Epilogue 「最後の物語」
――やがて、魔導都市アルスフォードにて生き残った人間たちは、これ以上の抗戦は不可能だと判断し、迅速に撤退。そして、その日のうちに再度攻め込んできた新魔王派がアルスフォードを占領し、ついにレーノ共和国は最後の砦すら陥落し、完全な滅亡を迎えた。
そして、すでに三日が経過。
新魔王派が乗り込んでいる、世界で最も堅牢にして複雑怪奇な空中要塞――魔王城は悠然と、隣国であるヴァリス帝国への国境に向かって進んでいた。
一方、共和国の難民で溢れているヴァリス帝国では、帝国序列第四位『勇者』柊悠斗の喪失が多大な影響を及ぼし、魔王軍への恐怖によって街では異様な緊張感が漂っていた。
ライン王国はここが最後の防波堤だと判断し、最大規模の援軍と補給物資をヴァリス帝国に送り、”病魔事変”における王都壊滅でダメージを受け、いまだに動きが鈍いミラ王国も、ヴァリス帝国での決戦に向けて綿密な協力を約束した。
魔王軍に対して人間連合がここまで焦っている理由は、『四強』の一角であるレーノ共和国を落とされたことは当然として、もうひとつ重要なことがある。ミラ教会に、女神から神託が降りているからだ。その内容は、「ヴァリス帝国帝都ヴァルキアに『三大魔王』が集結せしとき、世界を滅ぼす魔神ゲルマが再臨する」――とのこと。
ゆえに、直接的な危機に晒されていないライン王国とミラ王国も手をこまねいている場合ではなくなった。不死魔王リーファがすでに少数の手勢と共に帝国内で潜伏していると目されている以上、帝都周辺の警戒を強め、さらに帝国へ侵攻しようとしている新魔王ルシアを、人間連合の全霊を懸けて食い止めなければならない。
――人類の大半はそう考えつつ、またひとつの事実に気づいていなかった。
不死魔王、リーファ・ラルート。
新魔王、ルシア・デビルジーク。
現存し、世界を恐怖に陥れている二人の魔王。
だが、龍魔王、ウォルフ・バーゼルトは復活に失敗したものだと思い込んでいた。
つまり、『三大魔王』が揃うためには、魔大陸で新たな魔王を誕生させるしか手はないと無意識のうちに決めつけていた。
龍魔王の力がリリス・カートレットに引き継がれていること、ましてや、まったく別のやり方で霧崎翔が魔王になったことなど知る由もない。
――つまるところ。
魔王のうちルシアを除く三人は、すでにヴァリス帝国への侵入を許していた。
「……こんなものか。帝国の、王というヤツは」
そして。
人間にとって最悪の事態は、すでにそれだけでは留まらなかった。
「まあ……やりやすいに越したことはない、か」
鈴の音のように高く、綺麗な声音で呟いたのは、不死魔王リーファ・ラルート。
リーファは銀色の髪をたなびかせながら、眼前で跪く青年を悠然と見下ろしていた。
その煌々と輝く紅の瞳が、ひどくつまらなそうに細められている。
「申し訳ございません」
すると、リーファの声に対して、感情のない機械的な返答が聞こえてきた。
大柄で筋肉質な体格をしていて、豪奢に飾り付けられたマントを羽織った、狼の獣人。あるいは人狼。かつては活気に溢れていたであろうその瞳には、いまや何の光も宿っていない。
「謝罪などいらん。とっとと失せろ」
リーファが手を振ると人狼は即座に従い、別室に閉じこもった。
「……弱肉強食の国、ヴァリス帝国か」
リーファは窓際に歩み寄り、外の景色に目を向けた。すると、ここからは城下町が一望できる。雑多な街並み。大通りでは、武装した人間が多く歩いている。流石は『四強』随一の武力国家と言われるだけはあり、非常に精強な兵が揃っていた。
しかし、その誰もが少し不安そうな面持ちをしていた。
魔王軍の恐怖に怯えているのだろう。その首魁たる魔王が今まさに帝都ヴァラキアの中央、帝城の内部に潜伏し、裏で帝国を支配しているとも知らずに。
「どうやら、ちゃんと上手くいったようで何よりだよ」
「……キリサキか」
リーファは後方から声を聞いて、そちらを振り向く。
音もなく王の間に佇んでいたのは、優しそうな顔立ちに眼鏡をかけた少年だった。ただしその背中からは、雄々しき黒い翼が二対。眼鏡の奥からは妖しく輝く紅の色。今までよりひときわ強烈になった覇気が、その身から醸し出されている。
「フン……魔王化して帰ってきたときはどうしてくれようと思ったが、この状況では仕方がないな」
リーファはいまだに釈然としない心持ちのまま、呟く。
翔は苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「……新魔王ルシアは魔神ゲルマを再臨させるつもりがない。おそらく、その目的は勇者の殲滅と、種族間の平等。これは、明確な離反だ。だから仕方がない。仮にも魔王である彼を捕縛するよりは、僕が代わりに魔王となって――」
「……、」
「――彼を、殺したほうが早い」
翔はひどく冷酷な口調で告げる。リーファは窓に背を預け、目を僅かに細めた。
「それにしても……まさか僕がいない間に、ヴァリス帝国の支配がここまで上手くいっているとはね」
翔は別室においやった狼獣人に命令し、眼前に跪かせる。
リーファは思う。――それもまた、この少年の功績だ、と。今この状況は、翔が作り上げたものだ。リーファは何もしていない。王だというのに、ただ従っただけだ。それが最も良い策だったのはから。しかし、その事実にひどく違和感を覚える。まるでいいように操られているような錯覚すらあった。
「帝国序列第一位『皇帝』レイザー・アルバーン……規格外のレベルオーバー。突然変異でも起きたのか、途轍もなく頑丈な肉体と野生の本能で戦う絶対強者。それが、今や命令に従うだけの人形とは、哀れなものだね」
「……そうやって洗脳する方法を持ち帰ってきたのは、貴様だろうに」
リーファは白々しい翔の言いぐさに嘆息した。
少し前、『大森林』。獣人族の里における堕天使の陰謀――『神獣創造計画』。新魔王派と共にその一件に乱入してきた翔は、リーファのもとにとある術式を持ち帰ってきた。
それは”神格化”の術式――に、付随していた獣人族の洗脳術式である。獣人は洗脳しやすいとの情報はもともとあったが、あそこまで明確に術式として確立されたものはリーファですら見たことがなかった。翔はルシアたちに気づかれることなく、それをリーファのもとに持ち帰り、「帝国の『皇帝』を支配しよう」という案を出してきた。
弱肉強食。強さで権力が決まる国、ヴァリス帝国。その皇帝を洗脳するということは、実質的に帝国のすべてを手に入れたと言っても過言ではない。
好都合なことに、帝国序列第一位『皇帝』は確か狼獣人だった。
ゆえに、彼を何とか誘き寄せ、術式に引っ掛けて洗脳し、影から帝国を支配する。それが武芸都市アストラに潜伏していたリーファたちに告げられた、翔の策謀、次の一手。
忍術師の翔が城に潜入し、レイザーの単純で脳筋な性格を利用して上手く見つかって誘き出し、予め街の外に仕掛けて置いた洗脳魔方陣まで誘導。リーファと交戦し、あらゆるものに対しての耐性が低下したところで、術式を起動。そして洗脳。騒ぎを聞きつけ、慌てたように駆けつけた兵たちに向け、「不死魔王と交戦したが逃がした」等と言うように命令しておき、兵の警戒が街の外部に向いたところで、魔王軍不死魔王派の精鋭たちは一気に帝都に侵入。レイザーに指示をさせ、警備に穴を開けてもらい、城まで潜入し――今に至る。
すべてが上手くいった。ゆえにリーファは、空恐ろしいものを感じていた。
「後は裏切ったルシアとやらを殺し、揃った魔王で魔神を再臨させるのみ、か……」
「ああ、そうだ」
リーファが呟くと、翔がふと思い出したように手を叩いた。
「レイザーに新たな命令を出させておこう。この段階で、転移者に暴れられたらたまったものじゃない。まあ、どうせ無理だろうけど、少しでも動きを封じておかないと」
「……つまり、どうする?」
「転移者を見つけ次第殺すように兵に通達する。この状況で手を出してくるような連中の外見はだいたい覚えているし、魔王軍に味方したとか言って適当に手配書をバラまこう。それに、だいたいの転移者が黒髪だから分かりやすいはずだしね」
「……各国の援軍、勇者連中はどうする?」
「いくら『皇帝』の権力とはいえ、流石に勇者まで排斥したら不信感を抱かれる。だから可能な限り帝都から離れた位置に配備し、新魔王派と争っててもらおう。それこそ、あわよくば両方潰れてくれれば完璧だ」
翔は淡々と策を述べていく。リーファは何も言えなかった。
「兵だけじゃ警戒には足りないな。……よし、序列第二位『冒険王』エリックを呼び寄せよう。世界にたった三人の超級冒険者のひとりにして、全冒険者を統括するギルドマスター、彼の人脈を通じれば、冒険者や傭兵たちにも迅速に情報を広められるはず。ここまで扱いが便利な人材は初めて見たよ」
翔は饒舌に語ると、音もなくリーファの隣に歩み寄り、緊張感漂う街を見下ろした。
そして、酷薄な笑みを浮かべた。
「手札は万全。後は、予期せぬ事態に備えるだけ――だね」
◇
「……ひどく動きにくい」
低く渋い声音でそんな呟きをしたのは、禿頭にアロハシャツ、短パンを着た男だった。サングラスはどこかに消え、その鋭い眼光はむき出しになっている。
ライン王国の勇者、榊原迅。
彼は現在、帝都近隣の都市の関所で足止めを受けていた。情報の伝達が遅れているだの何だのと言われている。確かに他国を移動しているのだから多少の手間はかかるだろうと想定はしていたが、ここまで来ると少しおかしい。
先ほどから似たような出来事の繰り返しだった。
「……ワシら勇者を動き回らせたくない理由でもあるのか……?」
「確かに、妙ですね」
付き人の騎士、アルドックが同意するように呟く。
「人間連合が一枚岩じゃないのは分かりますけど、それにしてもこの状況で……」
「マズいな。ここまで動きづらいと、不死魔王を探すこともできん」
迅は関所の待合室でふんぞり返りながら、淡々と呟く。極論、このような場所は無視して勝手に動き回っても良いのだが、迅はこれでもライン王国を背負っている身だ。迅の身勝手が国交の断絶に繋がる可能性がある以上、得策ではない。
それに、新魔王派の脅威が目前まで迫っている以上、警備が厳しくなっているのは当然ではある。だから強気には出れない。魔王軍に追い詰められている現状では、連合の不和のダメージは大きい。ここは慎重に動くべきだ。
「……どうもきな臭いな。当たり前ではあるが」
迅は軽く舌打ちする。新魔王ルシアが世界の敵ではないと判明した以上、迅の現在の標的は不死魔王リーファだ。帝国内に潜伏しているという情報が有力な以上、手早く捜索の手を広げたいところではあるが――そう、上手くはいかないらしい。
「他国からの援軍という立ち位置である以上、アルバートたちも、空を高速で動き回れる竜騎士という利点は活用できんだろうな」
「そうですね……」
「まあ――いい。やりにくいならやりにくいなりに、やりようはある」
迅はゆっくりと嘆息すると、窓際に鋭い眼光を向けた。
やるべきことは変わらない。
――迅の仕事は、世界の敵を討ち滅ぼすことだ。
◇
ヴァリス帝国最前線。ごく普通の城塞都市グレスを囲む城壁の屋上。鋭く風が吹き荒ぶその場所には、ひとりの少年が悠然と佇んでいた。
ミラ王国の勇者、白崎大和。
その絶世の美貌からは透徹とした眼光が放たれ、じっと前を見つめている。その視線の先、はるか彼方。山の向こうには、浮遊している魔王城が窺えた。
「……ゆっくりと近づいてきているな」
後ろから声が聞こえて大和は振り向く。
背後の階段から登ってきたのは、実直そうな顔つきをしていて、筋肉質な体格には騎士鎧を纏っている青年だった。
ミラ王国一の精鋭部隊、神聖騎士団の団長、サイラス・クロージャ―である。
「……そうですね」
大和は呟く。
遠くに見える魔王城。あのゆったりとした速度なら、攻撃の射程圏内に入るまで、後二日といったところだろうか。あの空中城塞に積んであるのは並の兵器群ではない。このままぶつかれば非常に厳しい戦いになることが予想されるが、それでも大和たちミラ王国の精鋭は、魔王軍新魔王派を迎え撃つ態勢を敷いていた。――無論、勝算はある。最前線を支えている人間側の戦力も、ミラ王国の援軍、神聖騎士団だけではない。上空を仰ぐと、ライン王国の竜騎士隊の一部が空中から警戒していた。そして大和はちらりと、右方を一瞥する。そこには城壁の端に座り、ひどくつまらなそうな表情で足をぶらぶらさせている少女がいた。
帝国序列第五位『蛇』シャーロット・バーネス。
勇者会議では、今は亡き帝国の勇者、柊悠斗と共にいた少女だ。弱肉強食の帝国において『序列』持ちである以上、戦力としては十分に期待できる。
アイリスを亡くした大和としては、彼女の気持ちは理解できているつもりだが、それをわざわざ話したところで何かが変わるわけではない。傷が癒えるわけではない。
ゆえに、大和は何も語らなかった。ただ、無言で、前だけを見据えていた。
「……、」
『異界同盟』は壊滅させた。アイリスを殺した連中に報いは受けさせた。ならば、最早やるべきことはひとつに絞られた。
「……ヤマト、何か来るぞ」
「魔物だね。また威力偵察かな?」
大和は感情の見えない声音でサイラスに返答すると、気軽な動作で城壁を乗り越えた。ふわりと前髪が浮き、自由落下へと移行。大和は地面など一瞥もせず前方に目を凝らすと、近づいてくるワイバーンが確認できた。
その瞬間。体を横向きにして城壁を蹴り飛ばす。ゴッッッ!! という爆音を鳴らし、爆発的な速度ワイバーンに肉薄した。翼を羽ばたかせて都市に迫っていたワイバーンはぎょっとしたように身をすくませ、その場から退避しようとする。だが遅い。
大和は神速で剣を振り抜き、同時にワイバーンの体を蹴って上空に上がり、その身に溜まった運動エネルギーを消化していた。
「……まだ、いるね」
空中で、大和は再び剣を構える。その視線の先には、まだ数体のワイバーンがこちらに迫っているのが確認できた。――おそらく、新魔王に見られている。分析されている。その事実を認識しつつ、しかし退くことはない。大和は固有スキルを起動する。
「『聖剣』よ、光を宿せ」
裁きの光が白銀の剣に収斂していく。大和は無造作にそれを一閃した。輝く光が剣筋を追い、回避する暇も与えずにワイバーンたちを焦がし、滅していく。一瞬で全滅。
そうして、大和は落下しつつ魔王城に剣を向け、やがて着地と同時に鞘へ納めた。
「……来い、新魔王」
――世界を救うために。聖剣宿りし勇者には、倒すべき魔王がいる。
もう、この世界に、未来に、希望なんて、何一つとして無いけれど。
失くしたくない過去だけは、確かにあるのだから。
◇
「……居心地はどうだ?」
そんな呟きをしたのは、寝ぐせのついた黒髪に眠たげな瞳をした青年だった。
草薙竜吾。
彼は壁に背を預けて胡坐をかき、鞘付けされた剣を足の上に載せている。
ここは地下牢獄だった。空気が薄ら寒く、どこか気味が悪い。天井からは水が僅かに漏れ出し、ポタリと音を鳴らして地面に落ちていた。
「最悪に決まってるじゃないですか……!」
そんな返答が聞こえてきた。
草薙が右に目を向けると、鉄格子を挟んで猫獣人の少女が怒りの視線を投げてくる。
「れ、レーナ……」
そして銀髪のハーフエルフの少女は、そんな彼女に不安そうな目を向けていた。
「……悪いな、こんな場所で」
草薙は苦々しげな様子で言う。
レーナ・ランズウィックとリリス・カートレット。
士道から預かった以上、草薙は責任を以って見張っていた。
浅羽優花は新城が監視しているが、あの事情がある限り、新城が優花に手を出すことは絶対にないと断言できる。ゆえに現状では、あまり心配はいらなかった。
とはいえ、それはこの場から離れる理由にはならない。この少女たちを狙っている連中からさらわれてしまえば、士道に合わせる顔がない。
そして、目を離した隙に脱獄されてしまえば、翔の計画は破綻するだろう。
だから草薙は、この国にいると目されている義理の娘の行方を捜しに行けていなかった。
「……これで、いい。そのはずなんだ」
草薙はもう一度、自分を言い聞かせるように言う。彼の夢の先には、未来があった。
これは、その輝かしい未来を守るための戦いなのだ。譲るわけにはいかない。負けるわけにはいかない。失うわけにはいかない。守りたいものを、すべて救い上げるのだ。
――絶対に。
草薙は一度目を瞑り、ゆっくりと息を吐く。
次に目を開いたときには、その苛烈な眼光から冷酷さを除いた色は消えていた。
◇
雨が降り続いていた。
瓦礫に埋もれた街を、ふらふらとした足取りで歩み続ける。
ボロボロに切り刻まれた黒の魔導服を揺らし、一歩ずつ、懸命に進んでいく。
――傷を癒してくれる、治癒術師の少女は、今やどこにもいなかった。
踏みしめた地面を、水たまりを紅に染め、それでも足を止めることはない。
――困ったとき励ましてくれる、猫獣人の快活な少女は、今やどこにもいなかった。
顔だけは下げなかった。歩みだけは止めなかった。
――自分の不幸を、不運を乗り越え、笑顔を浮かべることのできるハーフエルフの少女は、今やどこにもいなかった。
最早、この身を支えてくれるものは何もない。そのはずだ。
けれど、折れかかった信念と、失いかけた誇りだけが、今なお士道の体を動かしていた。
あれだけ痛めつけられて、苦しんで、辛い想いをして、無力さを痛感して、何も、何一つとして守れなかった自分に吐き気がするほどの憎悪を抱いて――それでも。
それでも、諦めることだけはしなかった。この胸の灯火を、雨の中でも燃やし続けた。
たとえ、どれだけ力が足りないのだとしても。その無力さへの罪が重いとしても。戦いの場にいるのは規格外の怪物ばかりなのだから、仕方がないのだとしても。所詮は、ハズレの烙印を押された奇術師なのだから、負けることが当然だとしても。
大切な人たちへの想いだけは、願いだけは、誰にも負けるつもりはなかった。
「……待って、いろ」
脳裏に薄ら笑いを浮かべる霧崎翔の姿が過る。
忍術師が丁寧に築き上げ、綿密に練り上げた計画を、その舞台を、この奇術師が叩き壊す。
そして、少女たちを助け出し、滅びゆく世界も救い出し、すべての笑顔を取り戻す。
たとえ、どれだけ荒唐無稽な夢だとしても、実力を省みない大馬鹿者だとしても。
そういう未来を夢見ると決めた。
――約束する。自分に、その魂に。その心と、まだ残っている信念に。
「必ず、助ける」
だから迷わない。
ハズレ術師の足取りは、どれだけゆっくりでも、立ち止まることだけはなかった。
――必ず、俺が。
――俺の奇術が、世界を、変える。
◇
――これは、そんな英雄たちに訪れる悲劇の話。
ある者は滅びゆく運命に抗い、その至上とする目的を果たすために。
ある者はあくまで純粋に戦いという行為を存分に楽しむために。
ある者は、世界の敵を討ち滅ぼすために。
ある者は、愛していた人が愛していた、この世界を救うために。
ある者は、自らを地獄に落とした神に復讐をするために。
ある者は、自らを救ってくれた神に恩を返すために。
ある者は今まさに愛する人たちが生きている、この世界を護るために。
ある者は、奪い去られた大切な人たちを取り戻すために。
ある者は、種族間の差別を失くし、笑顔溢れる平和な未来を創り出すために。
ある者は、世界を最も苛烈に愛した神の願いに殉じるために。
ある者はただ、己を生み出した神を再臨させるために。
ある者は未来のないこの世界を救済するために。
ある者は、密やかに滅びゆく、あの世界を守るために。
想いはすれ違い、悲劇は結びつき、絶望は世界に蔓延し、未来に光はなく、
――それでも。諦めずに立ち上がった者たちがいた。立ち上がり続けた者たちがいた。倒れず、折れず、瞳に光を灯し続ける者たちがいた。たとえ先が見えない絶望の中でも、希望が見えるまで、その手に掴み取るまで、戦い続ける覚悟を決めている者たちがいた。
――そういう者たちだけがここまで戦場に残っていた。
すべては約束されたはずのバッドエンドに殴り込み、望んだ未来を迎えるために。
貫くべき信念と守りたいものを秘め、多くの者たちが一箇所に集っていく。
それぞれの想いと願いが交差し、衝突を余儀なくされる、その時。
――この世界の命運を懸けた、最後の物語が始まる。
第五章――完。
NEXT→第六章「そして破滅は道を開く」
終章はほぼ後日談なので、実質最終章です。
神も魔王も天使もすべて出てきます。流石に主人公も活躍するはずです。
転生勇者の二章を書き上げたら開始します。よろしくお願いします。




