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第42話:護送――記録官の前で言え

 昨夜の騒乱が遠い夢であったかのように、詰所内は無駄のない忙しさに満ちていた。

 出発は予定通り、陽が天頂を過ぎた頃。


 私を待っていたのは、貴族の登城に相応しい華美な馬車ではなく、窓さえ最小限に絞られた「鋼の箱」だった。


 板金は厚く、装甲の継ぎ目は物理と魔術の両面で補強され、車体の内側には揺れと衝撃を殺す重層的な術式が刻まれている。


 優雅さは捨てている。生きて王都へ届くための造りだ。


「セラフィナ様、準備は整いました。夕刻には登城いたします」


 ゼクスの声から、昨夜の張りつめた気迫は消えていた。

 余計な慰めも、感傷を誘う言葉もない。

 言葉が短い。言い切るだけで、迷いを置かない。


 私は短く頷き、差し出された手を取って車内へ乗り込んだ。

 座席の足元は空だ。赤い石も指示書の原本も、この馬車には載せない――昨夜の件と照らし合わせ、封を改めるまではアルネの手元で保管する。

 先に王宮へ入れるのは、写しと受理記録だけだ。


「狙われる物を一箇所に寄せるような真似はしません」


 ゼクスが、私の視線の先を確かめるように言った。


「写しと受理記録は、すでに王宮の記録室へ先行させています」

「原本と石は、アルネが賊の供述と照合し、整理が済み次第、別便で送ります」


「ええ。そうしてください」


 私は短く息を吐いた。こちらが決めた段取りで、決めた順に進む。

 昨夜からゼクスが崩さなかった運びが、今この瞬間も滞りなく続いている。

 その事実だけで、心の中の余計な焦りがほどけ、呼吸が深くなっていった。



 国境を離れる馬車列。怒鳴り声はない。短い合図だけが、前から後ろへ流れてくる。


 先頭の騎馬が手を上げた。中ほどがすぐ速度を落とし、最後尾が間隔を詰める。

 曲がり角では一騎が前へ出て高台へ目を走らせ、反対側からもう一騎が寄って外側へ回る。角を抜けるたびに配置が入れ替わり、列は止まらず進んだ。


 馬車列の中ほど、私の車から少し外れた位置に、もう一台が付いている。

 中にいるのはクレールだ。

 護衛の騎馬が前後を押さえ、車へ寄ろうとする動きはその場で外へ戻される。


 治療は続くが、「看護」と「監視」は分けない。

 包帯を替える手が手首の縛りも確かめ、水を渡す手が口元の動きも見る。

 記録官はすぐ呼べる位置で付いていて、クレールが何か言いかけても、その場で受けず記録官の前へ回す。言葉が途中で崩れないようにしている。


 列が少しだけ詰まった。前の合図に合わせて、クレールの車の布がわずかに揺れる。顔を出しかけ、何か言いかけて止まった。


 護衛が短く返す。


「記録官の前で言え」


 怒鳴らない。黙らせもしない。ただ、言う場所だけを決める。

 クレールの唇が乾き、水を欲しがる目が動く。

 けれど護衛はすぐ渡さない。治療係が痛みを確かめ、うなずきを見てから器を寄せる。

 二口で止める。多ければ吐く。吐けば呼吸が乱れ、言葉も乱れる。


 クレールがまた何か言いかける。

 護衛が押さえた。


「今ここでこぼすな」

「話はまとめて出せ」


 その時、後方から同じく護送中のソレイユ兵が、布包みを胸に抱えて寄ってきた。

 包みの口から水袋の口紐がのぞいている。

 視線はまっすぐ、クレールの車へ向いていた。車の脇へ入ろうとした瞬間、護衛が一歩横に出て、腕で進路を止める。


「隊長に水を……それと、替えの布を」


 護衛は声を荒げない。線を引いて、動きを戻す。


「要らない。水も布も、車内で管理している」

「下がれ。車に寄るな」


 兵は布包みを抱え直し、唇を噛んで引いた。列の外へ下がる。クレールはそれを見て肩を跳ねさせ、布の隙間を何度も見た。


「……また、来る……」


 護衛が返す。

「今は護送中だ。誰もこない」


 クレールがまた言いかける。呼吸が浅くなり、言葉が先に出そうになる。護衛が押さえる。

「今は治療を続ける。話はあとだ」

「あとで、順に言え」


 クレールは声を飲んだ。治療係が包帯を結び直し、護衛が布を少し閉じる。


 私は窓から目を離した。

 同情はしない。けれど、クレールを生かして運ぶ理由は見えていた。水を渡す時も、包帯を替える時も、言葉を受ける時も、全部が最初から決まっている。


 列が進む。クレールの車は一定の距離で私の後ろに付いたまま、王都へ向かっていた。前後の騎馬は間を崩さない。閉じられた布の向こうで、車だけが揺れている。


 私は馬車の小さな窓から前を見た。

 道の先に、王都の門が見え始めている。

 ここから先は、護送で終わらない。王宮で、記録に残したものを使う。



 王都の巨大な外門が近づくにつれ、景色が静かに変わっていった。


 門の上で兵が旗を振る。

 すると人の流れが左右へ割れ、道が開いた。露店は軒を引き、荷車は端へ寄る。

 護送隊は速度を落とさず、そのまま通りへ入っていく。


「……最初から、道が空いていたみたい」


 私が窓の外を見てこぼすと、隣のゼクスが外へ目を向けたまま答えた。


「王都では、合図一つで軍の動線を優先させます。ですが、セラフィナ様」


 ゼクスがわずかに身を寄せる。


「外はあまり見ないでください。群衆の中に、ソレイユ側の人間が混じっています」


 言われた瞬間、道端の視線が気になった。

 顔を隠した男たちがこちらを指さし、低い声で何かを言っている。

 直接襲ってくる気配はない。だが、こちらを揺らそうとしているのは分かった。


 その時、一人の男が群衆から抜け、馬車の進路へ出ようとした。手には布包みがある。


 私が息をのむより早く、護衛の騎馬が一騎、男の前へ出た。

 馬の胸で進路を塞ぎ、槍を向ける。


「下がれ。線を越えるな」


 男の足が止まった。その直後、私服の憲兵が二人、左右から男の腕を取る。

 列は止まらない。男はそのまま群衆の奥へ連れていかれた。


 門兵は札と顔を一度見て、すぐ手を振る。

 止める者は止め、通す者は通す。それだけで流れが切れない。


 王宮の外門が見えた。合図が一つ。重い扉が内側へ開く。

 石の上に車輪が乗った瞬間、外のざわめきが遠のいた。


 馬車が中へ入ると、扉が閉まる。


「お待ちしておりました、セラフィナ様」


 扉が開く。外とは違う、磨かれた石廊下と、姿勢を揃えた侍女たちが控えていた。


「こちらへ。陛下には、到着をお伝えしております。まずはお支度を」

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