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第25話 4-2


 リリアンが呆然としてこちらを見てきた。こちらには、噴水の中でびしょ濡れになっているリュシアンと、私しかいない。少し穿った見方をすれば、私がリュシアンを突き落としたように見えるだろう。


 私はヤケクソになって腹をくくった。毒を喰らえば何とかと言うじゃない。


「リュシアン様、いかがかしら? 季節外れの水遊びも楽しいのではなくて?」


 腰に手を当ててほほほ、と笑ってみる。悪役令嬢ってこんな感じだったわよね?


「クティアーナ様……! 貴女は、王太子殿下の婚約者に相応しくない……!」


 リュシアンが悲愴な表情を浮かべつつも悪役令嬢に反抗してみせた。なるほど、そういう設定なのね。リリアンと王太子が結ばれることを望むリュシアンが私に喧嘩を売ったというシチュエーションなのだろう。リュシアンったら、意外とノリがいいみたい。


「あらあら。残念ですけど私と王太子殿下の婚約は政治的に決められたのですよ。あなた如きの言葉で覆る訳がありませんわ」


 再び腰に手を当てて高笑いをする。今度は上手く笑えた気がするわ。今すっごく悪役っぽいわ!


「クティアーナ様! 何しているんですか!

 リュシアン君に手を貸してっ!」


 リリアンが私の横を抜けて、リュシアンに駆け寄った。リュシアンに手を貸して助け起こしている。リュシアンはここぞとばかりに、リリアンにもたれかかっていた。


「あら嫌だわ。濡れてしまうもの。リリアンさんが片付けてくださらない?」


「片付けるって、そんな言い方酷いですっ!」


「目障りなモノを片付けると言って何がおかしいのかしらぁ?」


「クティアーナ様っ!」


「なに騒いでいるんだ? 芝居の練習か?」


 私とリリアンが言い争いをしていると、間の抜けた声が割り込んできた。ディーゴだった。ディーゴが空気を読まず女の争いに口を挟んできたのだった。


「ディーゴ! クティアーナ様がひどいの。ずぶ濡れのリュシアン君を助けてくれないし、酷いことも言うわ。信じたく無いけど、リュシアン君を噴水に突き落としたのもクティアーナ様だわ」


「クティアーナ嬢が?」


「リリアンさんたら、ご冗談が上手ね。私がどうしてそんなことをするの?」


 ここで動揺してはいけない。大物悪役令嬢は、優雅に否定して笑ってみせる。しれっと否定して口元を手で隠してほほほと上品に笑った。余裕の笑みよ。

 そんな私を見て、ディーゴは納得したように頷いた。


「そうだよな。クティアーナ嬢はそんな変な笑い方しないしな。ところで、その下手な演技は何だ? 卒業パーティーで余興でもやるのか?」


 変な笑い方、下手な演技ですって!!


「ちょっと、ディーゴ!

 変ではないでしょう! 悪役令嬢の優雅な高笑いなのよ!」


「いや、変だろ。日常で高笑いしている奴なんて」


「悪役の美学が分からないの?!」


「悪役って何だよ? クティアーナ嬢が悪役なのか? 無理だろ。顔に全部出てる。分かりやすすぎる」


「ひ、酷いわ! 私だって頑張っているのに」


「ほら、悪役らしくない」


 私が必死になればなるほど、ディーゴはお腹を抱えて笑い出した。


「あのぅ……悪役ってどういうことですか?」


 リリアンが控えめな声で爆弾を落としてきた。しまったわ。これが演技<やらせ>だとバレてしまったら、計画が失敗してしまう。


「それより、リリアンさん。リュシアンを早く救護室に連れて行かないと。濡れたままでは風邪をひいてしまいますわよ」


 やや強引だけど、話を逸らすことにした。過程はどうであれ、結果としてリュシアンとリリアンの仲が改善されればいい。それだけで、アザトースの召喚は免れる。リュシアンの姿を目で探すが、いない。


「リュシアンなら、こちらに来る途中ですれ違ったよ」


「ラルト様!」


 出たわ、全ての元凶が。王太子が涼しい顔をしてやってきた。


「クティアーナ、随分と探したよ。こんなところにいたんだね。もう風が冷たくなるし戻ろうか」


「王太子殿下こそ、今までどちらにいらしたのですか?」


 私が精一杯の嫌味を込めて尋ねたけど、『楽しかっただろう?』と人を食ったような返事が来た。どこかで見物して楽しんでいたわね。


「そうだ。リリアン、リュシアンの様子を看てくれないかな? 救護室にいると思うんだ。頼むよ」


 王太子がにこりと微笑みながら頼むと、リリアンは顔を赤く染めて頷き、校舎の方向へパタパタと軽やかな音を立てて走り出した。


「それで、ディーゴはどうしてここにいるのかな?」


「誰かが落ちたような派手な水音が聞こえたので気になって見に来ました、王太子殿下」


「そうか。それはご苦労だったね。もう片がついたみたいだし、ディーゴも帰ったらいいよ。私はクティアーナを寮まで送り届けるから」


 王太子が柔らかい声でディーゴを労い帰るように促したけれど、ディーゴはなぜか動かなかった。ディーゴは過去に王太子に面と向かって反抗したことはあっても、こんな挑戦的な目線を向けたことはなかったはずだ。ディーゴったらどうしたのかしら。王太子を怖がっていたのに、喧嘩を売るみたいなことをして。王太子(ニャルラトホテプ)の機嫌を損ねれば首をそれこそ物理的に飛ばされるかもしれないのに。

 恐る恐る、私の斜め前に立つ王太子の横顔を伺うと、王太子は値踏みするような目線をディーゴに向けていた。ディーゴは王太子の鋭い目線をまともに浴びながらも目を背けなかった。二人はしばらくの間、睨み合っていた。私はその様子を王太子の肩越しに見ていた。


 息の詰まるような緊張感の中、先に動いたのはディーゴだった。


「わかりました」


 飲み込むようにして頷き、頭を下げてディーゴは去った。


「追いかけなくていいの?」


 王太子に声をかけられて、私は顔に水をかけられたような心地がした。隣に立つ王太子の顔を見た。


「どうしてですか?」


「気になっていたようだから」


 王太子はよく見ている。その通りだった。去り際のディーゴの顔がいつもより白くて瞼にこびりついていた。体調が悪いのかもしれない。それか、王太子と相対したことでまた深化が進んだのかも。とにかく、ディーゴのことが放っておけなかった。

 でもここで、ディーゴを追いかけたりしたら悪いことが起きる気がする。王太子の機嫌を損ねたら私とディーゴの身が危ない。私は誤魔化すことにした。


「いいえ、別に」


「そう?」


 疑問符をつけた声とは裏腹に王太子はどこか満足げに微笑んだ。ああ、腹黒だ。真っ黒だわ。見惚れるほど美しいのに、その正体を知っているからか全く信用できない。前世での有名な歌のフレーズを思い出した。天使のような邪神の笑顔。


「さっきは愉快だったね。あの高笑いは中々面白かったよ。ゲームの悪役令嬢を参考にしたんだろう?」


「……殿下も下手だと仰りたいのですか?」


 ディーゴにすら、散々馬鹿にされたのだ。さぞかし滑稽だっただろう。私なりに頑張ったのに。


「そんなことないよ。立派な悪役だったよ」


 王太子は年端もいかない子供にするように私の頭をよしよしと撫でた。これはこれで馬鹿にされている気がする。だけど、悪くないわ。


「そうよね。私はちゃんと悪役令嬢だったわよね」


「うんうん。悪役令嬢だったよ。リリアンも信じ込んでいたし。だけど、途中で水を差されてかわいそうだったね」


「そう、そうだわ! 途中までは上手く行っていたのに、ディーゴが来てからすっかりペースを崩されちゃったのよ」


「うんうん、そうだね。ディーゴが邪魔だったよね。始末しようか」


「ええ、ディーゴを始末ってえええ?」


 食事しようか、と同じくらいの自然さで王太子が物騒なことを口にしたものだから、私はつい流されそうになった。本気なのかと王太子の顔を覗き込む。


「ディーゴは邪魔だよね?」


 機嫌の良さそうな満面の笑みのままだった。


 ディーゴが危ない。


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