第10話 「遺志を継ぐもの」
「――貴様の言う『世界を救う』とは、具体的にどういうことだ?」
新魔王ルシアの攻撃を受け流しつつ、白崎大和は反射的にその問いに応じる。
「そんなのは決まってる。この世界の滅びを阻止し、世界を平和にすることだ」
残存魔力は、少ない。だが大和の固有スキルである『聖剣』は、比較的消費魔力が少なく、効率の良いスキルだった。ゆえに、この一戦だけであれば十分に保つ。
『聖剣』の能力は――徹底的な、悪魔に対する特効。悪魔にとっての弱点がそのまま具現化したかのような存在、それが聖剣である。その効果は、魔王であっても例外ではない。
大和は本能に身を委ね、変幻自在に動き回るルシアの『蛇剣』を弾きながら耐えていると、可笑しそうにするルシアの顔が視界に映った。
「――この世界の滅びを、阻止する?」
大和の言葉を聞いたルシアが、僅かに笑った後、哀れそうな瞳を大和に向ける。
「面白いことを言うな、勇者。ならば貴様はいったい、こんなところで何をしている?」
「何だと……!?」
「俺様を倒したら、むしろ事態は悪化するだけだ。そんなことすら聞かされていないのか?」
大和は眉をひそめる。
ルシアが何を言っているのか分からなかったからだ。
「……なるほど。どうやら五勇者というのは、本当に何も知らされていないらしい。これでは『駒』としても扱いにくいと思うが…………まあ女神の思惑などはどうでもいい」
「女神だの天使だののことなら、数回しか会ったことはないし、ほとんどしゃべったこともないよ」
「ならば俺様が教えてやろう」
「魔王に聞くことなんて、ない」
「本当に? お前は何も知らないはずだ。自分には世界に関する知識が、今この現状に対する知識が根本的に足りていないはずだ。嘘か真かはともかく、俺様の話が本当に必要ないのかどうか――よく考えてみろ」
確かに、大和には知識が足りない。分からないことがたくさんある。
だが、敵に聞いたところで、そこに意味はあるのか――。
「いいか、俺様を倒せば、魔王の数が三人になる。この意味が分かるか?」
「……『三大魔王』が、今は四人いると?」
「そうだ。イレギュラーが一人、魔王となった。そのせいで、三人であるべき魔王のバランスが崩壊している。この状態では、たとえ儀式を決行したとしても魔神ゲルマを復活させることができない。魔王という存在は、魔神を現世に降臨させる儀式、その『柱』のようなものだ。それが副産物として強大な力を得ているに過ぎない」
「魔神……!」
世界を滅ぼすといわれる存在、その名に大和は危機感を高めた。
「なぜ帝都のほうで貴様のお仲間である異世界転移者たちが戦っているのか、分かるか? 本当の世界の危機である魔神の復活を阻止するためだ。だから不死魔王派と戦っている」
「不死魔王派と、新魔王派は……本当に対立してるのか」
「そうだ。不死魔王リーファは魔神ゲルマを復活させることしか考えていない。だが俺様の目的は、あくまで悪魔族という種の安寧、平和だ。魔神が本当に世界を滅ぼす存在であるとするなら、俺様たちが不死魔王と協力する理由はどこにもない。あの連中は、魔王軍を名乗る別の組織だ。ゆえに、俺様たちは対立している。それだけではなく、不死魔王派の連中は俺様の命を狙っているはずだ。俺様が存在したままでは魔神復活を果たせない。平たく言えば邪魔だからだ」
「……!?」
「俺様の言っている意味が分かるか?」
ルシアは『蛇剣』を肩掛けにしながら、
「つまりお前は、意図せずして不死魔王派に協力している――世界を滅ぼすことに加担しているというわけだ」
「そんなはずは……!」
「ないと思うか!? ならば貴様の持っている情報を総動員して考えてみろ!」
確かに。
ルシアの論に――否定するだけの材料は見当たらなかった。
大和もアイリスが亡くなってからは、自分の手でいろいろと調べている。その情報とも矛盾していない――それどころか、ルシアの説は考えれば考えるほどに信憑性が高いものだった。
で、あるならば。
大和には――ルシアと戦う理由はないのではないか?
いや、確かにここまで人間連合に侵攻している新魔王派を放ってはおけない。だが、こんなところでルシアに構っているよりも。不死魔王派の撃滅に手を貸したほうがいいのではにだろうか。ルシアの言を信じるなら、ルシアを殺すわけにはいかない。
殺せない強者と戦うのは骨が折れる。それに、大和にとってルシアは格下と言ってもいい。時間さえあれば、十分に倒せる。本能がそう判断を下していた。ゆえに、後回しにしてもいいのではないか? いや、むしろその方がいいと、一瞬のうちに思考が回る。
「答えは出たか? 貴様に――俺様と戦う理由があったか?」
大和の戦意に迷いが生じ、思考に空白が生じた。
その瞬間。
時間をかけて地中を穿孔させていた『蛇剣』が、大和の足元から姿を見せる。
大和の両足の裏を貫き、血飛沫が舞った。唯一のチャンスを、ルシアは逃さなかった。長々とした説明は、ただ大和にはルシアと戦う理由がないと理解したときの、一瞬の隙を穿つため。ただそのためだけである。
なぜなら大和にルシアと戦う理由がなかったとしても、ルシアには大和と戦わなければならない理由が存在するのだから。
――勇者を生かしておくわけにはいかない。
ルシアは何度もそう説明していたはずだ。そんなルシアが大和の戦意を喪失させるための説得をしたのだとすれば、それは一瞬の隙を作るための策に決まっている。
大和は己の迂闊さと激痛を堪えるために唇を嚙み、その場に縫い付けられた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
刹那、ルシアが飛び込んでくる。千載一遇のチャンスを見逃さないために。これまでの攻撃よりもはるかに研ぎ澄まされた、神速の斬撃が次々と飛んでくる。これまでが本気ではなかったということではないだろう。単に、ルシアの覚悟が極限まで集中力を引き上げ、本来の実力を上回る力を一時的に引き出している。それだけのことだ。
足を『蛇剣』にやられた大和はふらつきながらも、才能だけでその剣を受け流していく。
だが、踏ん張れない。そもそも膂力で劣っている大和は、下半身の力をしっかりと伝えなければ戦闘すらままならないというのに、それができない。
――大和の表情が一瞬にして険しくなった。異常なまでの戦闘センスは、時として自らのピンチをも明確に悟ってしまう。ルシアの攻撃に押され、大和はたたらを踏み、後退していく。やがて、激痛を訴える足に意識を取られた大和が、剣を真上に弾かれた。
氷のように冷徹なルシアの瞳と、交錯する。
「しま……!?」
「――終わりだ、光の勇者」
一閃。
光の勇者の体から、大量の血飛沫が舞った。
◇
脳裏に、アイリスの笑顔が過った。
――ああ、これで彼女のもとにいけると。
白崎大和は、ほんの一瞬だけ、そんな風に思った。
『私が愛するこの世界を、あなたが救ってあげて』
だが思考の海の底で、アイリスは告げるのだ。死ぬ間際のものと同じ言葉を。
金髪の少女が、大和が世界で一番愛した少女が、戦えと大和に言うのだ。
ならば、諦めるわけにはいかないだろう。
何より、大和はアイリスと約束したのだから。
世界を救う、と。そして幸せになる、と。そのための手段は、間違ったのかもしれないけれど。――だからと言って、こんなところで死ぬわけにはいかない。
遺志を継ぐと決めたのだから。
大好きだった少女のために。
他の何よりも大切だった少女が、大切にしていた世界を守るために。
――『光の勇者』は立ち上がる。
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