第1話 「潜伏」
「……外が騒がしいな」
神谷士道はベッドの上でむくりと起き上がり、窓から外を覗いた。
時刻は昼。二階からは外の光景がよく見える。
そこではヴァリス帝国の軍団が、物々しい装備を纏って歩んでいた。
「大通りを兵隊が歩いてんだよ。魔王城に最も近い要塞に回される連中だろうなァ。ヤツらも死にに行くと分かってるくせに呑気なもんだぜ」
そんな風に声をかけてきたのは、金に染めた髪に目つきの悪い少年である。
一ノ瀬拓真。
彼は椅子に浅く腰掛け、腕と脚を組みながら、
「戦争中だと本当に理解してんだろうな? それも泥沼の状況だとよォ」
「……死ぬつもりがないんだろ。勝てると思ってるから、気楽なのさ。帝国は腕に自信があるヤツが多いって聞くしな。軍隊でもそのへんの気質は変わらないだろう。そもそもヴァリス帝国はいつでも内戦状態みたいな国だとか聞いたこともある」
「何だそりゃ」
拓真はククッと笑い、
「連中にどうやって魔王軍に対抗する気なのか尋ねてみてェもんだ。天空の魔王城と、空を飛ぶ悪魔軍団。まともな攻撃じゃ倒せねェと思うがなァ」
「やめろ。無駄なリスクを負うな。俺たちは転移者だぞ?」
「転移者が狙われるとは、面白ェ事態も起こるもんだ。なァ士道?」
「……だから動きにくいんだろ。お前の言うところの、まともじゃない側に入る帝国の『序列持ち』なんかも、転移者狩りに励んでるしな。転移者に対してあれだけ厳しい警備をされたら、こんな辺境の街ならともかく、帝都ヴァラキアに入るのは難しい」
「全員ブッ倒しても進んでもいいんだぜ?」
「帝国兵の平均レベルは異様に高いし、『序列持ち』だとかいう化物も控えてる。それらと戦った後に、草薙たちを倒してレーナたちを取り戻すなんて、現実的じゃない」
「つまんねェヤツだなー。やってみなきゃわかんねェだろうに」
「草薙や新城クラスの怪物相手にするなら、せめて魔力ぐらい十全じゃないと話にならないってだけの話だ」
「ま、正論だな。オレが正しいことをやるかはともかく」
「拓真」
「分かったよ。これまで通り、当分はお前に従ってやるよ。今はそれが一番面白そうだ」
「忘れるなよ。俺はお前を利用するだけ」
「オレもまたお前を利用するだけ――だろ? そういう協力関係だ。言うまでもねェ」
「今はとにかく、戦力が欲しい」
士道は言う。
その表情は常に硬く、視線は異様な鋭さを帯びていた。
「……レーナ、リリス、優花」
思わず、呟く。
三人の顔が脳裏に過る。
――あの日、草薙竜吾、新城蓮、霧崎翔の三人を前に惨敗し、レーナとリリス、優花を連れ去られてしまった士道は、彼女らを探してヴァリス帝国に侵入していた。
警備は厳しくなっていたが、辺境の街や村なら士道クラスの身体能力を以ってすれば難しくはない。奇術師としての視線誘導術なども駆使すれば、大都市でも侵入するだけなら容易だった。……侵入してから不用意に動き回れるかと言うと話は別だが。
こんな事態の真っ最中に、下手に居場所を知られたくはない。
士道は慎重に帝都ヴァラキアに近づいている。そんなこんなで現在は中規模の街中、それもスラム街で休息を取っていたのだ。
道中、接触してきた一ノ瀬拓真と協力態勢を結んでいる。
(信用はできない。だが)
彼は転移者の中では行動方針が明確な分、協力しやすい人材ではあった。
それに、幼馴染という縁もある。
(……こいつは大抵の場合、劣勢の側に味方する性質を持つ。単にその方が面白そうだと考えているだけだろうが……こいつの力は現状、必ず役に立つ)
今のところは手の内に置いておくのが得策だ。
放置したところで制御不可能なのだから、まだ動向を見張れる現状の方がマシである。
拓真は街で買ってきた安酒をガブガブと呑みながら、
「まァ、今帝国がやってるのは魔王軍に対する時間稼ぎってとこか。そうやって侵攻を食い止めている間に、転移者を炙り出して狩り出そうって腹だな」
「ミラ王国の勇者たちが率いる『本命』部隊もあるから、単にそこに合流するのかもしれないけど。まあ、それはいい。……俺たちにとっての問題は帝国の内部の方だ。……にしても、転移者を狩ることに、果たして何の意味があるのやら」
「――考えられるとしたら、すでに帝国首脳部が魔王軍の手に落ちてるってとこか」
ゆえに魔王軍の敵であり、厄介な『女神の使徒』を殲滅させようとしている。
そいつは考えすぎかねェ、と拓真は言う。
だが、士道はそれを笑えなかった。
魔導都市アルスフォードにおいて、別れ際の霧崎翔の表情が脳裏を過る。
「……」
「考えても仕方ねェか。現状じゃ何も分からん」
「そうだな。なんにしても、帝都ヴァラキアに入るのが先決か」
「今、戦争の中心はそこだ。あるいは魔王城か。だが、どのみち魔王城は徐々に東進していて、今や帝都ともそう距離はない。なら……テメェが追ってる連中だって、間違いなくその付近にいるだろうしな」
「ああ」
士道には知らないことが多すぎる。
だが、翔の言葉から察するに、彼らが戦争や世界の真実と近い場所にいるのは間違いなく、また舞台は最終局面だと言っていた。彼の口ぶりからすれば、そこから逃げ出しているわけではないだろう。――が、すべては推測だ。
「……情報が欲しい。誰かしら、接触できそうなヤツはいないものか」
◇
「準備は万全か?」
魔王城。天空に佇むその城から、新魔王ルシアは帝都ヴァラキアを睥睨していた。
彼の後ろに控えるグライブ・セラキオスが、その問いに返答する。
「そうですな。全悪魔、士気は十分に高まっております」
「ついに帝都は目前。残りの勇者は四人。だが帝国さえ落とせばどうにでもなる」
ルシアは言う。
「とはいえ、不死魔王派の動きは気になるが……」
「我々の目的に、魔神ゲルマ再臨が含まれていないことを悟られたのでしょうな。不死魔王リーファは魔神の命にのみ従う機械。それに逆らうのであれば、貴方と協力する意味がない。だから情報を渡してこない」
「ふむ。まあ、いい。ここまで来たら最終局面だ。勇者たちと帝国を叩き潰し、次に帝国に潜伏している不死魔王派も叩き潰す。魔王軍の士気に影響するかもしれないからまだこの情報は伏せておくが……やるべきことはそれだけだ」
こうしている今も、魔王城は徐々に帝都ヴァラキアに向かって進んでいる。
ルシアが現在いるテラスからは、帝都近隣にあるクロスレアの街が見えていた。
そこの城砦には、異様な規模の兵士が詰めているのが窺える。
ここが落とされれば、残るは帝都のみなのだ。そうなれば帝国の終焉は近い。
帝国――というより人間連合が本気を出してくるのも当然だろう。ルシアの視力なら、その城壁から魔王城を見据えている少年の姿も見える。
その白い少年の正体はミラ王国の勇者、白崎大和だ。
どうやらクロスレアの街には、『四強』の主力が揃っているらしい。
上空には、ライン王国の竜騎士隊もまた姿を見せていた。
「魔導都市アルスフォードの件を忘れたか。貴様らは、俺様たちの攻撃から都市を護りきれなかった」
「また、同じことを繰り返すことになるとは気づいていないのでしょうな」
勇者の立ち姿に迷いはなかった。その瞳は戦意に満ち溢れている。
「自ら姿を見せるとはな。勇者である以上は当然ともいえるか」
ルシアは楽しそうに笑った。
「まずはお前からだ。新魔王直々に潰してやろう」




