第9話 「戦闘」
曇天が見えていた。
すでに玉座の間は、目につく場所すべてが瓦礫と化し、その原型を留めなくなっている。
屋上はすでに崩れ去り、重苦しい雰囲気を放つ雲の天蓋が、ただ新魔王ルシアの心身を威圧するかのようにそこにあった。
「……フン」
「……ハァ、ハァ」
悠然と、君臨するのは新魔王ルシア。
荒く息を吐き、苦しそうに顔を歪めながら視線を向けてくるのは、白崎大和。
「まだ、倒れないのか……!」
彼は言う。そう、二人の表情に反して、形勢は圧倒的にルシアが不利だった。
荒く息を吐いているものの、いまだ無傷の大和に対して、ルシアはすでに傷だらけ。満身創痍と言っても過言ではない状態だ。しかし、その傷も時間経過と共に『再生』によって消えてなくなっていく。
ルシアはいまだに、大和に攻撃をほとんど当てられていない。
才能の格差は残酷だった。大和の世界最高峰の戦闘センスに、ルシアはすべての身体能力で上回っていてなお、ついていくので精一杯だ。
だとしても。
「……そろそろ限界か?」
大和にいくら戦闘の才能があったとしても、素のステータスが特別優れているわけではない。レベルの低さを戦闘センスで補えるとしても――その戦闘に使う体力だけは、上手く使ったところで必ず限界は見えてくる。
当然、大和の戦闘センスであれば、自身の体力の限界も考慮して効率的に使い、状況次第では一気に決着をつけにかかるだろうが、『再生』を使うルシアを相手に長期戦は免れない。
ゆえに、大和の限界はすでに近かった。音速にも近づくほどの高速戦闘。並大抵の疲労ではない。直接攻撃を受けてはいないのに、すでに膝をつきそうだった。
「まだ、だ」
それでも彼の瞳の色は変わらない。
強い意志、というわけではない。彼の瞳に炎はない。強い情熱は見えない。
その瞳にあるのは氷のような冷たさと、闇のような底知れなさだけだった。
「……ぼくは、この世界を救う」
まるで自身を追い込むように、奮い立たせるように、同じ言葉を何度も呟き、疲れ果てながらも『聖剣』を構え直す。
対するルシアも、当然ながら余裕綽々というわけではまったくない。
すでに残存魔力は二割を切っている。それに、いくら『再生』できるとはいえ、痛覚が存在しないわけではないのだ。斬られれば痛い。そんなものは当たり前で、常人ならば発狂していてもおかしくない。
だがルシアはそれでも平然と立つ。慣れているからだ。地獄のような痛みなど、これまでの人生で散々経験してきたからだ。何より、体よりも心の方が痛かったからだ。
人間に戦争で負け、虐げられ、先人たちの罪を押し付けられて苦しむ仲間を見るのはもう嫌だったからだ。みんなを助けたかったからだ。そう思ったルシアを、みんなが支えてくれたからだ。もし一人だったら、ルシアはとうの昔に折れている。
魔王軍新魔王派。女神や天使、人間だけではなく、不死魔王や魔神にすら牙を剥かねばならないその道は、辛く険しいものだと分かっていた。仲間の死を耐え、その屍を踏み越え先に進まねばならないのだと分かっていた。だとしても、こんなにも心が痛む。
それに比べれば、ただの体の痛み如きでルシアが止まるはずがない。
「……俺様は、この世界を平和にする」
その背中には、幾千幾万もの仲間たちの想い。
ルシアは一人ではない。
だから今日まで立ち上がってこられたのだ。
「……なら、どうして」
「貴様には一度、ミラ王国の王都で話しただろう。――勇者という存在が、生きていてはならないのだ。貴様らの存在が、そのまま悪魔という種の否定に等しいのだ。そんなふざけた『人族の希望』とやらを野放しにしたまま、人間と悪魔が和平など結べるはずがない。また俺様たちが虐げられるのが関の山だ」
「……なぜ、そうと言い切れる…………ッ!?」
大和が尋ねると、
「決まっているだろう。女神が――勇者という存在をそういう風に設定したからだ。それ以外に何がある? あの女神が、悪魔の殲滅以外の結末など認めるはずがない」
「……」
「悪いな。貴様ら勇者に恨みがあるわけではない。が、事実として、そういう存在となってしまっている以上、俺様は貴様を始末する」
「……ぼくらは所詮、女神が操る悪魔殲滅のための傀儡だと?」
「そうだ」
少しだけ息が落ち着きかけた大和に、すかさずルシアは攻撃を再開する。
が、やはり疲労のために動きのキレが落ちている。かわすことこそできているが、これまでのようにカウンターができていない。ルシアに反撃するほどの余裕がないのだ。
「――そもそも」
ルシアは『蛇剣』による縦横無尽の攻撃を無差別に繰り返しながらも、
「貴様の言う『世界を救う』とは、具体的にどういうことだ?」
光の勇者の核心に踏み込んだ。
◇
やはり勇者と魔王はぶつかる宿命にあるのか。
悠然と君臨する不死魔王リーファに対し、まず突撃したのは榊原迅だった。
身の丈ほどもある大剣を振りかぶり、おそるべき勢いで振り下ろしていく。リーファはその身軽さでひらりとかわした。石畳が爆砕し、雨あられのように吹き飛んでいく。当然それを食らうような間抜けはこの中にはいない。
「ハッハァ!!」
次に拓真が踏み込んだ。その獰猛な獣のような拳を、草薙は片手で受け止める。
ギリギリと、膂力による攻防が続き、拓真の口元に歓喜の笑みが浮かぶ。
「……諦めろ。お前じゃ俺には勝てない」
「上等だ!!」
乱暴に振り抜かれた蹴りを、草薙は余裕をもってかわすと、お返しとばかりに拓真の脇腹に蹴りを叩き込んだ。冗談のような勢いで拓真が吹き飛んでいく。
その隙を縫うように、山城が『土精霊の恩恵』を使い、地面を隆起させ、そこから切り離した土の弾丸が草薙を襲う。
しかし、
「――」
風切り音。直後、土による弾丸がすべて撃ち落された。草薙ではない。彼は何もしていない。そもそも、撃ち落された土弾には、魔力で構成された矢じりが突き刺さっていた。
それは数秒後、淡い光となって消えていく。
矢、ということはそれを放ったのは弓だろう。草薙は剣しか持っていない。
そもそも、矢は草薙よりも後方から飛んできた。あまりにも速かったために反応が遅れたが、軌道を考えると草薙よりも数百メートル後方であることは間違いない。
と、なると、
「帝城からか……!」
山城が目を凝らすと、帝城三階付近のテラスに、弓を構えている女性の姿が見えた。
魔力で強化して辛うじて見える距離。
黒い髪をショートカットにした美しい女性が、身の丈ほどもある大弓を持っている。
蒼井舞花。
一時期は『異界同盟』に囚われていた、魔王軍所属の異世界転移者である。
山城は知る由もないが、『千里眼』と『射撃補正』二つのスキルを持ち合わせている。
彼女の弓から放たれた矢が、爆撃のような威力で山城の足元を急襲していく。
山城は跳躍によってかわしたが、草薙がその身動きを取れない状態を見逃すはずがない。
その腰元に差してある鞘から無骨な剣を引き抜き、膝を曲げて力を溜める。
山城は少しだけ表情を険しくした。一撃で切り裂かれるビジョンが脳裏に過る。
が、そこで。
咆哮と共に、先ほど吹き飛ばされた拓真が弾丸のような勢いで戻ってきた。
草薙に連続で拳を叩きつけ、すべて受け止められるものの、思い切り振りかぶった最後の一撃だけは草薙の体を押しのけ、彼に足を退かせた。
「まだまだァ!!」
拓真の無茶苦茶な攻撃はやまない。草薙はその対応に追われ、山城に対する警戒が甘くなったが、それをカバーするように遠方から矢の連撃が届いた。
山城が舌打ちする。
「……まずは、あの女からか」
山城は遠方の弓術師に意識を向けると、『土精霊の恩恵』を使い地面に潜った。
一方、士道と翔は。
「――やりにくいな」
「こっちの台詞だ」
周囲の戦闘に目を向けている彼らに対し、気配を消して隙を突こうと考えていた二人は、互いにだけは気づかれ続けるという状況が成り立っていた。要は考え方と戦い方が似ているのだ。だから、分かってしまう。相手がどう動くのか。
奇術師と忍術師。
二人は巻き起こる戦闘の両端から向かい合い、牽制し合っていた。
だが二人は決定的に状況が違う。待っていればいい翔に対して、士道は焦っている。
魔神の復活阻止。天使の動向確認。仲間の救出。
やるべきことはたくさんある。余計な時間を浪費してはいられない。
ゆえに、
「……逃げるか」
その瞬間。
士道は『瞬間移動』で翔の懐へと踏み込んだ。その手に『雷撃』を構え、紫電の稲妻を解放しようとする――が、
「――士道、君、僕が魔王化したってこと、忘れたわけじゃないんだろう?」
バリィ!! というすさまじい音が炸裂し、しかし魔王化したことにより素のステータスがはるかに向上している翔は悪魔の翼で飛び下がることによって回避した。
地上から、士道は空を見上げる。
そこには、魔王の一角として君臨する忍術師の姿。
翔は士道を睥睨しながら、
「……しかし、そろそろかな」
不気味な笑みを浮かべ、そんな風に呟いた。




