、息を整えてから告げた。
「国境で赤い石の変色が始まった前後、周辺では魔物が明らかに増えています。追加検分の結果、あの石は探知波に強く反応する仕組みだったと見られます」
老技官の眉が動いた。
「探知に反応するのか」
「はい」
近侍は答えた。
「持っているだけで常に危険なのではありません。追跡や検分が始まった時に反応した、とのことです。後から起動させるための仕組みだった可能性が高い、と」
訓練場の中央で、隔離結界の内側に閉じ込められた石が鈍く脈を打った。
青い色はまだ表面に残っている。
だが、その反応は結界の外へ漏れていない。
近侍は続けた。
「拘束した者への聴取では、石の回収はベンデル卿の意向で動いていたとの供述があります。さらに、クレール隊長の口封じも視野に入っていたと確認されています」
ゼクスの目が細くなる。
「記録にない側近の出入り。赤い石を持たせ、回収まで指示している。偶然で並ぶ数ではありません」
近侍が頷いた。
「アルネ殿は、石の反応と国境側の異常は、同じ流れで起きたものと見ています」
私は石を見たまま言った。
「この石は、壊すためだけのものではありません」
青く残る表面を見つめる。
「追われた時、調べられた時、確かめられた時に反応する。そう作られています」
王が私を見る。
「その先で、何をさせる」
「まだ断定はできません」
私は答えた。
「ですが、少なくとも偶然ではありません。国境で起きた異常と、王宮で起きた石の反応は、切り離して考えない方がいい」
ゼクスが短く言った。
「内側では石が動き、外側では魔物が増えた。これは事故ではありません」
誰もすぐには答えなかった。
隔離結界の淡い光が、石の表面を照らしている。
青い色は消えない。
王が言った。
「もう噂では済まんな」
近侍が記録官へ視線を向ける。
記録官の筆が動き始めた。
クレールの証言。
シュバリエの報告。
アルネの検分結果。
隔離結界の中で反応を残す赤い石。
別々に届いたものが、同じ名を指していた。
ベンデル卿。
私は石を見たまま、静かに言った。
「ここまでは揃いました。ですが、まだ足りません」
王の目が私へ向く。
「何がだ」
「目的です。この石で、何を引き寄せ、何を呼び込もうとしたのか」
「そこがまだ見えていません」
王は石から目を離さずに命じた。
「ベンデル卿の名を正式記録に入れろ」
「シュバリエへ追加確認を出せ。夜間連絡路と、記録にない出入りを追わせろ」
「石は隔離したまま、反応の先を追え」
近侍が走り、技官たちが隔離結界の周囲へ戻る。
クレールは護衛に支えられたまま、唇を閉じた。
それ以上の言葉は出なかった。
石の青は、まだ消えていなかった。
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