第12話 3-3
救護室の扉を開けたら、土下座したディーゴがいた。私は訳が分からず、とりあえずディーゴを起き上がらせようとした。
「ど、どうしたのよディーゴ? ほら、起きて座りなさいな。腕を怪我しているんでしょう?」
ディーゴは頑固だった。
「いや、俺はクティアーナ嬢に悪いことをした。俺がクティアーナ嬢の話をちゃんと信じていれば、世界の崩壊を防げたかもしれないのに」
「ディーゴ、前回の記憶を覚えているの?」
私の質問に、ディーゴは首を横に振った。
「覚えていない。だが、祖父が夢に出て教えてくれた。俺はとんだ失敗を犯した。クティアーナ嬢は真実を話してくれたのに俺が信じなかったから、クティアーナ嬢は気が狂ってしまったんだろう?祖父が……いや、マティウス家が崇めている海神がそう告げた」
海神――たぶんクトゥルフが夢に出てきたのか。だから、ディーゴの腕の包帯の範囲が前回よりも広いのね。深化が進んだのだわ。
「そう、ディーゴは神様の言う事なら信じるの?」
私が試すつもりでディーゴに尋ねると、ディーゴは勢いよく顔を上げた。土下座していたせいで額を赤くしたまま、ディーゴははっきりと言った。
「いや、神様の事だけじゃない。クティアーナ嬢のことも信じている。クティアーナ嬢は何かと戦っていたんだと今ならわかるから」
「なら、私のことを信じてくれるのね?」
「今度こそは必ず」
「分かった。ディーゴの事を私も信じるわ。だから、私が戦う相手を教えてあげる」
ディーゴはゴクリと喉を鳴らした。
「王太子殿下よ」
「お、王太子って、あのラルト王太子殿下か?」
「そうよ。正確に言えば、ラルト王太子殿下の皮を被ったニャルラトホテプという邪神だけど」
「夜の図書館で俺を眠らせたとかいう、ややこしい名前の神様か?」
「ええ。ニャルラトホテプは恐らくディーゴと面識のある誰かだろうと推測していたわね。それが、王太子殿下だったのよ。私は前回、正体を現した王太子殿下に気を狂わされて、操られたのよ」
「いや、マジかよ……」
ディーゴは呆然としたように天井を見上げて、祈るように目を閉じた。
「よし、わかった。王太子殿下をどうするか考えようぜ」
「ちょっと、本当に信じてくれるの?」
「当たり前だ。マティウス家に二言はない。俺はクティアーナ嬢を信じると決めた。だから、王太子殿下の正体が何とかいう神様で、俺たちの敵だといわれれば対決する。怖いけど」
勇ましく言い切った後に頼りなく付け加えられた一言に私は吹き出した。
「怖いの?」
「ああ、正直に言って怖い。王太子殿下は底知れないというか、感情が見えない」
「感情が?」
私が聞き返すと、ディーゴは頷いた。
「そうだ。俺は魔法は得意じゃないけど、その代わりに剣術ばかり磨いてきた。だから、相手の視線とか身振りとかから相手が何を考えているのか、なんとなく分かるんだ」
「それで? 王太子殿下のどこがおかしいの?」
「殿下が何を考えているのか全く分からないんだ。全ての表情、行動が作り物めいている。まるで、誰かが書いた筋書きをそのままなぞっているようだ。人間が誰しも持っている躊躇いとか感情の揺らぎが一切ない。人形みたいで怖い。不気味だよ」
筋書き通りの行動。私は思い当たることがあった。ディーゴの言う通り、ループするまでの王太子の言動はゲームのシナリオから外れたことが無かった。ここはゲームとは違う世界なのに、一言一句一致するなんて異常だ。
私は身震いした。やはり、王太子がシナリオ通りにこの世界を動かしているに違いない。
「そんなに怖いのに、よく一緒にいられるわね」
「親に言いつけられているからな」
ディーゴは苦笑いした。身分制の社会では親の言う事は逆らえない。ディーゴも苦労しているのね。
「でも、クティアーナ嬢の事なら分かるぞ。クティアーナ嬢は素直だからな。王太子殿下のことが好きだろう?」
「ちょっと、わ、私が殿下のことを好きだなんて、あり得ないわ! 婚約者ってだけでそう思われるのは、心外よ!」
「ほら、分かりやすい。図星だから動揺しているじゃないか」
怒りで顔を赤くする私を指さして、ディーゴはお腹を抱えて笑った。ついさっき、王太子に近寄られて自覚したばかりなのに、ディーゴに指摘されるなんて。私は手近にあった包帯を投げつけた。
「淑女を指さすなんて紳士のやることではないわ」
「包帯を投げつける淑女なんて聞いたことないぞ」
私が当てつけで投げた包帯はディーゴの胸に当たり、床に転がった。包帯を拾うと、ディーゴは腕に巻き付けた。包帯を重ねてどうするんだろう。
「とにかく、王太子殿下に恋しているクティアーナ嬢が王太子殿下が敵だと言うなら信じるよ。クティアーナ嬢は殿下を傷つけたくないはずだ。それでも敵だと断言するのだから理由があるはず。俺はそう信じる」
「ディーゴ……ありがとう」
私がお礼を言うと、ディーゴは照れ臭そうにした。
「礼を言われることじゃない。さっきも言ったけれど、俺は後悔しているんだ。俺は単純だから他人の言う事を信じてしまって、クティアーナ嬢を勝手に嫌って避けていた。でも、話してみればクティアーナ嬢は昔と変わってなかった。変わらず、面白い」
「面白いってなによ」
「そういう所だよ」
どういう所なのか分からない。私は口をへの字に曲げた。
「なぁ、王太子殿下をどうにかしたら、俺たちはこの国にいられなくなるだろう?」
「ええ、そうね。国家反逆罪だもの。だから私は――」
妨害するだけで、王太子に危害を加えるつもりはないと続けようとしたけれど、ディーゴに遮られた。
「罪人になったら、一緒に国外に逃げないか?」
「ええ?」
「俺の剣術と、クティアーナ嬢の魔法があれば傭兵としてやっていけるはずだ」
「そんなこと、急に言われてもわからないわ」
「考えておいてくれよ。返事はすぐじゃなくていいから。そろそろ俺は王太子殿下の所に戻るわ。じゃあ、また後でな」
「ちょっと、ディーゴ……!」
ディーゴは私を置いて去ってしまった。
「なによ、言いたいことを好きだけ言って」
一人残された救護室で、私はディーゴの言葉を反芻していた。
「国外で傭兵生活なんて考えたこともなかったわ」
箱入りの貴族令嬢として乳母日傘に蝶よ花よと育てられたので、自分が戦場で戦うなんて考えたこともない。
途方に暮れている私の視界を真っ赤な夕日が深紅に染めていた。




