第7話 「奇術師、参戦」
――ヴァリス帝国帝都ヴァラキア。静けさに満ちた貴族街の中心部付近の広間にて。
帝城を出た霧崎翔、草薙竜吾、リーファ・ラルート、リリス・カートレットの四人は歩いていた。この国は弱肉強食。であるなら当然、階級として上位にある貴族たちは強い。ゆえに、その大半は指揮官として戦場に向かっている。そして残りの戦えない女子供等はこの街から大半は逃げていて、残った貴族たちも洗脳した『皇帝』の権限によって追い出した。
ゆえに、この貴族街一帯に限り、翔たちを除いて無人の状態となっている。
悪魔であるリーファが悠々と歩いていられるのも、それが理由だった。
「この大陸が、なぜ中央大陸と呼ばれているのか知っているか?」
リーファが言った。
ヴァリス帝国。そしてレーノ共和国という二つの大国が存在する大陸、中央大陸。確かに惑星とは丸いものであり、ここが翔たちが住んでいた地球とは違う星にせよ、こうして無事に生きていられる以上、似たようなものであることは間違いないはずだ。
星は丸い。で、あるならば、いったい何を以て中央と名付けたのか。
翔が首をひねると、リーファは淡々と説明を続ける。
「星は丸い。視点によって中央なんてものは変わる。ユーレンザラード大陸、ノーランド大陸、魔大陸……それぞれ固有の名称がつく中で、なぜこの大陸だけが中央と名乗ったのか」
草薙は先ほどから無言で、黙って後方をついてきている。
翔はそんな様子を確認しつつ、
「確かに気になるね。その理由が何なのか、リーファが知っているのか?」
翔が尋ねると、リーファが頷く。それでいて足は止めなかった。
翔の前を歩き続けながら、
「単純な話――この場所が『世界の中心』だからだ」
「……?」
「世界の中心となる場所が存在する、だから中央大陸。分かりやすいだろう?」
「いや、よく意味が……」
「要するに、中央大陸。そのヴァリス帝国帝都ヴァラキア。ここは世界が発生した場所ということだ。ここが世界の始まりの地。魔神ゲルマ様が生まれた場所だ」
魔神ゲルマ。
その単語に、翔は僅かに息を呑んだ。
なぜなら、その存在こそが――翔たちが今から復活させようとしている、神話に謳われる悪魔の主なのだから。
『魔神再臨の儀』。
世界の主導権を争った人魔大戦において、魔神ゲルマは女神ミラに敗北した。それ以来、ゲルマは魔大陸の最悪の迷宮『奈落』の奥底に封印され続けている。
百年前の戦争において、『三大魔王』と呼ばれたリーファたち三人の魔王――ゲルマ直属の配下たちは、再び現世に魔神ゲルマを降臨させ、悪魔の世を創るために尽力したが、初代勇者と英雄クサナギの活躍によって阻まれた。霊魔王マルフィスは初代勇者に討ち果たされ、龍魔王ウォルフは英雄クサナギとの死闘の末に封印され、不死魔王リーファは初代勇者と英雄クサナギ、そして人間連合の大軍を前に敗北した。
リーファの悲願である魔神ゲルマ再臨は、百年以上を生きた今でも、まだ果たされていない。
『三大魔王』は、魔神ゲルマは直々に生み出しているシステムだ。三柱の魔王を儀式に扱い、魔神ゲルマを再臨させる。『世界の中心』、つまりはここ帝都ヴァラキアで。これは儀式だ。古代魔法の儀式。三柱の魔王を生贄に見立てている。つまり、三柱でなければ儀式は成立しない。だからこそゲルマは魔王という存在に至れる資格を厳しく設定した。
リーファ、ウォルフ、そしてマルフィス。その三人でないと破れないレベルの『試練』を用意したのだ。もとより、そのぐらいの制約がなければ、魔神ゲルマを再び現世に呼び戻せるほどの儀式効果は得られない。
だがリーファたちは帝国の領土を奪い取るための戦争に敗北した。不死魔王と龍魔王は封印で済んだのは不幸中の幸いだが、霊魔王は討伐された。つまりは魔王が一人かけてしまったのだ。これでは儀式が行えない。
百年の時が経ち、リーファが封印から解き放たれると、新魔王ルシアを名乗る魔王が存在していた。だが、この男はリーファたちのように、魔神ゲルマに選ばれた存在ではないとリーファは確信していた。何かの間違いで魔王になってしまったイレギュラー。リーファはそう断定した。魔神ゲルマが好みそうな性格ではなく、何より、そもそも忠誠心どころか魔神を再臨させようとする意志すら見えなかったからだ。
そんな存在を、魔神ゲルマが己の再臨に必要な人材として選ぶはずがない。
結果、予想通りルシアは裏切り、リーファたち不死魔王派と彼の新魔王派は対立した。
それでも、その存在を無視はできないのが現状ではあったが――
「……貴様がいる以上、問題はない、か」
リーファは翔に目を向けて、そんな風に呟いた。
翔は不思議そうに首を傾げる。「どうしたの?」とそんな風に言いたげな表情だ。
本当に、一見しただけでは普通の少年にしか見えない。
だからこそ霧崎翔は何よりも不気味だった。リーファは彼のことを信頼していると同時に、怖れている節があった。何を考えているのか分からないからだ。
それでも、彼の行動がリーファの利益になっていることは間違いない。
今、固有スキル『呪印』を利用して魔王化を果たした彼のおかげで、新魔王ルシアというイレギュラーにこだわる必要はなくなった。とはいえ翔だってイレギュラーであることに変わりはないが、それでもリーファの陣営である以上、都合がいい。
リーファ、翔。そして、リリス。龍魔王が、自身の能力を受け継がせた存在。ローレン山脈の時は逃したが、今はこうして手元にある。
この三柱の魔王が、『世界の中心』である帝都ヴァラキアのこの場所に集っている。
――『魔神再臨の儀』を行う準備は、すでに整っていた。
後は、
「新魔王ルシアが殺され、魔王の数が三人になる時を待つだけ……」
その時は刻一刻と近づいていた。
なぜなら、浮遊する魔王城にて攻め込んでいる新魔王派は、人間連合の精鋭をすべて集わせたと言っても過言ではない今回の大攻勢を受け、明らかに劣勢に陥っている。
そして。
この場にはいない、不死魔王派に所属する少数の精鋭悪魔が――内側から攪乱を起こしている。外部からも内部からも同時に攻撃を受ければ、いくら守るに堅い魔王城と言えど、一たまりもないだろう。潜入させた悪魔からの情報で、状況は十分に伝わってくる。
「へぇ」
報告を聞いて、近くの壁に背を預ける翔は薄く笑った。
「ミラ王国の勇者ヤマトと、新魔王ルシアがぶつかっている……か。王都フローゼでの動乱の時のルシアの様子を考えると、もはや時間の問題かな」
と、呟いた、その時。
翔の真横から、足音が聞こえた。
リーファたちは突然現れたその気配に驚き、目を剥いて振り向く。
翔だけが静かに目を細め、薄く笑った。
「久しぶりだな。ようやく見つけたぞ」
それまで黙っていたリリスが、喜色を浮かべて声を上げる。
「――シドー!」
たった一人で、予兆なく出現した黒衣の奇術師は、挨拶代わりだとばかりに、リーファに『雷撃』を打ち出した。紫電の稲妻が荒れ狂い、凄まじい爆音が炸裂する。
「……やはり貴様が来たか。いいだろう、儀式までの暇潰しだ。相手になってやる」
◇
――その少し前。
榊原迅と酒場で話していた神谷士道と一ノ瀬拓真は、三人で外に出た。
時は正午前後。まだまだ夜は訪れないが、しかし曇天の空が太陽を隠し、薄暗く、重苦しい空気が漂っているような気がした。
迅との情報交換において、士道が知ったのは不死魔王派と新魔王派の対立。および、それぞれの目的と居場所についてだった。とはいえあくまで表面的なもので、細かい部分については迅も知らないようだが。
だが、一つだけ利用しやすい情報があった。
それは、
「不死魔王派の連中がやろうとしてる『魔神再臨の儀』は、『世界の中心』でないと行えない、か……」
「何ともまあ、嘘くせえ話だな」
拓真はそう言ってへらへらと笑う。
「信じる信じないは当然、お前たちの自由。ワシは情報を提供してやったに過ぎん」
「まあ、おおよそは理解した……というより、確度が高くなったと言うべきか」
士道は淡々と言う。
士道たちも何も知らなかったわけではない。
これまでの霧崎翔たちの動向や、これまでに起きたさまざま事件、街中での情報収集で得ていた情報がある。迅を頼ったのは、その確認のためといった方が正しい。
結果、二人の情報と推測はほとんど一致した。
だから士道は言う。
「その『世界の中心』とやらで待ち伏せる」
「細かい位置まではワシも分からんぞ。帝都ヴァラキアの貴族街のどこか、という程度しか知らんし、確度も高くない」
「だいたいの位置が分かれば問題ない。どこに潜伏してようが、不死魔王派はどのみち姿を見せざるを得ないわけで、そこまで近づいてきたなら必ず気づく」
「……霧崎翔の隠密能力をなめとるのか?」
「霧崎一人なら別だが、そうじゃないなら気づくさ。」
拓真は薄く笑いながら、後方を歩く迅に声をかける。
「なあオッサン。アンタの持ってる情報は本当にこんなもんか? 仮にも勇者だろう。もっと核心的な部分、分かってんじゃねえのか?」
肩越しに、迅を一瞥する。
その眼光には猛獣を思わせる殺気が含まれており、常人ならすくみ上がっていたことだろう。だが、今拓真が相対しているのは、常人とは真反対にいるような人物だ。
そもそも意味の分からない外見の時点でそれが明白である。
「どうだろうな。だがどのみちワシはこれ以上話す気はない」
「意図的に情報を絞って、オレらと新魔王派を争わせるように誘導しようって?」
「考えなくもなかったが、どのみちそっちの坊主は不死魔王派を潰しに行くだろう。利用だの何だのと考えるまでもない」
「……その通りだな」
士道は表情を変えることなく呟いた。
士道の仲間たちを奪い去った以上、容赦をするつもりはまったくない。
絶対に叩き潰し、奪い返す。
そう決めた。たとえ、どんなに力の差が離れていようとも。
――手なら、あるはずだ。
「榊原迅。協力してくれるんだな?」
「この『分身』一体が限度だがな。他にもリソースは割いてる。この場に使う戦力は一体が限界だ」
――この男の仕事は、世界の敵を討ち滅ぼすことだ。その信念に関してだけは、一切の嘘はない。ローレン山脈の一件で、それだけは確信していた。
だから士道は、迅に一定の信用を置いていた。この男の目的は把握している。なら、協力することにも自分に利益があるからでしかない。
同じように、拓真もあくまで自分のためにここにいる。だから士道は信用していた。
間違ってもそれは信頼ではないが。
だとしても、相互の利用関係は士道の望む形だった。
「……これで戦力が足りると思うか?」
「向こうにはなぜかは知らんが草薙と新城がいると言っていたな。となるとまあ、当然だが厳しいだろうな」
迅は適当に言うが、その言葉に悲壮感はない。『分身』に過ぎないのだから当然だろう。この場の迅に命の危機はない。
「レーナ、リリス、優花……」
レーナたちがいなくなってから、士道の表情が動く機会はひどく少なくなっている。
彼女らの大切さを、今更のように再認識していた。
おそらくこの場に来るのは、儀式の目的を考えればリーファ、翔、そしてリリス。後は配下の中位悪魔や草薙、新城がいるかいないかといったところだろう。
敵の戦力構成にもよるが、リリスを奪い返し、できれば反撃不能な程度に叩きたい。魔神再臨などというふざけた真似を、阻止できるように。
「――戦力が足りないのか? なら、このオレを使うといい」
そこへ、
「お前は……」
とある男の声が聞こえた。
「久しぶりだな、あの時以来か。まあこっちは牢獄内だったから当然だが」
士道は目を見開く。
なぜなら――そこに立っていたのは、かつて士道と死闘を演じた異世界転移者。
歪んだ方法で世界を平和にしようとした、王都動乱の首謀者。
「山城京夜……」
『異界同盟』の最高傑作とすら呼ばれた、規格外の怪物がそこに立っていた。




