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第40話 奪取と口封じ――同夜、二手

深夜。詰所の中は静寂に包まれていた。

静けさのせいで、平時なら気にも留めない小さな擦れが耳に残る。


廊下で、短い動きが連鎖した。怒鳴り声はない。

代わりに、合図の囁きが次々と渡され、靴底が石床を確かめるように擦る音が増えていく。


「侵入者――」


抑えた報告が、扉越しに届いた。


扉の向こうでアルネはもう動いていた。命令は短い。迷いがない。


「灯りを増やすな。……声を上げるな」


その言葉一つで、詰所の全兵士が影と同化した。


「出口を塞げ。廊下の両端に立て。目標は保管庫、および治療区画。……両方だ」

「一人も逃がすな」


侵入者は二手に分かれていた。

一団は、事件の証拠である「赤い石」が眠る保管庫へ。

もう一団は、口封じの標的であるクレールが横たわる治療区画へ。

それは略奪と抹殺を同時に完遂しようとする、合理的で冷酷な動きだった。


対するバルハイム兵の動きは、訓練された獣の群れそのものだった。

誰も走らない。曲がり角ごとに止まり、手の合図だけで意思を次へ渡していく。


廊下の両端に立つ兵たちが、逃げ場を削るように通路を一本の「檻」へと変えていく。

足音の数が増えているはずなのに、周囲はかえって静まり返っていく。

合図一つで、すべての兵の位置が寸分の狂いもなく揃う。


私は、ゼクスの制止を待たずに部屋を出た。

寝台へ戻る気などない。廊下の深い影に身を潜め、魔力を練り上げる。

派手な光は一切出さない。

ただ、標的が必要とする場所だけを物理的に「断絶」させる。


私が指先を動かすたび、虚空に不可視の歪みが生じた。

廊下の角、床から天井までを埋め尽くす透明な「壁」を一枚。

保管庫の分厚い扉の直前にも、さらにもう一枚。

そして、治療区画へ続く通路の途中に、最後の一枚。


それらは宝石のように硬く、一切の揺らぎを見せない。

どれだけ力を込めて押そうとも、魔法で干渉しようとも、たわむことすら許さない。

侵入者たちが、自分たちが「透明な箱」の中に閉じ込められつつあることに気づくのは、指先がその壁に触れる、その一瞬先のことだった。


私は壁の影に溶け込みながら、練り上げた魔力の「手応え」を指先で感じ取っていた。


保管庫側では、侵入者が絶望の淵に立たされていた。

扉の鍵穴に手を伸ばした男の指が、突如として虚空を掴む。

扉に触れられるはずの距離で、


私の張った透明な壁がその進路を完全に断絶したのだ。

男は息を呑み、反射的に引き返そうと半歩下がる。


だが、背後の角にもすでに別の壁がある。

進むことも、戻ることも、横に逸れることすらできない。

数メートル四方の「見えない檻」に閉じ込められたことに気づき、闇の中で侵入者の呼吸が一度だけ、大きく乱れた。


一方、治療区画。

暗がりに紛れ、刃が鞘を滑る微かな音が私の耳を打つ。


寝台のそばで息を殺していたバルハイムの護衛兵たちも、事態を察して神経を研ぎ澄ます。しかし、治療用の魔導灯を揺らすことさえ禁じられた沈黙の戦場において、誰も不用意な動きは見せない。


侵入者が、眠るクレールの喉元へ手を伸ばす。

その指先が標的に届くよりも早く、私は意識を集中させた。


「捕らえて」


心の中で唱えた瞬間、結界が侵入者の両腕を吸着するように包み込む。

無理やり肘を固定し、関節の自由を奪う。肘が曲がらず、手首も回らない。

あまりに強固な固定に侵入者の指から力が抜け、握られていた刃が床へ落ちた。


――カィン。


硬質な音だけが、静寂を切り裂く。

私は影の中から一歩踏み出し、相手にだけ届く低い声で告げた。


「……腕を下ろして。手を開いてください」


侵入者は必死に抗おうと肩を揺らすが、私の結界は微動だにしない。

無理に動こうとすればするほど関節が圧迫され、男の吸う息がヒュッと喉で詰まる。

無駄な足掻きを続ける背中に、冷徹な事実を一言だけ付け加えた。


「もう、終わりです」


それを合図に、潜伏していたバルハイム兵が一斉に踏み込んだ。

それでもなお、誰も声を上げない。


二人が左右から侵入者の身体を抑え込み、もう一人が無駄のない動きで足を取る。組み伏せられる音が大きく響かないよう、あらかじめ厚手の布が敷かれた場所へと誘導して押し伏せる。


拘束具の金具すら鳴らさない。

カチリと手首が固定された瞬間、侵入者の肩からすべての力が抜け、絶望とともに深く沈み込んだ。


「証拠の奪取と、重要証人の口封じ。……これらを同じ夜、同じタイミングで動かした」

「もはや偶然では説明がつきません」


ゼクスは記録官へ、低く指示を出す。


「指示書の文言は一字も落とさず写せ。折り目もだ」

「今夜の動きそのものを、『知らない』と言わせない」


隣でアルネが間髪入れずに引き取った。守りではなく、次の一手へ切り替える声だ。


「鍵を替えろ。責任者も替える。証拠は分けて隔離しろ――赤い石、押収書面、回収記録」

「搬送も保管も別口にする。記録は二通作り、別々に持て。石の警備は増やし、治療区画のクレールには護衛を付けろ」


命令は短いのに、詰所の空気が一段締まる。

兵たちは声を出さずに散り、通路の要所へ張り付いていく。


私はその動きを背に、部屋へ戻った。扉が閉まると静寂が戻る。

だが、さきほどまでの静けさとは違う。

休めと言われても、終わったわけではない。


廊下では足音がまた揃って動き出した。

交代の間隔も、歩幅も、金具の触れる微かな音も、同じ正確さで繰り返される。


証拠が増えるほど、消しに来る者の手は早くなる。

だから今夜の記録は、守りのための道具ではない。

捕まえた者の息づかい、回収した紙の折り目、積み上がった順番――そのまま、相手の喉元へ突きつける材料になる。


私は扉の向こうに立ち続けるゼクスの気配を意識しながら、深く息を整えた。

読んでくださり、本当にありがとうございます!

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
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 物理的に盗みにくいようにすればいいのさ壁の中に埋めるとかね、正規の人間が堂々と壁を壊して取り出すのは止められんけど非正規なら時間稼ぎにちょうどいい。
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