第23話 4-3、4-2
「リリアンさんを好きに『させられていた』って、どういうこと? 誰かがディーゴに惚れ薬でも飲ませたというの?」
自分で言ってて呆れた。馬鹿馬鹿しい。惚れ薬なんて人間の心を簡単に操る魔法など有りはしない。魔法はあくまで物理的な変化しか起こさない。人間の生理現象を操作して、精神を不安定にさせる魔法が研究されていることなら知っているけれど形のない心そのものを操るなんて、詐欺師か神様くらいしかできない。――もしかして? 私は一つの可能性に思い至った。
「もしかして、王太子殿下に魔法をかけられたの?」
「違う。王太子殿下じゃない。危険な人だけど、たぶん違うと思う。ああ、でも、惚れ薬は近いかもな」
「近い?」
「そう。強制的に惚れさせる魔法があったんだ。薬じゃなくて、モノなんだ。それも持ち主に強烈な好意を抱くように仕向ける。惚れ薬より厄介かもな」
「モノ? 魔法が付加された身近な何かってことかしら? ディーゴの持っている空飛ぶ絨毯みたいに」
「空飛ぶ絨毯の事を話したか?……ああ、そうか。クティアーナ嬢は前回の記憶を持っているんだった。前回脱出しようとしたと祖父から聞いたが、絨毯を使ったのか。今夜の夢で祖父にもう少し詳しく前回のことを見せてもらうか」
ディーゴによれば、ディーゴは深き者になったおじいさんを通じてループの記憶を辿るらしい。そのためか、ディーゴの記憶は完全ではないみたいだった。
「ねえ、それより、その惚れさせる魔法のことを教えてくださらない? どうしてディーゴが気が付いたのよ?」
「今日はリリアンと一緒にいることが多かっただろ? あ、あれは、別にリリアンの方から近づいてきただけで、俺が声をかけたのではないから」
誰に向かって何を言い訳しているのかしら。急に挙動不審になったディーゴに続きを促すと、ディーゴが何ともいえない顔で無言になった。なんで?
「それで、リリアンさんと一緒になって何に気が付いたの?」
「ああ、そうだ。リリアンと2人でいたのに、昨日までと全く違う気がしたんだ。今まではリリアンの顔を見るだけで試合に勝った時のように嬉しかったし、隣を歩くだけで学園の敷地を10週走ったくらいに脈が上がっていた」
「そうなの?」
そこまでディーゴが純粋にリリアンのことを好きだとは知らなかった。ヒロインだもの、愛されて当然なのよね。
「だけど、今日は全くそんなことが無かった。信じられないくらい冷静だった」
ディーゴは珍しく落ち込んでいるみたいだった。
「昨日っていうのは、今日の前の日ってことでいいのよね?」
「クティアーナ嬢からすると、昨日は随分前のことだったか。そうだよ、昨日は時間が巻き戻る前の日のことだ。俺からすれば昨日だけどな。とにかく、昨日まではリリアンといることが嬉しくて仕方が無かったのに、今日は何ともなかった。むしろ、包帯のことを詮索してくるリリアンが鬱陶しいとすら感じた。寝て起きただけで、その人に対する好意が変わるなんて、異常だろ?」
恋なんて浮気者だから、一夜で気持ちが覚めることもあると思う。だけど、それは大抵の場合何かしらきっかけがあるはずだ。例えば、靴を脱いだら凄い悪臭だったとか。折角のお座敷だったのに、もう食事中、臭いが気になって気になって気になって……――あら、嫌だわ。忘れかけていた前世の記憶を思い出しちゃいそう。蓋をしておかなきゃ。
とにかく、一瞬で恋が冷める時は強烈なきっかけがあったりするものだ。でも、ディーゴは思い当たることがないらしい。
「確かに、寝て起きて恋の気持ちが冷めるのは異常ね」
「だろ? それで俺なりに違う所がないか探してみた。そうしたら、なかったんだよ。リリアンのいつもつけているブローチが」
「ブローチってあの、ユリの形をした可愛らしいブローチ?」
「そう。それがなかったんだ。怪しいよな? 俺は絶対にブローチに何かしらの魔法が付与されていて、周囲に好意を抱かせていたんじゃないかと思っている」
「まぁ、怪しいと言えば怪しいけど……」
昨日のリリアンと、今日のリリアンの違いがブローチの有無だけなら、ブローチがディーゴに何かしらの影響を与えていたと考えられる。だけど、仮に魔法が付与されたブローチを使って周囲を魅了したとして、リリアンがそうする理由が分からない。リリアンは全員に好かれたいというより、誰か一人を一途に思うような誠実なタイプに思えるからだ。自分の信じたことを貫く強さがリリアンにはある。前回のループで王太子に糾弾される私を庇ってくれたから好意を抱いている訳ではないけれど、あの意志の強いリリアンがブローチを使う理由が思い至らなかった。
むしろ、誰かがリリアンを操るためにブローチを渡したのかも。例えば、乙女ゲームを再現しようとしていたあの人とかが。
「世界の崩壊にブローチが関係している気がするんだよな。直感でしかないんだが。だってさ、時間が巻き戻るその日にブローチが消えている。ブローチが時間の巻き戻しのきっかけかもしれない。だから、クティアーナ嬢も探してくれるか?」
「ええ。よくってよ」
私は快く頷いた。ディーゴの言う通り、ブローチはこのループの出来事に関わっている気がする。ニャルラトホテプが人間に渡した何かが混沌を引き起こすことはよくある。邪な魔法がエンチャントされたブローチに影響を受けた何者かが暴走した結果、アザトースを召喚したということだって考えられる。
そうすると、怪しそうな人物が浮かび上がってくる。
「よろしくな!」
「それで、もう用は終わりかしら? なら、夜も遅いし帰った方がいいと思うわ」
というか、さっさと帰ってほしい。私だってそろそろ寝たい。
でも、ディーゴは相変わらず空気を読まなかった。
「いや、最後に聞きたいことがある。……体に異変はないか?」
「異変って? 特にないけど」
質問の意味がわからず、私は深く考えずに答えた。
「よかった。クティアーナ嬢がご先祖様みたいになったらどうしようかと心配したんだ」
「ご先祖様みたいってどういうこと?」
「まずったな。今のは忘れてくれ」
「ディーゴの指図は受けないわ。ねぇ、ご先祖様は何がどうなったのよ?」
強い目で追及するとディーゴは渋々ながら答えた。その答えで、ディーゴが何を気にしているのか理解した。
「神様と子を成した俺のご先祖様は色々と苦労したらしくてさ。まぁ、とにかく、クティアーナ嬢は元気みたいだし気にするな」
ああ、そうだわ。王太子のせいでとんでもない誤解をされたのよ!
すぐさま訂正するべく、ディーゴに抗議した。
「誤解しているみたいだけど、私と王太子殿下は何もないのよ!」
しかし、ディーゴはあっという間に窓を登り姿を消してしまった。窓から顔を出してディーゴが姿を消した方向を見上げる。だけど、そこに人影を見つけられなかった。屋根の上まで登り切ってしまったのかもしれない。ディーゴったら、どんどん人間離れしているわ。
次の日、王太子は何事もなかったような澄ました顔をして私を授業の終わりに迎えに来た。王太子の隣にリリアンがいないことにざわめく学生たちを置いて、当然のように私を横に歩かせて裏庭を散歩していた。横目で王太子の表情を伺うと目が合った。機嫌の良さそうな笑みに、私の心臓がーーあくまで比喩表現だけどーー鷲掴みにされた。得体の知れない、油断のできない王太子だけど、やっぱり顔はいい。
「王太子殿下、お伺いしたいことがあります」
私は王太子に自分の推測を告げた。これまで得た情報を整理し、推理して導き出した結論を伝えると、王太子は花びらが零れ落ちるような華やかな笑みを浮かべた。
「よく気が付いたね。世界滅亡の犯人、つまりアザトースの召喚者はリュシアンだよ
詳しい話は本人から聞こうじゃないか」
ああやっぱり。
王太子が指さす先にはリュシアンが絶望した顔で立っていた。




