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第48話 若すぎるベンデル卿

 訓練場の中央で隔離結界が安定すると、ようやく誰かが息を吐いた。


 だが、私は石を見据えたままだった。

 止めた。だからこそ、次へ進める。


「陛下」


 王の視線が向く。


「この石をクレールに持たせたのは、ベンデル卿です」


 訓練場の空気がわずかに張る。

 老技官も、外周に立つ結界技官たちも、息を潜めたままこちらを見た。


「なら、ベンデル卿は少なくともこの術式を知っています。知らなければ、荷へ紛れ込ませる意味がありません。魔族と関わっている可能性があります」


 王は即座に命じた。


「クレールを呼べ。今ここで確認する」


「はっ」


 護衛がすぐに走る。

 ゼクスは石と私を見比べてから、短く言った。


「ここで聞くのですね」


「はい」


 私は答えた。


「石を見せた方が早いです。誤魔化せません」


 訓練場の中央では、隔離結界の内側で石の青がなお鈍く脈を打っている。

 光の輪は閉じている。だが、見れば分かる。あれがただの押収物ではないことくらい、魔術に詳しくない者にも伝わる。


 しばらくして、訓練場の入口で足音が止まった。


 連れてこられたクレールは、護衛に両脇を支えられていた。

 歩いているというより、どうにか立たされているに近い。傷の痛みが残っているのだろう。

 顔色は悪く、唇も乾いている。訓練場へ入った時は、王の前へ出された緊張で視線も上げられなかった。


 だが――石を見た途端、その顔色がさらに変わった。


 青だ。


 クレールの目が、隔離結界の内側に閉じ込められた石へ釘付けになる。

 喉が引きつり、肩が目に見えて震えた。


「……ぁ……」


 声にならない息だけが漏れる。


 王が低く言う。


「見覚えがあるな」


 クレールはすぐには答えられなかった。

 膝が折れそうになるのを護衛が支える。呼吸が浅い。傷の痛みだけではない。

 目の前にあるものが、自分の知っている“荷”の範囲を越えていると分かったのだ。


 私はクレールへ向いた。


「クレール。話せますか」


 返事はない。

 唇が震えるだけだ。


「少しだけです」


 私はそう言って、クレールの前へ膝をついた。


 護衛が警戒したが、王が止めない。

 私はクレールの傷口へ直接触れず、その少し上へ手をかざした。


「リトリーヒール」


 淡い光が、傷の周囲だけを薄く包む。

 完全に治すつもりはない。痛みを少し和らげ、息を継げるだけでいい。


 クレールの肩から、わずかに力が抜けた。

 詰まっていた呼吸が、ようやく一つ落ちる。


「……ぁ……っ、は……」


「これで話せますか」


 私は静かに言った。


 私はクレールの目線の高さへ顔を寄せた。


「この石は、ベンデル卿の使いから渡されたのですね」


 クレールの喉が上下する。

 恐怖で固まっていた視線が、石と私の間を揺れた。


「お、俺は……運べと……」


「渡された時、説明はありましたか」


 クレールは首を振ろうとして、痛みに顔を歪めた。


「く、詳しくは…… ただ……荷に紛れ込ませろと……それだけで……」


「ベンデル卿について、他に知っていることは?」


 そこでクレールの視線がもう一度、石へ吸い寄せられた。

 青い脈が、結界の内で鈍く揺れる。


 その瞬間、何かが切れたみたいに、口が開いた。


「……若いんだ」


 誰かが眉を動かす。


 クレールの声はまだ弱い。だが、今度は止まらなかった。


「ベンデル卿は……若い。実年齢より……ずっと。裏では噂になってた…… でも……誰も口にしなかった」


 王の目が細くなる。

 ゼクスも黙って聞いている。


「どういう意味ですか」


 私は促した。


 クレールの唇が震える。


「昔から顔が変わらないって…… いや、変わっても……老け方が、おかしいって…… そういう話が、ずっとあった……」


 訓練場の空気が、また別の冷え方をした。


「でも誰も言わない」


 クレールは石を見たまま続ける。


「言った奴から消えるって……みんな知ってたから…… 逆らえば消える。見た者も……運んだ者も……喋った者も……」


 最後の一語が、ひどく小さくなった。


 私は視線を外さない。


「あなたも、そう思っているのですね」


 クレールは息を呑む。

 何かを堪えようとした。だが、もう遅かった。


「セラフィナ様……」


 声が掠れる。


「お願いだ……」


 護衛に支えられたまま、クレールの膝がわずかに折れた。


「このままじゃ、俺は消される。あいつは……口を塞ぐ。知ってる奴から先に……」


 そこまで言って、呼吸が乱れる。

 傷の痛みだけではない。怯えが、言葉の端々に出ていた。


 私は短く息をついた。

 今ので足りた。


 これがいちばん素直です。


 もう少し硬めなら、


「知ってる奴から先に……」


 そこまで言って、呼吸が乱れる。

 傷よりも、怯えが勝っていた。


 私は短く息をついた。

 聞くべきことは、もう出た。


 狙われる側に回った。


 ゼクスが低く言う。


「これで、守るべき証言者になりましたね」


「はい」


 私は立ち上がり、王へ向いた。


「クレールは、生き証人です。ここから先は保護が必要です」


 王は即座に命じる。


「護衛を増やせ。クレールは王宮の管理下へ置く。勝手に動かすな」


「はっ!」


 護衛の声が重なる。


 老技官は石を見たまま、苦い声で漏らした。


「石の術式を知り、口を塞ぐ手も回る…… 厄介どころの話ではありませんな」


 王の声は低い。


「ベンデル卿へ繋がったな」


 私は隔離結界の内側で脈を打つ青を見た。


「ええ」

「この石は、そのままベンデル卿へ続いています」


 クレールはまだ震えている。

 だが、もう黙っているだけでは済まない場所まで来てしまった。


 訓練場の中央では、青い石が淡い光の檻に閉じ込められたまま脈を打っている。

 そして、その外ではようやく、バルハイムが次に向くべき敵の形を掴み始めていた。

読んでくださり、本当にありがとうございます!

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
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