第15話 3-1
「お話ってなにかしら? リリアンさん」
私はなるべく優しく見える表情を作って、リリアンに話しかけた。卒業パーティー前日の大階段は鬼門だ。乙女ゲームのシナリオ上では、私がリリアンを突き落すことになっている。前回のループでは突き落した結果、リリアンを死なせてしまった。ここで言い合いになってリリアンがうっかり足を踏み外したら、前回のループの二の舞だ。
そもそも、この大階段には近寄らないように気を付けていたのに、先生に呼び出されてこの大階段を通る羽目になってしまった。誰かに誘導された気がする。
とにかく、今は目の前のリリアンだ。今からの会話は一つの選択肢も間違えられない。間違えたら大惨事だ。
「えっと、私、聞いたんです。クティアーナ様が私のブローチを持っていらっしゃるって。確かに、クティアーナ様とは一昨日も、昨日もぶつかっちゃったので、その時に落としちゃったのかなって思って。もし、本当にお持ちでしたら返していただけますか?大事な物なんです」
ああそうなのね。ゲームのシナリオ通りだわ。
リリアンは失くしたブローチを返して貰おうとクティアーナに勇気を振り絞って問い詰める。だけどクティアーナは本当はブローチを隠しているくせに、せせら笑って、しらを切るのだ。
私は背筋が凍る思いがした。私はブローチを拾っていない。だから、ブローチの在処なんて知らないと答えるしかない。過程は違っても結果はゲームと同じ回答になってしまう。
「残念だけど、私に心当たりはないわ。お役に立てなくてごめんなさいね」
せめてもの抵抗で、眉を思いっきり下げて申し訳なさそうな顔をする。普通に話すだけでも高圧的に見えるから、大げさに表情を作る必要がある。どうか、伝わってほしいと願いながらリリアンに答えた。
「そうですか。じゃあ、やっぱりどこかで落としちゃったんだ。ごめんなさい、変なことを聞いちゃったりして」
つ、伝わったわ! ああ、リリアンありがとう! 私を信じてくれて。
貴女こそ最高のヒロインいや、天使よ、天使!
「いいえ! 仕方ないわ、だって本当によくぶつかっていましたものね」
「本当ですねぇ。私ったらドジだから。昨日は噴水に落ちそうなところを助けてくれてありがとうございました。お怪我は無かったですか?」
「救護室で手当てしてもらったから、ご心配は無用よ」
リリアンは花が咲いたように顔を明るくさせた。
「良かった! ずっと気になっていたんです。ご無事だったんですね。それが聞けただけで充分です。じゃあ、もし私のブローチを見かけたら教えてくれますか?
ピンク色のパールがついた、ユリの花を象った手のひらサイズのブローチです。お婆ちゃんの形見なのでどうしても見つけたくて」
知っているわ。
ユリの花から雫が垂れるように、ピンクの真珠が付いているのよね。ゲーム中でクティアーナが踏みつぶしてしまうのだから、よく覚えているわ。
って、あれ? あれはもしかして……
「そのブローチですけど、あそこに落ちてません?」
「ええっ? どこですか?」
「ほらあそこよ」
ブローチが落ちている場所を教えるために、リリアンに近寄って手を伸ばした。これがいけなかった。
「きゃあっ!」
リリアンはよく見ようとして、私の視線と同じ向きにしようと首を回した。そうしてバランスを崩した。
「リリアン!」
私は伸ばしていた手をスライドさせて、リリアンの腕をつかんだ。リリアンを引き寄せて引っ張り上げようとしたけれど、非力な深窓の令嬢の腕ではムリだった。重力に逆らえずにリリアンと一緒に階段を落ちて行った。
臭い、臭いわ。湿布特有のつーんとした匂いがするわ。
それだけじゃない。何だか全身が痛いみたい。あ、ちょっと誰なの? 私の腕を触る人は! 触れるだけで痛いのよ! やめてちょうだい!
「痛いわ!」
「ご、ごめんなさい!」
飛び起きると、そこには蒼ざめた顔をしたリリアンがいた。見回せばそこは救護室だった。救護室のベッドに寝かされているみたいだった。
「リリアンさんだったの。驚かせてごめんなさい。どうして救護室にいるのかしら?」
「覚えていないんですか? 大階段で私を庇って一緒に落ちちゃったんです」
思い出した。そうだ、あの時リリアンがバランスを崩したから、何とかして止めようと体が動いたのだった。
「そうだったわね。リリアンさんは大丈夫? お怪我ないかしら?」
「大丈夫です。それより、クティアーナ様痛いでしょう? こんなに痣だらけになって」
リリアンが腕を撫でる。撫でられると痛い。痣になっているのは腕だけではないみたいだ。見える限り全身が包帯で包まれている。ミイラみたい。湿布薬を塗ってあるから仕方ないのだろうけど。
「たいしたことないわ」
リリアンに心配をかけまいと、虚勢を張る。
「我慢しないでください。今から光魔法をかけて治しますから、大丈夫です。すぐに痛くなくなります」
腕を撫で続けながら、リリアンは呪文を唱え始めた。リリアンの手が当たっているところから温かくなっていく。陽だまりのような温かさだ。気持ちが良くて、うとうとしそうになった。と思いきや、次第に陽だまりとは言えないくらい熱くなってきた。灼熱だ。火傷しようなくらい熱い。ヒリヒリする。痛いわ。
「あの~、リリアンさん? すこーし熱すぎるみたいですわ」
控え目に聞いてみたら、リリアンはにっこり笑った。
「あ、大丈夫です! 光魔法を使うと熱くなるのは普通の事なので! むしろよく効いている証拠ですよ」
「そ、そうなの?」
見惚れるほど爽やかにリリアンが答えるので、私は押し切られてしまった。光魔法が熱いなんて聞いたことなかった。光魔法の適性がある人は極々少数だから、実際にかけてもらう機会なんてそうそうない。小さい頃に左手の小指の骨を折った時に、あまりにも痛いから光魔法を使ってくれと懇願したことがあった。あの時、光魔法の使い手を呼んでくれなかったお父様を恨んだけれど、今ならお父様の考えがわかる。熱湯でぐらぐら煮られているように熱い。拷問よ。光魔法を使えばなんでも治るのに、生命の危機に瀕した時か、戦場でしか使われない理由が分かるわ。熱くて死にそうよ!
「はい、終わりましたぁ! これですっかり治ったはずですよ。包帯とってみますね」
私の腕からリリアンの手が離れると、全身の熱さが冷めていった。熱が冷えると同時に、痛みも消えていった。リリアンが包帯を取ると、ツーンとした強烈な湿布の匂いがした。腕の包帯を取り終える頃には、包帯が痣も一つもなかった。
「すごい、全く痛くないわ」
「でしょう! これでも私は光魔法の使い手でも歴代トップと言われているんですよ!」
「さすがだわ」
心からすごいと思う。だけど、できれば2度と光魔法にはかかりたくない。自然に痣が消える――普通なら1,2週間くらいかしら――間に感じる痛みを一気に背負いこんだみたいにじりじりと熱かったもの。ミディアムレアぐらいに焼かれちゃったかと思ったわ。きっと今の私は食べごろに違いない。
「痛くないみたいですし、もう大丈夫ですよねっ。それじゃあ、ラルト様を呼んできます!」
「え、ラルト様って王太子殿下?」
「そうですよぅ。ラルト様、とっても心配していたんですよ。会ってあげてください……クティアーナ様の、婚約者なんですから」
リリアンは寂しそうに言うと、私の制止も聞かずに救護室を出て行ってしまった。
「ちょっと、お待ちになってリリアンさん! 別に私は――」
「失礼します。すぐに呼んできますから」
王太子が来る。どうしよう、リリアンは無事だったし断罪フラグは回避したはずだけど王太子は私を執拗に疑っている。ネクロノミコンを手に入れた今、王太子に探りを入れられるのはまずい。私は逃げようとして、窓辺に近寄り取っ手に手をかけた。
「元気そうだね、ティナ」




