第47話 全部が青に変わる前に
王とゼクスも訓練場へ入ってきていた。
王は中央から少し離れた位置で立ち止まり、余計な言葉を挟まない。ゼクスはその半歩後ろで、私の手元と石の色の変化を交互に見ている。
円盤を床へ置く。
白銀の縁に刻まれた細い線が訓練場の床結界に触れた瞬間、足元の紋様が淡く光を返した。
若い技官の一人が息を呑む。
「床の紋が……」
「まだ流さないでください」
私は目を上げずに言った。
円盤の縁へ指を当て、床に走る結界線の重なりを読む。流れが素直に通る場所を見極め、結晶杭を迷いなく打ち込んだ。一本、また一本。杭が床へ入るたび、円盤の刻線が細く光を返す。
最後の一本が噛んだ瞬間、円盤の内側に刻まれた線が一斉に浮かび上がった。
「老技官殿。外周、少しだけ魔力を流してください」
「承知しました」
外周の光がわずかに強まり、中央へ向かう圧が一段だけ増した。
その瞬間、石の青が強く脈を打った。
後ろで何人かが息を呑んだ。
床の紋が応じるように淡く脈を打ち、円盤の縁の光が細く震える。
石の周囲だけ空気が張り、冷たさが一段濃くなる。訓練場の中央では、音までさらに鈍く沈んだ。
「来ます」
私は低く言った。
「少しずつ、流してください」
若い技官たちが慎重に魔力を流し始める。
だが、流れはすぐに乱れた。押す強さも、立ち上がりも微妙に違う。そのままでは、円盤の刻線が片側へ引かれ、中央でぶつかる。
「右、強いです。落として。左は遅い。合わせて。中央はそのまま。動かさないで」
私は一人ずつの流れを見ながら、言葉で揃えていく。
若い技官たちの額に汗が滲む。
「やはり……」
一人が息を詰めた。
「私たちでは、反発します……」
円盤の縁では光が小さく弾かれていた。
押し返された魔力が細く跳ね、床の紋を乱そうとする。
「止めないで」
私は言った。
「量を出しすぎないでください。私が繋ぎます」
右手を円盤へ、左手を床の線へ置く。
自分の魔力を間へ差し込み、技官たちの流れの角を一つずつ削る。
強いものは抑え、足りないものは引き上げる。乱れたまま流せば反発する。
だが、少しでも揃えば、床の結界に流せる。
円盤の光が、ばらついた震えをやめる。
細い線が内側へ向かって揃い始め、円の中心へ静かに収束していく。
若い技官が目を見開いた。
「合っていく……」
「黙って続けてください」
私は視線を上げないまま言う。
「崩さないで」
老技官が外周から中央を見ていた。
その老練な顔に、さすがに驚きが混じる。
「個々の魔力差を、ここまで短時間で……」
ゼクスが低く言う。
「王宮の結界だけで受けるつもりではないのですね」
「はい」
私は答えた。
「このままでは押し切られます。補助具で流れを整えて、負荷を散らします」
若い技官の一人が、信じられないものを見る顔になった。
「そんなこと、理論上は……」
「説明はあとです」
私は石から目を離さず言った。
「今は崩さないで」
外周の光がさらに一段強まる。
床を走る紋様が訓練場の中央へ向かって淡く繋がり、円盤の光は白く締まっていく。結晶杭の先端も順に応じ、細い線で床の結界と噛み合った。
「下がってください。誰も近づかないで」
円盤の中心に置かれた石が、光の上でわずかに震える。
次の瞬間、石の青が一度だけ強く光った。
訓練場の中央で、小さな反発が走る。
空気が震え、円盤の縁の光が一斉に外へ押し広がろうとした。
「押さえて!」
技官たちが反射的に魔力を強めた。
その瞬間、石の周囲で跳ねていた青が、外へ食い破るように膨らむ。
「強すぎます! 戻して!。揃えて! 押し返さないで!」
円盤の縁で光が激しく弾け、床の紋が外側へ乱れかけた。
このままぶつけ合えば、結界の方が持たない。
私は外へ逃げかけた流れを中央へねじ戻し、ばらけた力を一つに束ねる。
床の紋が、一斉に明るくなった。
円盤の縁で暴れていた光が細く締まり、石の周囲へ輪が立ち上がる。
最初は薄く、今にも裂けそうだったそれが、刻線と床の線が噛み合った瞬間、一気に形を帯びた。
訓練場の中央の空気が変わる。
ただ冷えていただけの空間が、今は触れれば弾かれそうなほど密になっていた。
石の周囲に見えない境目が生まれ、その内側だけが王宮の中ではない別の場所みたいに沈む。
若い技官の一人が、息を呑んだまま声を漏らす。
「……閉じた」
老技官も外周から目を離さない。
「この場で、ここまで組むのか……」
私は答えない。
まだ足りない。
「外周、もう一段。中央はそのまま。揃えたまま、少しだけ上げてください」
老技官が即座に応じる。
「外周、もう一段上げる!」
訓練場の四方で光が強まり、床の紋様が中央へ走った。
その瞬間、石の青がひときわ濃くなった。
青い反応が、今度は輪の内側から膨れ上がる。
押し返されても止まらない。外へ抜ける場所を探すように、石の表面で脈を打つ。
後ろで誰かが小さく悲鳴を呑み込んだ。
だが、輪は崩れない。
円盤の刻線が白く噛み合い、床の紋が青を内側へ押し返す。
逃げ場を失った反応は石の表面だけを不気味に染め、外へ伸びる代わりに、その場で押さえ込まれていった。
後ろで、誰かが息を呑んだ。
若い技官の顔は、もう驚きより恐怖に近かった。
いま目の前で押さえ込んでいるものの危険が、ようやく実感として届いたのだろう。
ゼクスが低く問う。
「封じましたか」
「まだです」
私は石を見たまま返した。
「閉じただけです。ここから崩さず、固定します」
そう言いながらも、手は止めない。
円盤へ流す魔力をわずかに調整し、外周から入る流れの角を削る。少しでも強すぎれば反発する。弱ければ押し返される。そのぎりぎりのところで、私は訓練場の結界と補助具と技官たちの魔力を一つの流れへまとめていた。
王が低く言う。
「見事だな」
訓練場にいた誰も、その言葉にすぐ返せなかった。
目の前で起きていることから、まだ目を離せない。
老技官が、中央の光を見たまま口を開く。
「これほどの技術を…… なぜソレイユは手放したのです」
王の声が低く返る。
「自国の結界に酔って、足元を見失ったのだろう」
石の青は、なお結界の内側で脈を打っていた。
だが、その揺れはもう外へは広がらない。
私は円盤へ手を置いたまま、周囲へ告げる。
「隔離は維持します。誰も線を越えないでください」
訓練場の中央では、赤を失いかけた石が淡い結界の中へ封じられていた。
外へ溢れかけていた異変は、ようやくそこで止められた。
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