第6話 「神降ろしの器」
「よう」
――ヴァリス帝国帝都ヴァラキア。裏通りの小さな酒場にて。
「久しぶりだな」
「ほう、あの時の少年か」
情報収集。「心当たり」があると言った士道は、ある男を尋ねていた。
「誰か尋ねてくるだろうとは思っていたが……なかなか面白い事態になっている」
その姿は、禿げあがった頭にサングラス、アロハシャツに短パンを着た大男。
――榊原迅。その『分身』の一体である。
「アンタが魔王軍と戦っていることは聞いていた。なら。少なくとも『分身』の一体はこの街のどこかで酒でも呑んでると思ってな」
「当たりだ。――で、そっちの坊主は?」
「オレァただの連れだ。気にすんなよオッサン」
「ははは言うじゃないかガキめ」
迅はカウンター席にどっかりと座り、酒を瓶のまま飲み干しつつ、尋ねる。
「ところで、なぜワシの場所が分かった?」
「そんなの簡単だろ」
士道は呆れたように言った。
「アンタ、自分がどれだけ目立つ格好してるか自覚してんのか? 街の人間に尋ねれば行方ぐらいすぐわかったよ」
「……ふははは! そりゃそうだな!」
迅は豪快に高笑いした後、スッと視線を細めた。
一気に空気を切り替え、士道たちを値踏みするように見やる。
その威圧感を前に、「へぇ」と、拓真は僅かに口元が歪んだ。
どうやら迅の殺気で、その実力を感じ取ったらしい。
士道にも分かる。かつて迷宮都市ローレンの一件でぶつかったことがあるが、あのときよりも確実に強くなっている、と。
だがそれは士道も同じことだ。
「――それで、ワシに何をさせたい? 何を聞きたい? 何を求めてここに来た?」
そんな迅の問いに、
「アンタの敵は、世界の敵を討ち滅ぼすことなんだろう?」
士道は淡々とした口調で言った。
「俺に協力しろ。俺が、この盤面をひっくり返す」
◇
――ヴァリス帝国帝都ヴァラキア。帝城地下三階にて。
浅場優花は、ただ驚きに目を見開いていた。
「何を呆然としている? 早くしろ」
新城蓮がせかすと、優花は再起動し、慌てて牢獄の外に脱出する。
手錠や鎖もあっさりと外された。
いったい何が起こっているのか。
最も不可解なのは、新城の近くに葉山集とイリアスが佇んでいることだ。
彼らは敵対勢力ではなかったのか――と、優花はひたすらに混乱している。
一応、葉山集は『真実の四使徒』における仲間だ。とはいえほとんど交流などないし、女神から一方的に宣告されただけなのだが。
実際、今の優花にとって真の仲間と呼べるのは士道たちだけだ。集たち女神陣営は、何を考えているのか分かったものではなかった。
いったい何を考えて、優花のもとに来たのか。
だが、優花がそれを尋ねることはできなかった。
一触即発。
新城蓮と、イリアスや集の間に流れている空気が、驚くほどピリピリしていたから。
「……で、どこで神降ろしの儀式をする?」
「とりあえず地上だ。ここでは天界に遠すぎる。儀式には不向きだ」
「……かみ、おろし?」
優花が眉をひそめると、イリアスが哀れみを含んだ瞳で彼女を見た。
「……そういえば、本人は知らされていないのだったか」
「何のこと?」
「浅場優花。貴様、この世界に来てから、傷ついた経験がほとんどないだろう?」
イリアスは淡々と言う。何を……と優花は返そうとしたが、確かに思い当たる節はあった。
この世界は危険だ。優花はその中でも、最も危険な場所にいたことも何度もあり、さらわれたり囚われたりしたこともあるというのに、およそ怪我をした記憶がない。
この『治癒』のスキルは、いつも他の誰かに使っていた。
「それは女神様に直接守られているからだ。そういう風に誘導されているからだ」
「あたしが……女神に?」
「――ああ」
イリアスは、そこまで言うと、背を向けて歩き始めた。
「貴様は、女神様という御神体を現世に降臨させるために、最もあのお方との適合率が高かった『器』だ。悪魔連中の動きに対して危機感を抱いた女神様が百人の異世界人を召喚した、そもそもの理由が貴様だよ。後の連中はおまけに過ぎない」
突然の情報量に、優花は反応しきれなかった。
「――つまり、貴様はその体を女神様に与えることになる。そうして、神が現世に降臨し、そのお力を振るわれる。喜べ、これほど名誉なことはないぞ?」
イリアスは、悪辣な笑みを浮かべて言った。
「女神様が直接力を振るえる環境さえ作ってしまえば、悪魔など敵ではない」
そんなイリアスの言葉に。
――新城蓮だけが、口元を不気味に引き裂いていた。
そして呟く。
「だが、それでもオレが殺す」
絶対に、と。
新城が女神を殺すという目的を達成するためには、そもそも同じ舞台に降り立たせる必要がある。だから、新城とイリアスたちは、女神を降臨させるという一点において、その目的が合致した。それゆえの、一時的な協力関係だった。
だから、新城は魔王軍不死魔王派を裏切ることになる。
そもそも、新城は最初からそのつもりだった。彼に仲間意識など欠片もない。
◇
――ヴァリス帝国帝都ヴァラキア近隣の宿場町にて。
疾風の如き勢いで道を駆け抜けていく二人は、ついにここまで来ていた。
世界で最も苛烈な戦場となっている帝都ヴァラキアまであと少し。
その場所から逃げていく人々を見て、逆走するかのように進んでいく。
一人は黒髪をオールバックにした大男。
もう一人は、黒髪をポニーテールにした少女だった。
――山城京夜と、丹波静香。
「……戦ってるな」
すでに、天空に浮かぶ魔王城は、豆粒のように小さいながらも視界に入っていた。
「……もう少しだね」
そう。
ミラ王国王都フローゼで山城を解放した静香は、彼を連れて戦場まで戻って来ていた。
『転移魔方陣』などを駆使しつつ、レベルオーバーのステータスを活かして全力疾走で車よりも速く駆け抜けていく。
「ボクも、勇者としての責務を果たさなきゃ」
責任感の強い静香は、そんな風に言った。
そんな彼女の背を追う山城は、僅かに目を細め、そして言う。
「……ならオレは、オレを止めてくれた恩でも返すことにしよう」
◇
――ヴァリス帝国都市クロスレア。宙に浮かぶ魔王城との戦場にて。
天使族『天軍』一番隊隊長マルクは、魔王軍の老獪なる上位悪魔グライブ・セラキオスとの戦闘を続けていた。奇術師としての厄介な戦術を前に、単純な槍術を頼みとするマルクは上手く攻め込むことができない。マルクは絡め手に弱かった。
それを理解してか、グライブは戦闘中も不気味な笑みを浮かべ続けている。
その近くで、榊原迅は無双していた。魔王城が誇る古代の砲や兵器、武装を徹底的に叩き壊していく。それを阻もうとする邪魔な悪魔は、大剣の一振りでごみのように吹き飛ばした。多少苦戦するような精鋭相手でも、先ほど共同戦線を張った帝国の序列第五位『蛇』シャーロット・バーネスがカバーしてくれる。
やはり弱肉強食のヴァリス帝国。その中で選ばれた五人の強者の一角ともなれば、転移者連中にも勝るとも劣らぬ力を有していた。
そして。戦況は徐々に、魔王軍側に傾きつつあった。局地的には転移者などが無双し、有利を得ているものの、やはり人間と悪魔では根本的なスペックが異なる。そして空を飛べるという点は非情に大きかった。人間との戦い方をよく理解している老練の中位悪魔たちが活路を開き、人間の連合軍に猛攻を仕掛けていく。
阿鼻叫喚の悲鳴。血と屍だけが地面に崩れ落ちる、地獄のような惨状。
それでも、均衡が崩れるギリギリのところで、人間連合は士気を盛り下げずにいた。
そのタイミングで。
「……」
援軍。ヴァリス帝国、帝国序列第一位『皇帝』レイザー・エッフェンベルグが自ら参戦する。一国の王が戦場に現れた。そのことで、人間連合――主に帝国軍の士気が一気に上がっていく。帝国最強の実力者の参戦は、やはり彼らに勇気を与えた。
レイザーがとうの昔に、魔王軍不死魔王派に洗脳されているとも知らずに。
◇
世界で最も苛烈な戦場となっているヴァリス帝国。
その『序列持ち』。つまり帝国でも最強の怪物と認定された五人。
うち『勇者』ヒイラギは命を失い、『皇帝』レイザー、『蛇』シャーロットは戦場で戦っていた。だが、この国の存亡の危機に、『冒険王』エリックと、『銀嶺』ラスティはいまだに姿を見せてはいなかった。
――戦いは続く。
盤面すべてを見渡せているのは、天に君臨する女神のみか。




