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第28話 4-0


「ここなら、大丈夫かしら……」


 卒業パーティーで正装をした学生たちが談笑している。私は広間の隅に隠れるように立っていた。もし、万が一、断罪イベントが始まったとしても、私がいなければ話は進まないだろうと思ったからだ。


「そんなところで何してるんだ?」


 頭上から男性の低い声が聞こえた。驚いて頭を上げるとディーゴだった。ディーゴは室内なのに騎士風の帽子を被ったままで、襟を立てて顔を隠していてちょっと異様かしら。どこかで見覚えのある顔をした小柄な令嬢を連れている。同級生だろうか。


「驚かさないで、ディーゴ。何かご用?」


「クティアーナ嬢を探していたんだ。王太子殿下はいらっしゃらないんだな」


「入場の時は一応、一緒でしたけど、殿下は寮の監督生たちに取り囲まれてどこかに行きましたわ」


 過去のループと同じように、卒業パーティの入場だけは殿下と一緒だった。会場に入場した後は婚約者として最後の義務を果たしたと言わんばかりに、私を置いてさっさとどこかに行くのが常だったけれど、今回は自分から去っていくというよりは学生たちに声をかけられて連れ去られたと表現した方が近かったような気もする。私の希望的観測が多分に含まれているかもしれないけれど。


「婚約者を置いていくなんてひどくないか?」


 ディーゴが強い口調で言った。たとえ事実であっても、王太子<権力者>の悪口は誉められたものではない。軽く流して話題を変えることにした。


「いいのよ、私も一人の方が気が楽だし。それより、そちらのお嬢様は?」


「ああ、そうだった。クティアーナ嬢を探していたら一緒になったんだ。彼女の名前は……」


 名前を思い出せないでいるディーゴを押しのけて彼女は自ら名乗った。


「ルアン・ボン・ミスカトニルグと申します。ご挨拶できて光栄ですわ」


「ミスカトニルグ伯爵家と縁のある方なのかしら?」


「はい、ミスカトニルグ伯爵は私の父です。国の端の端にある我が家のことまで覚えていていたなんて……!さすがはクティアーナ様ですわ」


 ルアンは感激のあまり言葉を失っていたようだけど、ミスカトニルグ伯爵の名前を覚えていたのは偶然だった。王国の地図を眺めていてクトゥルフの研究をしていそうな地名だわ、と思ったから印象に残っていたのだった。それに思い出した。前回のゲノス先生の最後の授業で声をかけてくれたのは、隣に座っていたルアンだった。道理で見覚えがあるわけだわ。


「確か、ゲノス先生の授業で私の隣に座っていらしたでしょう」


「そ、そんなことまで覚えていただけて……ファンとして感涙です……」


「ファ、ファン?」


 3年連続首席だった王太子にファンがいるのは有名だけど、3年連続ぼっちだった私のファンなんていたのかしら?


 おうむ返しに聞き返すと、ルアンは強く「はい」と頷いた。


「誰にも媚びず、誰とも群れず、例え授業で二人組を作る時にあぶれても意に介せず堂々といらしたクティアーナ様は私のような田舎出身の人見知りには憧れの存在でした。いつも、クティアーナ様の気高さに心打たれていましたわ」


 ルアンは水色の丸い瞳をキラキラと輝かせていたけれど、誉められているように思えない。ぼっちなのは認めるけど、そんなに目立っていたかしら?


「ありがとう……?」


「ですから、私はクティアーナ様を応援しています。よからぬ噂はありますが、私はクティアーナ様以外に王太子殿下の隣に立つにふさわしい方はいません」


「よからぬ噂?」


「そうだ、そうだった。俺も噂のことを耳にしてクティアーナ嬢を探していたんだ。なんでも、クティアーナ嬢の罪を糾弾するらしい」


「私の罪? 身に覚えなんてないわよ」


「もちろんでしょうとも、クティアーナ様。でも、罪なんていくらでも作れます。リリアンさんと監督生達が結託しているんですもの」


「監督生達が結託……」


 背中をつうっと一筋の汗が流れた。さっき、王太子を連れ去ったのは監督生達ではなかったかしら。


「クティアーナ様、王太子殿下がお呼びです」


 王太子の使いが私の名前を呼んだ。学生ではなく、従僕を使った正式な呼び出しだった。周囲の目線も自然とこちらに集まる。断る訳にいかない。


 王太子殿下、今更ですが信じてもよろしいですか?





「クティアーナ様、ご足労いただきありがとうございます。下々と交わることがお好きでない貴女さまをお呼びだてするのは気が引けましたが、急を要することでしたから」


 従僕に従い広間の横にある控えの間に入ると、監督生の一人が慇懃無礼に話しかけてきた。気に入らないわ。私は扇で監督生の粘っこい視線を隠した。


「王太子殿下はどちらに?」


「殿下は、いま少し席を外しております」


 監督生は神経質そうに頬をピクリと動かした。


「ともかく、本題に入りましょう。

 我々、監督生は学園を代表する者として貴女の罪を訴えます!


 貴女はここにいるリリアンに対して窃盗の罪を犯しました。罪を素直に認めなさい」


「証拠はありますの?」


「昨日、貴女がリリアンのブローチを手にしていたところを目撃した学生がいます」


 私は扇の裏でため息をついた。事実だからだ。私は確かに、リリアンのブローチを手にした。でもそれは、王太子に勝手に縫い付けられたからだ。もうっ! 王太子のせいで私が変な疑いをかけられたじゃない。あの人はどこにいるのよ?


「王太子殿下を呼んでくださらない? 殿下なら私の潔白を説明してくださいます」


「婚約者に頼るんですか? 流石はクティアーナ様ですね。でも無駄ですよ。殿下は貴女を助けない」


 監督生はいやに自信たっぷりに言い切った。さては、王太子をどこかに隠したのだろう。あの王太子がそう簡単に引っ掛かるとは思えないけれど、一般の学生にはいい顔をしたがるから、上手く騙されたのかもしれない。なら、別の方向から無実を証明することにした。


「リリアンさん、リュシアンには会いました?」


「いいえ、リュシアン君には会っていません。……ごめんなさい、こんな大事になるなんて思ってなかったんです。私はただ、ブローチを返して貰えればそれでいいんです。ですから、早くブローチを渡してください。そうすれば、もう、全部いいんですから……」


「リリアン、何を言っているんだ!

 窃盗は立派な犯罪だ。いくら高位貴族で王太子殿下の婚約者でも、いや、婚約者だからこそ許してはいけない」


「そうだっ! 取り返すだけではない、必ず罰を与えなくては他の学生に示しがつかない!」


 監督生たちは盛り上がっている。


「いやだから、私は持っていないのよ……」


「嘘をつくな! 今すぐブローチを渡せ!」


 私の反論も聞かずに、監督生たちが寄ってたかってドレスを引っ張り出した。ビリビリと生地が破れる嫌な音がする。やめて、やめて、ちょうだい。

 離れてほしくて、私は無意識に呪文を唱え始めていた。


 しかし、呪文が発動するより前に、扉が勢いよく蹴り破られた。


「何をしているんだ! 無実の淑女を痛ぶるのが、監督生の役割なのか?」


 ディーゴだった。ディーゴは当たり前のように入ってきて、腕力に任せて監督生たちを引きはがした。引きはがされた監督生はディーゴに悪態をついた。


「ディーゴは黙ってろ! 王太子殿下の犬のくせに。それとも、騎士気取りか?」


「騎士とか関係ない。俺はクティアーナ嬢を守ると約束したんだ」


 私の前に立ちふさがる。


「主人の婚約者に横恋慕か? 邪魔をするならお前も敵だ」


 すっかり頭に血が上っている監督生たちは一斉にディーゴに襲い掛かった。ディーゴは奮闘していたけれど、多勢に無勢なのは明らかだった。


「やめなさい! 貴方たち、こんなことをしてそれでも貴族なの?」


 私は呪文を唱えて監督生たちに圧縮した空気の塊をぶつけた。目論見通り監督生たちは壁に向かって倒れたけど、それだけでなくディーゴの帽子までも吹き飛ばしてしまった。

 ディーゴの素顔を見た監督生たちの反応は酷かった。


「なんだ、こいつ! 顔に鱗があるぞ!」


「化け物だ!」


「ディーゴ……病気がそんなに酷くなっていたなんて」


 監督生が口々に拒否感を示すなか、リリアンが駆け寄った。


「リリアン、化け物に触れるな! 何をされるか分からないぞ」


「大丈夫よ。ディーゴ、呪いでこうなったのよね? 心配しないで。あれから調べたのよ。この新しい光魔法なら怪物になる呪いだって解けるから!」


 リリアンがディーゴに手をかけると周囲を暖かな光が照らした。暖かい陽だまりのような優しげな光はディーゴの皮膚を熱した鉄板の上に転がったバターのように、じゅうじゅうと溶かしていった。


「うあああ!」


 ディーゴの叫び声が上がる。苦痛に歪んでいた。皮膚が溶かされて、下の肉がむき出しになっている。とてもじゃないけれど、治癒しているようには見えない。


「やめて! ディーゴが痛がっているわ。ディーゴの顔をよく見て」


「痛いくらいがよく効く証なんですよ、クティアーナ様」


 リリアンは聖母のように慈悲深く微笑んだ。私を嗜める口調は幼児に言い聞かせるみたいだった。


「リリアン、あなたは分かっていない」


 ディーゴの鱗は光魔法で治せない。なぜなら、病気でも呪いでも何でもなく、先祖から受け継いだただの体質だから。異常ではないから治せない。

 私の体が動いた。リリアンとは何度もぶつかったけれど、今度は私の意思でリリアンに体当たりした。


「きゃあっ」


「大丈夫か、リリアン! 貴様、よくもリリアンを傷つけたな。化け物を庇う魔女め!」


 監督生の一人が呪文を唱え、大きな光の玉が現れた。熱を持った光の玉は湯気を立てながら私にまっすぐ向かってきた。


 絶対絶命だわ。


 私は死を覚悟した。今回は死んでもループは起きない。私の人生はここで終わるのだ。


 しかし、頭の中に声が聞こえた。


『忘れたのか。君の魂は私の物。誰にも渡さない』


 天井を見上げると、黒い稲妻のような時空の歪みが現れていた。

 時空の歪みから黒い触手がするりと伸びてきて、光の玉を握りつぶした。光の玉は私の目の前で白い煙を立てながら消滅した。部屋の中に煙が充満し、視界が閉ざされた中で、凄みのある声が響いた。


「君たちは一体何をしてくれているのかな?」


 時空の歪みから現れたのは王太子だった。



「お、王太子殿下、どうしてここに? 懲罰室で眠っているはずじゃ」


「そうだね。中々厄介なことをしてくれたよ。元に戻るのは簡単だったが、野暮用があってね。遅くなってしまった」


 余裕の笑みを浮かべる王太子を目の前にして監督生たちは言葉を失くし立ち竦んでいた。


「当ててみようか。私の愛しい、か弱い婚約者で面白いことをしようとしていたんだろう?

 ああ、何も言わなくていい。今日のことはしっかりと記憶に残しておくから。

 君たちは確か、王宮に仕官するつもりだったね。知っているかい? 私はこれでも王宮に顔が効くんだよ?」


 王太子の脅しに監督生たちは顔面を蒼白にして、がたがたと震えていた。

 彼らの卒業後の未来は暗いだろう。


「さて、リリアン。ここに来てくれ」


「ラルト様……」


「リュシアンがリリアンに渡したい物があるらしい。ほら、リュシアン」


 王太子の後ろからリュシアンが現れた。身の置き場の無い心細そうな顔をしている。


「リュシアン君、渡したい物ってなに?」


「ええっと、何でもない……。あ、いやその……」


 王太子が睨むと、リュシアンは手に握っていた何かを手渡した。


「これは、私のブローチ?」


「その、落ちていたのを拾ったから」


 血の気のない顔をしていたリュシアンを、リリアンは怪訝そうに見つめていたけれど、その手に自分がずっと探していたブローチがあるのを見つけると、顔を綻ばせた。


「私のブローチね! 失くして困っていたの。見つかって嬉しいわ! 優しいリュシアンが見つけてくれて良かったわ! ありがとう。リュシアン大好き!」


 リリアンはリュシアンに抱き着いた。抱き着かれたリュシアンは顔を赤くして石のように固まっていた。


「上手く行ったね」


 王太子が私の隣に来ていた。


「殿下が何かしたのですか?」


「まあね。あのブローチは元々は私が100年前に仕込んだものでね。ブローチの所有者であるリリアンに、好意を抱くように魔法を施してあった。その魔法の向きを変えたんだ。リリアンが必ずリュシアンに好意を抱くように」


 王太子が指差した方向を観れば、リリアンがリュシアンをキラキラと目を輝かせて見つめている。うっとりと恋の熱に浮かされている。


 リリアンはすっかりリュシアンに惚れていた。リュシアンのことを苦手にしていたようなのに、ブローチを手にしたことで気持ちが変わってしまったようだった。


 簡単に人の感情を弄んで、つくづく怖い人だわ。

 私の非難の視線に気が付いたのか、王太子はこちらを向いた。


「何か問題でも? リュシアンとリリアンは両想いになった。リュシアンの理想通りに。

 これで、リュシアンが世界を滅ぼすためにアザトースを召喚することはないだろう」


 王太子の言う通りだ。リュシアンは満更でもなさそうに頬を赤く染めていた。


「そうね、よかったわ。これで全て終わったのよね。ディーゴも深化に苦しまなくて済むのよね」


 ディーゴの側へ駆け寄り、怪我の様子を確認する。鱗が剥がれたところが赤くなっていて痛々しかった。うめき声も出せないみたいだった。早く治療しないと。

 しかし、何もかも終わった気がしていた私に王太子は楽しげに声をかけた。


「まだ喜ぶのは早いよ?」


 王太子が嘲笑うと、天井からミシミシと音がした。脳波を乱すような高音と低音の繰り返しがどこからともなく流れてくる。見上げれば、時空の歪みが天井いっぱいに広がっていた。王太子が転移してきた時の比ではない。


「な、なんなの? どうして?

 アザトースは召喚されないはずよ!」


「そうだ。アザトースは現れない。代わりに、この世界の神が降臨する」


 黒い稲妻のような時空の歪みから滑り出てきたのは、白く輝く触手だった。どこまでも眩しく、目が潰れてしまいそうなほど、真っ白だった。


「さあ、創造主に選ばれた魂よ。この世界の運命を決めたまえ!」


 高笑いをしていた王太子は白い触手に触れられると黒い飛沫となって消えていった。

 王太子だけではない。眩く光る触手により、次々と存在が消されていく。リリアンも、リュシアンも、ディーゴだって、あっという間に消えていった。


 私は光の洪水に飲み込まれた。


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