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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第六章 そして破滅は道を開く

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Prologue 「魔神側と女神側」

 ――ヴァリス帝国、帝都ヴァラキア。

 世界で最も巨大で、人口の多い城塞都市。ヴァリス帝国の国力を証明しているかのように活気に満ちていたはずのその街中は、しかし現在は異様なほどの緊張感に満ちていた。

 レーノ共和国の陥落により、ヴァリス帝国はもはや戦乱の中心点だ。いくら弱肉強食を掲げるヴァリス帝国の民と言えども、悪魔に対する恐怖は隠せないのだろう。

 そんな都市の中央には天に向かって高く聳える、美しく堅牢な帝城があった。


「……虎視眈々と、こちらを見据えてるってところだね」


 その頂上の屋根の上に、霧崎翔は腰を落ち着けていた。

 吹き荒ぶ強風に煽られ、黒の前髪が揺れる。

 少しだけズレた眼鏡を直すように、翔は鼻の頭に手をやった。


「でも、まだ動かない……か」


 彼の視線のはるか先にあるのは、天空に浮かぶ要塞だった。

 古代の要塞、魔王城。

 二つの高山の合間に隠れているが、流石にここまで上空からだと確認できる。

 この距離では豆粒のように小さく見えるが、逆にこの膨大な距離を通してまだ姿が確認できるという事実そのものが、魔王城の巨大さが分かるというものだ。おそらく馬で全力で駆けたとしても、五日はかかる距離だろう。徐々に帝都へと迫りつつあるとはいえ、まだ交戦圏内には入っていなかった。

 帝都は比較的レーノ共和国側に存在するが、流石に素通りで行けるわけではない。つまり、魔王城はこの位置に至るまでに、すでにいくつかの都市を破り、占領しているのだ。

 現在は帝都ヴァラキア、クロスレアの街、サナイファの街の三都市のちょうど中央付近の山岳地帯に陣取っている。現在も戦いは続いているが、お互いに本格的な攻勢には入っていない。というより、帝国首脳部としては攻勢に入る理由がとくになかった。

 なぜなら、翔たち魔王軍不死魔王派が乗っ取っているからだ。

 魔王城を仕切っている新魔王ルシアはいずれ殺さなければならないが、まだ早い。ただでさえ悪魔側の戦力は足りていないのだ。殺すのは、可能な限り利用した後でいい。せめてもう少し戦局が混乱してくれなければ、翔たちは表立って動けない。敵の首魁を操っていると言えば聞こえは良いが、実際に敵の本拠に侵入しているのはごく少数。もしレイザーを洗脳していることがバレてしまえば、追い詰められるのは翔たちのほうだ。

 日々は緊張の連続。決して余裕があるわけではなかった。

 それでも人間である翔や草薙は、怪しまれることなく動き回れるのが救いだが。


「……やっぱり、平時は無理だな」


 翔は目を細める。その目には『鑑定』が使用されていた。

 その視界に次々と表示されるのは、帝都の街中をうろついている者たちのステータスだ。

 やはりこの危機的状況の帝都にとどまっている武芸者はレベルが高い。

 この状況で『儀式』を始めれば、いくら操った王の命令権を行使しても流石に違和感に気づかれる。この場にいる人物の大半が武芸者であるなら尚更だ。

 武芸者――この街の衛兵や傭兵、そして冒険者たちは当然、魔法という技術を一般人よりもはるかに正確に認識している。

 己が使う技術、あるいは脅威となる技術だからだ。自分で魔法を使うのであればもちろんのことだが、たとえ魔術師ではなくとも魔術師と敵対する可能性を考えれば魔法に関する知識だけでも増やしておいて損はない。

 ゆえに、現状のまま魔神再臨の『儀式』を始めれば、即座に悪魔の侵入に気づかれるだろう。それほどまでに大がかりな術式となる。儀式魔法は魔方陣構築法が一般化された現代の魔法とはまた異なるので、たとえ魔法に精通した武芸者が相手だとしても気づかれにくいかもしれないが、それはすなわち気づかれた際、悪魔の仕業だという信憑性を与えていることにもつながる。そして王の命令を無視して儀式に介入されてしまえば終わりだ。

 これだけの巨大都市。滞在している武芸者の数も常軌を逸している。

 いくら翔やリーファが強大なレベルオーバーとはいえ無限に戦い続けられるわけではなく魔力は有限で、なおかつ儀式とは繊細なものだ。できれば戦いながら行いたいものではない。戦いを避けられると思っているほど、考えが甘いわけではないが。


「ともあれ、当面は待ちの一手かな」


 翔は淡々とした口調で呟くと、窓に背を向けて歩き始めた。


 ◇


「――さて、状況を整理するぞ」


 そんなふうに呟いたのは、長い黒髪に鋭い三白眼をした少年だった。

 身に纏っているのは赤の紋様が刻まれた純白の外套である。

 葉山集。

 異世界転移者である彼は、帝都ヴァラキアの片隅に潜り込んでいた。

 裏通りの一角に存在する、寂れた教会の地下室。

 最も信仰に厚い敬虔なる女神の信徒として信用を獲得した集は密かに手引きされ、通行封鎖中の帝都に侵入、そして潜伏している。この都市は戦乱の中心点。そうなることを約束されている場所だ。女神からの情報によれば国の首脳陣はすでに不死魔王派に暗殺され、主権を掌握されている可能性まであるようだ。

 女神に心酔している集ですら流石に疑いを持ったし、普通の人間なら鼻で笑い飛ばす意見だろう。いや、仮に本当だとしても、笑い飛ばさなくてはやっていられない。この段階で『四強』最強と名高い帝国まで落とされているということは、人類に終末が突きつけられているも同然だからだ。世界は悪魔に支配され、魔神が再臨し、滅びを迎える。その未来予想図が見えるところにまで、すでに事態は進行してしまっていた。

 今まさに、その事実を証明するかのような指示が国民に出されている。


「転移者狩り。少し前、『皇帝』から発令された厳戒態勢。その内容は勇者を除く異世界転移者の抹殺指示。高額な賞金もかけられている。理由として、勇者に巻き込まれてやってきた異世界人は世界にとって危険な因子だ何だのと適当なことをほざいている。何なら魔王軍にレーノ共和国が滅ぼされたことまで僕らのせいにされそうな勢いだ。流石に勇者まで槍玉に上げれば国民の不信感は拭えないだろうが、このやり方ならむしろ信憑性は増す。とはいえ、ここまで動きにくくなるとは思っていなかったが……」


 集は寂れ切った地下室の片隅に置かれたソファの埃を払い、そこに腰を落ち着ける。

 やたらと饒舌に語っているが、それは集の苛立ちの表れだった。

 対面の壁に背を預けているのは、白い翼を生やした金髪の中年男性。

 天使長イリアス。『天軍』の長。女神が最も信頼し寵愛する、彼女の右腕である。


「それだけの効果があるということだろう」


 イリアスは淡々とした口調で返答する。

 この地下室には二人しか存在しない。帝都の内部まで手引きしてくれた女神教会の信徒たちには地上を見張ってもらっている。やけに命令に従順だと思わなくもないが、よくよく考えてみればそれも当然のことだ。今ここにいるのは『女神の使徒』に、天使である。信徒たちにとっては尊敬と畏怖の対象。神の御使いにも等しい。それは絶対服従にもなるというものだ。おかげで帝都に潜伏できているので非常に助かっている。


「実際、魔王軍に協力している転移者もいるというのが性質の悪いところだな」


 集はそんなことを思いながら、苛立たしげに鼻を鳴らした。

 するとイリアスは相変わらずの気難しげな表情のまま、すらすらと述べていく。


「この緊張状態が続いているんだ。国民からしても何かをしていないと安心できないんだろう。人は己が見たいものを見る。悪魔よりも糾弾しやすい相手を政府に提示され、無意識のうちにその者たちに罪を押し付けている。これがその結果だ」

「それが根本的な解決にはつながらない、ただのまやかしだとしても、か」

「それが人間だ。我々天使とはまた違う愚かしさ。今や国民にとって勇者を除く転移者は悪魔に次ぐ敵対者だ。緊張状態が続く割に戦闘が少ない状況に苛立った傭兵たちが、血眼で転移者を探していることだろう」

「……これで、転移者の身分は奪われたわけだ。だが逆に分かったこともある。ここまで露骨にこちらの戦力を削ぎに来ている以上、すでに不死魔王派が都市を牛耳っていると確信できる」

「信じがたいことだがな」


 イリアスは青筋の浮かんだ額に手を当てて、ゆっくりと嘆息した。

 集は彼の反応を眺めつつ、淡々と語り続ける。


「魔王軍にとって最も厄介なのは『女神の使徒』であり、同時に強大な力を持つ転移者たちに決まっている。次点で『天軍』だ。だが天使は強いが、数そのものが少ない」

「……そうだな。この命令は魔王軍に帝国が乗っ取られてることを証明している。だが、それを国民に伝える手段もまたない。勇者による反論でもあればまた違うだろうが、生憎と大半が行方知れずのまま。まったく、味方としても厄介な連中だ」


 現状、居場所が分かっている勇者は榊原迅ただ一人。

 彼はレーノ共和国を脱出しヴァリス帝国に逃げ延びた後、帝国の指示によって辺境の守護に回されている。死亡が確認されている柊悠斗を除いた他の勇者たちは魔導都市アルスフォードの騒動から行方不明のままだった。生きていることを有望視されてはいるが。

 ともあれ。

 問題は――魔神再臨の儀式が行われかねない帝都内において、あまりにも女神側の戦力が少なすぎることだ。このままでは強引に儀式を押し通らせ、世界が滅びかねない。

 

「教会とのつながりがある僕のような者とは違い、この状況では普通の転移者は帝国への侵入自体が並の難易度ではなくなっている。人間と悪魔、敵は両方だ」

「女神様の『神託』を通じて教会から呼びかけてはみるが……」


 イリアスはそこで言葉を濁す。

 おそらく、その程度で帝国の民は動かないと理解しているからだろう。

 女神教会を国教とし、信仰しているミラ王国のような国とは違う。ここは基本的に無宗教で弱肉強食を掲げた国だ。

 現にこの人の多い帝都内に存在する女神教会ですら、ここまで寂れ切っている。

 集は重苦しい雰囲気に嘆息を吐きながら、結論を出した。


「――ひとまず何か状況が動くのを待つしかない。貴様はともかく、僕は外に顔を出した瞬間、賞金稼ぎどもに殺されるのが関の山だ」





 



六章『そして破滅は道を開く』開始しました。

そして書籍版の第一巻が本日発売です。

双葉社モンスター文庫さまより、定価は593円+税。

すでに店頭に出回っている地域も多いと思います。

ぜひお買い求めいただければ幸いです。

第一章を大幅に改稿しているので、WEB版既読の方々も楽しめると思います。

また特典SSなどについては活動報告にて説明しております。

モンスター文庫の公式ホームページで、ToKa先生による素晴らしい表紙イラストを確認できるかと。

それでは、よろしくお願いいたします。


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