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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第五章 悲劇に咲く一輪の花よ

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第27話 「憧れと最期」

 幻術。あるいは妖術。通称はさまざまだが、正確に言えば幻惑魔法が名称だった。無属性魔法の一種にして、治癒魔法と並んで知られる才能ありきの分野。

 柊悠斗が行使しているのはこれだ。天職、妖術師。相手を幻惑し、攻撃する。

 相対しているのは、背中から立派な黒い翼を生やした上位悪魔。顎から垂れ流している長い白ひげが特徴的な老兵である。百年前の戦争でもその特徴は知られていて、帝国の教育係から知識を叩きこまれた悠斗からすれば、ある程度の推測はついていた。

 グライブ・セラキオス。奇術師の天職を武器に変えた魔王軍の重鎮。固有スキル『心象結界』が非常に厄介で、当時の人間連合を苦しめていた強大なる怪物。


「ホッホ。完全に隙を突いたと思ったんですがのぅ」

「俺をあまり甘く見ないで欲しい」


 悠斗はそう言って微笑する。だがその実、肝を冷やしていた。『心象結界』に囚われたことに気づくのがあと一秒遅ければ、悠斗は背後から殺されていただろう。寸前で気づき、咄嗟に幻術を展開したのだ。黒ずくめの怪物との闘いに集中しすぎていた。そのせいで、周囲の警戒がおろそかになっていた。情けない。こんなざまでは、完璧を目指していると語る資格すらない。悠斗は歯ぎしりしつつ、グライブを倒すために戦術を考えていく。

 こうしている今も、草薙は黒ずくめの怪物に追い詰められているはずだ。悠斗の手助けがなくなったのだから、もしかすると、もう殺されているかもしれない。

 それは不味い。彼を死なせるわけにはいかない。しかし現実は上手くはいかない。グライブと化かしあいを続けていると、いつの間にか草薙たちとの距離が離れていた。


「他人の心配とは、余裕ですのぅ」


 グライブが老いてしわだらけの口元に不気味な笑みを刻んだ。――待て。グライブは百年前から戦い続けてきた老練の上位悪魔だ。戦闘経験は悠斗とは桁違いだろう。ならば、いつの間にかこの場所まで引きずり出されていたということは、この状況にも何か意味があるのだろうか――。悠斗が目を細めると、何かに気づいたのかグライブが高速で踏み込んでくる。速い。流石に根本的なレベルが隔絶している。身体能力では敵わないだろう。

 しかし、その瞬間、目が合う。だから幻術を展開した。魔力で術式を稼働。グライブの視界では、悠斗の姿が逆さまに見えているはずだ。その間に移動して、グライブの混乱を誘う。しかし悠斗の移動先には巨大な岩があった。これでは移動できない――わけではない。グライブの『心象結界』が創り出した幻影である。案の定、悠斗はあっさりとすり抜けていく。

 そうしてグライブのほうを振り向き、再び杖を構えた。そろそろ幻術が再度破られる。こんな戦いは初めてだ。悠斗は緊張感に冷や汗を流す。

 だから。

 この場所まで誘導された時点で手遅れという事実に気づいていなかった。

 グライブが翼を羽ばたかせ、高速で突撃してくる。ここに来て急に突撃が多くなったと思いつつも、悠斗は深く考えることはなかった。再び、幻術を練り始める。

 その瞬間。

 ザッ、と足音が聞こえてきた。悠斗は咄嗟に振り向く。すると、そこにいたのは。


「……ようやく、一人目か」


 ――新魔王。

 ルシア・デビルジーク。


「……な」


 絶句。声を上げる暇もなかった。グライブに、ルシアの居場所まで誘導されていたのだと気づいても、時すでに遅し。猛烈な危機感のままに幻術を魔力全開で行使するが、この二人はその程度で騙しきれるような怪物ではない。れっきとしたレベルオーバー。その中でもさらに上位な巨悪。そんな怪物たちに挟み撃ちにされた悠斗は――。


「……それ、でも」


 ルシアの『蛇剣』に心臓を貫かれ、ごみのように瓦礫の中に打ち捨てられても。


「俺、は……完璧な、にん、げ、ん……に…………」


 激痛と、呼吸もできない苦しさと、死の恐怖に襲われて、なお。

 薄れゆく意識の中で、太陽に向かって手を伸ばした。

 絶対に届かぬものを、憧れた理想を、自分の手で掴み取りたいと願って。

 ――それが帝国の勇者、柊悠斗の最期の言葉だった。



 士道はどうにか疲労で重い体をほぐしつつ、優花に肩を支えられて街を歩いていた。

 何にせよ、あのまま同じ場所にいれば危険だ。今、士道は動くことができず、優花に戦闘能力はない。もし新魔王にでも遭遇すれば、ほとんど死ぬ未来が確定する。

 だから士道たちは戦闘音が鳴る場所を避けつつ、ゆっくりと隠れながら進んでいた。

 ちなみに大和は士道が回復したのを確認すると、別れを告げて去っていった。

 その様子は少し心配だったが、士道は結局、彼に声をかけられなかった。

 かける言葉が見つからなかった。

 ひとまずは魔導都市アルスフォードから脱出する。魔王軍のほとんどはすでに撤退しているはずだ。――とはいえ、この都市の壊滅的な惨状を鑑みれば、そう日も経たないうちに再び攻めてくるだろう。そのときは対抗しきれない。だからアルスフォード民のほとんどは隣国のヴァリス帝国に逃げ込んでいるはずだ。残りは殺されるか、悪魔に虐げられるかの二択だろう。新魔王派は意外と捕虜の人間の扱いが丁寧との噂は聞いたことがあるが、どこまで本当だが分かったものではない。そもそもこの都市に来たのは『真実の四使徒』としての仕事がある優花の手伝いが理由だった。途中で精霊王フィアに助けを求められ、『異界同盟』に挑むことになったとはいえ、それはあくまで予定外の出来事。

 もはやこの都市に居座る理由がない以上、今のうちに撤退するのが得策だ。

 そう思って、ひとまず隣にいる優花以外の仲間たちとの合流を考えていたところ、


「シドーさん!」


 レーナの声が聞こえた。よろめきつつも振り向くと、壊れかけの家屋を乗り越え、身軽に猫耳の美少女が現れる。少し遅れて、銀髪のハーフエルフの少女が、どうにか瓦礫をよじ登ってくるのが見えた。リリスだ。


「シドー! また無茶なことしたんでしょ!?」


 レーナとリリスが駆け寄ってくる。士道は驚きに目を瞠りつつ、尋ねる。


「よく分かったな。これでも隠れてたつもりなのに」

「わたしは獣人ですよ? 匂いでだいたいの場所は分かりますし、それに……」

「それに?」


 士道が首を傾げると、レーナは後方を見る。

 すると、どこからともなく光の泡が集まってきて、人型を形作った。

 やがて造形が明らかになり、金髪の美少女が姿を見せる。


「……フィア、か」

「うん」


 士道の言葉に、精霊王フィアは頷く。彼女は柔らかく微笑んだ。

 その様子を見て、リリスがぶっきらぼうな調子で言う。


「だいたいの居場所をレーナが見つけて、その後、この人に案内されたのよ。……そんなボロボロになってる事情もちゃんと聞いたから」

「また女の子を助けようとしたらしいですねー?」


 レーナは笑いながら言う。目が笑っていなかった。リリスの視線も鋭い。士道は困り果てて苦笑を浮かべる。優花が「ま、まあまあ」と愛想笑いを浮かべた。先ほどまでこの少女も同じようなことを言っていたのだが。

 レーナはしばらくジト目で士道を見た後、嘆息する。


「……はぁ。シドーさんがそういう人だってことは分かってますけど。わたしたちが見ていない間に、そういう危ないことされるのは心配なんですよ?」


 士道は何も言えなかった。リリスはレーナと同意見らしい。


「私があなたを探していた理由は、お礼を言うため。そこで、シドーの名前を呼んでるこの二人を見つけたの。だから一緒に探してた」

「……なるほどな」


 おおかたレーナの嗅覚でだいたいの居場所に見当をつけ、フィアが光の泡に分解して、その範囲をくまなく探索したのだろう。士道たちが見つかるわけだ。


「改めて、お礼を。――私たち精霊を助けてくれて、ありがとう」

「いいよ」


 真摯に頭を下げるフィアに対して、士道は軽い調子で手を振った。


「やりたいからやっただけだし。だいたい俺は松山に負けた。だから完全に助けられたわけじゃない。感謝するなら白崎の奴にしてやれ」

「でも、あなたは助けようとしてくれた。その結果として、私たちは今ここにいる。ちゃんとお礼を受け取ってもらわないと。今はまだ何も用意できてないけど、いつか精霊の里に来てもらって、ちゃんと受け取らせるから」

「……分かったよ。ほら、お仲間の精霊たちが待ってるぞ」


 士道は苦笑して、上空を指さす。そこには、多くの精霊がふわふわと浮かんでいた。

 レーナが「わあ……」と感嘆したように言う。


「松山がいなくなったとはいえ、精霊が希少な存在なことに変わりはない。危ないヤツに狙われないうちに帰ったほうがいいぞ」

「……そう、だよね」


 フィアは少し暗い表情で言う。

 そしてふわりと浮き上がり、精霊たちのもとへ向かっていく。


「ありがとう、シドー。また、会う日まで」


 彼女は笑顔で言うと、精霊たちと共に、ふわっと光の泡と化した。そしてキラキラと輝きながら、空を進んでいく。故郷に帰っていくのだろう。松山の研究所で苦しんでいた精霊たちは、最後に笑顔を見せていた。幸せそうに笑い、感謝の言葉を告げていた。

 士道が戦った理由なんて、それだけで十分だった。


「……はぁ。まったくシドーは、あたしたちが見ていない間に……」


 リリスまで嘆息する。松山に敗北した士道は何となく恰好つかずに肩をすくめた。もっと完璧に助け出してやりたかったものだと、改めて思う。大和がいなければ事態はあまり好転していなかった。

 レーナ、リリス、そしてミレーユは昨日、大要塞デュアルガにおける魔王軍との決戦に参加していた。 そして敗北し、共和国の敗残兵と共に戻ってくる予定だった。しかし、魔王軍の動きが予想よりも早く、彼女らが戻ってくるのが間に合わなかった。だから士道はひとりで動いていたのだ。彼女らの心強さは知っている。一緒にいたなら、相談していた。予定よりも早く戻ってきたことを見るに、アルスフォードの状況を知って急いでいたようだが、この騒乱には間に合わなかったらしい。


「アルスフォードの外縁で、魔王軍を突破しないと入れなくて……」


 そこでかなり時間を食われました、とレーナは言う。

 士道は涙目の彼女を慰めつつ、気になっていたことを口に出す。


「……そういや、ミレーユはどうしたんだ?」

「あ、先生なら、途中であの赤髪の超級冒険者に遭遇して、あいつについていかなきゃならない事情ができたって言って、途中で別れたんだけど……」


 リリスは説明しながらも、納得できていないといった表情だ。


「ああ……『樹海迷宮』で会った、アイザックだったっけ。ミレーユの旧知だったな」

「シドーちゃんには急にごめんなさいって言っておいてなのです――って言ってました」

「目に浮かぶようだ。……まあ少し気になるけど、無事ならいい」


 士道はそう言って、再び歩き始めた。

 戦闘音が止み、都市には静寂が訪れている。

 リリス、レーナも隣を歩き、優花は変わらずに肩を支えてくれている。

 都市には、改めて見回しても、壊滅的な被害があった。守れなかったものはたくさんあった。その中でもひとつ、守ろうとしたものにもギリギリで手は届かず、結果的に守れたけれど、その理由は偶然に恵まれただけ。力が足りていない。これから先、守りたいものが手のひらから零れ落ちないように、もっと精進する必要がある。そして松山が研究していた世界延命の術を破壊してしまった以上、この滅びゆく世界を救う責任があるだろう。

 でも今このときだけは、守れた笑顔があったことに、誰かを苦しみから救えたことに、安堵していればいい。信念に従うことができた、その事実を誇っていればいい。

 士道は戦いが終わった街を歩きながら、微笑を浮かべてそんなことを思っていた。

 守りたかったものは助けたかったものは、守ることが、助けることができた。

 だとしたら、士道はそれで満足だ。


 ――そう思っていた。


「やあ、士道。どうやら、君の後をつけていて正解だったらしい」


 そんな。

 軽い調子で紡がれる、悪魔の声が聞こえてくるまでは。









書籍版の発売日が決定しました。

モンスター文庫さまより4月28日発売予定です。

定価は620円+税。

まだ少し先ですが、買っていただければ嬉しいです。

どうかよろしくお願いいたします。

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