第5話 「潜入」
――ヴァリス帝国帝都ヴァラキア。帝城付近の貴族街にて。
大通りを避け、貴族の豪邸の庭の間隙を縫うような形で、二人の男が進んでいく。
片方は、長い黒髪。三白眼に痩せ気味の体格。白に赤の十字が刻まれたローブを纏っている少年。その名は葉山集。
もう片方は、厳格な表情をしている中年男性。その背には、顔に似合わぬ白い翼。その名はイリアス。ここまではイリアスの翼は目立つので外套で隠して行動してきたが、別の街に避難している人々も多く人気の少ない貴族街に入ってからは、その翼を使って浮遊し、身軽に移動していた。今のところ誰かに見つかってはいないし、見つかったところで、別に天使族は敵だと思われているわけでもない。ただ少し騒ぎになるのは面倒だった。
それゆえの隠密行動。
集とイリアスは貴族街を抜けると、街を囲む城壁とは違い、帝城を囲む城壁――ドーナツ型になっている――を乗り越え、内部へと侵入していく。ここで、流石に警備の兵に気づかれた。
「誰……天使……!?」
だが集とイリアスは無視して、そのレベルオーバーゆえの圧倒的な身体能力を活かして動揺している警備兵を引き離し、窓ガラスを割って中へと侵入していく。
「ま、待て!!」
「悪いな人間。貴様に構っているほどの時間はない」
律儀に返答するイリアスは、迷いなく進んでいく集を見て、その背中をついていく。
ここまで、イリアスたちが求めるモノについての情報収集は主に集がやっていた。やはり生の情報を直接聞いているから、多少行動の精度も異なるのか。ともあれ集は城内のどちらへ進めばいいかを一瞬で判断すると、おそるべき速度で進んでいく。
「騒ぎになり始めたな。ここからが正念場だ」
イリアスは呟く。城内は途端に騒がしくなっていた。どたどたと足音が響く。
その中で、火精霊を偵察に出す集は、状況を先に判断し、敵と遭遇しないようなルートで地下へと下っていく。そうして階段を駆け下りると、地下三階で、集は足を止めた。
「……この階層のはずだ。浅場優花が囚われているのは」
そう。彼らが求めているのは、『真実の四使徒』の一角にして、今は神谷士道の仲間である浅場優花だ。彼女こそ彼らの作戦に必要だった。だから士道の手から奪い去られた今、強引にでも魔王軍から奪い取らねばならない。
「……が、まあそう簡単に行くはずもないか。フン」
「だから言っただろう。ここが正念場だと」
鼻を鳴らす集に、表情を一切変えないイリアス。
地下三階に降りた彼らの前に、隻眼隻腕の怪物が立っていた。
「……天使か。面白い来客だ」
新城蓮。
異世界転移者。灰の勇者。女神にとってさえ計算外である極大のイレギュラー。
正真正銘のバケモノが、集とイリアスの前に立ち塞がる。
かつて手も足も出ずに敗北した集は、思わず額に冷や汗を流した。
「一つ聞きたい」
だがそんな集の心境はいざ知らず、淡々とした口調で新城は尋ねてくる。
「わざわざここまで侵入してきたお前らの目的は、この先に捕らえている浅場優花か?」
「……」
「無言は肯定とみなす」
「なぜ知っている?」
「いいや、単にピンポイントでこの階に侵入してくる理由がそれしか見つからないだけだ……が、わざわざ天使がやってくるのなら、どうやらオレの勘は当たっているらしい」
「何だと?」
「あの女――神降ろしの器なんだろう?」
新城の言葉に、集とイリアスは僅かに押し黙った。動揺を隠せなかったのだ。
「ミラ王国王都フローゼで見かけた時、妙に手厚く守られてるなと感じたことと、後はこの状況で女神が魔神に対抗する場合の手を考えた時の推論でしかなかったが……当たっていて何よりだ」
「仮にそうだとして、なら貴様はどうする?」
集はいつものような高慢な口調で尋ねた。
その手には炎が灯り、すでに戦闘体勢が整っている。
集だけならともかく、今は天使族最強のイリアスもついている。少し待てば天使族の精鋭たちを援軍に呼ぶこともできる。
いくら新城蓮といえど、それならチャンスはあった。
「今は不死魔王派に協力している身。重要な捕虜をそう簡単に逃がすわけにはいかない……と言いたいところだが」
そこで新城は――僅かに、口元に笑みを浮かべた。
「条件次第では、浅場優花を逃がすことに協力してやってもいい」
「何……?」
初めて。
集はそこで新城の意図を図りかねて、眉をひそめた。
◇
――ヴァリス帝国都市クロスレア上空に浮かぶ魔王城にて。
白崎大和と新魔王ルシアは向かい合っていた。玉座の間。壁に囲まれた空間。一つ壁の向こうでは怒号と喧騒が鳴り響き、戦争の最中であることを如実に物語っている。
その中で。
最初に動いたのは大和だった。ただ、その『聖剣』を手に、真っ直ぐルシアへと踏み込んでいく。特別速いとは言えない動きだが、それゆえに動きの無駄のなさがよく分かる。
ルシアはまず、同じく正面から踏み込んだ。
その魔剣こと『蛇剣』を以て大和の攻撃に応じる。まだ変化はさせていない。
ギィン! と、甲高い金属音が鳴り響いた。
視線がぶつかり合う。剣を交錯させた直後、『蛇剣』がその真価を発揮していく。
剣の刀身がうねり、蛇のように不規則な挙動で大和の喉元を食い破ろうと迫った。
だが、対する大和に動揺はない。当然だ。確かに対応しにくいが、その剣はすでに知っているのだから。流れるような手さばきで『聖剣』を振るい、対処していく。
ルシアの表情が徐々に厳しくなっていく。大和の動きが段々と最適化していくからだ。
その天性の戦闘センスを存分に発揮し、ルシアの理論的な動きを見破り、先読みで対処していく。
――改めてとんでもないヤツだ、とルシアは思った。
そもそも、根本的に、ルシアの方がレベルが高く、種族も異なる。つまりルシアの攻撃の方が圧倒的に大和よりも速く、そして重い。この差を覆すためには、常にルシアの挙動を読み切って行動するしかない。先読みし、それを外すことなく、同時に躊躇わずに最善の行動を選択できなければ大和に勝つ道はない。スペック上はそれだけの差が生じている。だというのに、彼に緊張はなければ慢心もない。ただ本能と直感に身を委ね、自分の戦闘センスを信頼して行動している。あるいは、それこそセンスと呼ぶべきなのか。
そんな大和に対して、ルシアが選択する戦術は、
「――俺様に、奇抜な必殺技だの、唐突な覚醒だの、そんなものはない」
ただの耐久戦だった。
かつては対抗しきれず、魔力切れで大和に敗北しかけたというのに、ルシアの戦術は変わらない。当然だ。いちいち戦う相手によって戦い方を変えていられるほど、ルシアは器用ではない。そんなセンスはない。ルシアはただ、鍛錬だけでこの域に辿り着いた。才能などなくとも、センスなどなくとも、世界を変えることができると証明するために。
だからルシアにできることは、自分にできることで相手を上回る。ただそれだけだ。
大和の猛攻に、ルシアに必死に『蛇剣』を以てガードしていく。
だが決して勝機がないわけではない。だとしたらそもそも勝負は挑まない。
勝ち目が薄くとも、勝てる可能性を信じているからこそ、新魔王ルシアは勇者ヤマトに戦いを挑んだのだ。
そもそも大和はレベルが低い。体の能力は低く、魔力量は決して多くない。
――なら、このレベルの戦いにおける魔力による身体強化は、いずれ肉体の方に限界が来て使えなくなるだろう。大和の戦い方を考えると、『再生』と『蛇剣』を使うルシアよりも早い魔力切れは期待できないが、前者は十分に可能性があった。
それに、あの思考速度をそこまで長時間保てるとも思えない。センスに任せて戦っている分、時間が経てば隙を出すはずだ。
大和も耐久戦の構えに気づいたのか、早く決着をつけるべくルシアの剣を跳ね飛ばし、流れるような剣さばきでルシアの体を斬り刻んでいく。
だが。
「……だよね。本当に、厄介な力だ」
固有スキル『再生』。魔力が続く限り、ルシアは何度でもよみがえる。
そもそもの前提。
ルシアを相手に短期決戦はできない。
ルシアが長期戦を望むのであれば、それは絶対の法則となる。
「さあ、来い。勇者。まだ疲れてはいないだろう?」




