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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第五章 悲劇に咲く一輪の花よ

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第26話 「すべてを失ったとしても」

 ――初代、勇者。いつの間にか、そんな呼び方になっていたらしい。あの頃は、勇者というのは自分をだけを指す呼称だったとはいえ、二代目が現れたのなら、それも当然のことだろう。何だか寂しいような気持ちもなくはないが。

 百年。長い時が過ぎたものだ。魔王軍を壊滅させ、役目を果たし、元の世界に帰るつもりでいたのに、結局は女神に騙される結末だった。あれは何のための戦いだったのか、と何度も何度も自問する。家族に会いたい。それだけのために戦っていたというのに。しかし『天界』で”世界渡り”を願ったとき、女神に体を凍結され、これまで帰れずにいた。それだけならまだしも、数十年の時が過ぎた後、魔王軍残党を率いる新魔王派に身柄を強奪される始末だ。よく分からない術式で肉体を縛られ、今は薄く霞んだ意識の中で、かつての仲間に襲い掛かっている。自分では、どうすることもできなかった。この黒くおぞましい瘴気が肉体を縛りつけ、意識に作用している。

 今、あの世界はどうなっているのだろう。百年。百年となると、確か目の前に倒れている戦友、草薙が生きていた時代ではなかったか。この男が今、大して年齢に変化もなくこの時代にいるということは、おそらくそういう風に歴史の修正がされたのだろう。あるいは、女神か魔神が修正したのか。

 ――草薙竜吾は、未来から来た男だった。考えてみれば当然だろう。他の転移者たちと同じ時代を生きているはずなのに、百年前に呼び出されていたのだから。その理由はおそらく、必要だったから。いくら圧倒的な素質を宿していても、初代勇者ひとりでは魔王軍を殲滅できない。だから、それを補正するために呼び出された存在があった。それが百年後の未来から呼び出された存在――草薙竜吾。本人はきっと、その事実に気づいていないだろう。わざわざ言うつもりもなかった。

 草薙はよく元の世界の理不尽について語っていた。それは当然、草薙から見れば百年前の地球から呼び出された初代勇者にとっては、すべて新鮮なものだった。スマートフォンだの、パソコンだの、言っていることのほとんどが意味不明。わけがわからなかった。それどころか信じられないものだった。科学とは魔法のようなものだったのか、と思った。

 戦場で顔を合わせるたびに、彼の話を聞いた。

 どうやら初代勇者とは違い、元の世界では孤独な身であるようだった。特に帰るべき理由も見当たらないようだった。家族が心配しているのでは、と尋ねても、あまりその心に響いている様子はなかった。そうして、凄惨な戦いの日々が続く中で。

 皆の心は傷つき、どんどん磨り減っていった。死体の山だけが積みあがっていった。人間連合の戦友たちは口数が減っていった。草薙はあまり笑わなくなった。

 そんな姿を見ることが悔しかった。だから初代勇者はいっそう早く戦争を終わらせようという気持ちを強めた。最初はただ家族のもとにも帰りたいというだけだったけれど、いつの間にかこの掌には、護りたいものが増えていた。背負っているものは大きくなっていた。逃げるつもりはなかった。それらすべてを救い上げてやりたかった。

 特に草薙は、ある意味で初代勇者が力不足だったからこそ呼び出された存在だ。だから彼が苦しんでいるのなら、それは初代勇者の責任と同義だった。

 ――そんな彼が、吸血鬼の少女を連れ歩いている姿を見たとき、親子にように連れ添っている姿を見たとき、その顔に笑みを浮かべている姿を見たとき、初代勇者は安堵した。

 ああ、そうか。ようやくお前にも、護りたい者ができたのか、と。

 そのことがとても嬉しかった。そして今、初代勇者の目の前では薄桃色の髪をした悪魔が涙を流し、草薙を護ろうとして、草薙も彼女を護ろうとしている。必死に。恐怖を隠して。涙を流して。共に、大切な人を護るために。――とても美しい光景だった。どうやら草薙にはさらに、護りたい者が増えたらしい。ただ状況に流されて、翻弄されて戦うだけではなく、己の中に確固たる信念を確立しているらしい。

 ならば。

 ――で、あるのならば。

 いくら百年の時が過ぎ、絶望していたとはいえ。もう家族に会えることはない、彼女らはとうに死んでいると諦めていたとはいえ。もはや戦うべき理由もなく状況を眺めていただけとはいえ。魔王軍の術式に、体と意識を縛られているから仕方ないのだとはいえ。

――それは、この身が彼らを殺していい理由にはならない。その互いを支え合う尊い光景を、踏み潰してもいい理由にはならない。絶対に。

 それだけはこの身に残った勇者としての正義が、信念が、確かに証明している。


「――お、」


 だから。

 初代勇者は――白崎浩二は、縛られた意識の中で抵抗する。

 もはや、護るべきと定めたものは何もない。

 果たすべき目的は何もない。

 すべてを失って、絶望して、未来を願えなくなって、過去にしか希望はなくて。

 それでも。

 護りたいと思ったものを護り抜くために。


「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 今まさに、草薙たちに振り下ろそうとしていた剣を、止める。抵抗する。意志を、強める。意識に作用する命令に逆らい、取り戻せないはずの体の制御を強引に掴もうとする。脳が割れるかのような激痛が迸った。それでも負けるわけにはいかなかった。助けたい者はまだ残っていた。護りたい光景は確かにあった。ならば諦めない。痛みに負けない。絶望を乗り越え、恐怖を乗り越え、掌の中の勇気を信じて、戦い抜く。それだけが勇者にできること。勇者だという証だった。――戦えと、自分を振るい立たせる。

 そうだ。いくら元の世界に帰れなかったとはいえ、家族にはもう会えなかったとはいえ、まだこの世界には大切なものはたくさん残っていた。背負ったものはたくさんあった。叶えた願いはたくさんあった。護り抜いた光景はたくさんあった。それだけが誇りだった。それが、浩二が護り抜いたものが今、再び戦争が起こり、失われようとしている。

 戦う理由なんて――それだけで十分だった。

 ララが驚いたように浩二を見ているなか、体を蝕む瘴気に抵抗を続ける。そうして、グライブが紡いだ術式に手をかける。その全容を把握していく。意識が飛びそうだった。それでも――魔力を込めて、力ずくで叩き潰していく。浩二はこの時点で確信していた。このまま術式を突破すれば、破壊すれば、確実に精神が壊れるだろう、と。

 ――それでも、構わなかった。ただでさえ百年前の人間なのだ。本来はとうに死んでいるべき存在なのだ。今を生きている者たちの未来のためなら、彼らの笑顔のためなら、この命、喜んで捧げよう。

 だから。


 ギャリッッッ!! と、金属がぶつかり合うような、凄まじい音が炸裂した。


 黒ずくめの瘴気に覆われた怪物――初代勇者の動きは、完全に停止。

 もう二度と動き出すことはなかった。


 ◇


「――あ、れ……?」


 目を覚ますと、目尻に涙をいっぱいに貯めたララの顔が視界に広がった。

 草薙は驚いて目を見開く。いったい、何が起きたのだったか――。まだ混乱している思考をまとめようとしていると、感極まったかのようにララが胸に飛び込んできた。いろいろと柔らかい感触に押し潰されそうになる。ふわりと、甘い香りが漂った。

 そのままララに抱き締められていると、段々と記憶を取り戻してきた。そうだ。確か操られている初代勇者に負けて、意識を失ったはずだ。しかし、現実にはララも草薙も、五体満足で生きている。いったい、何がどうなったのだろうか。


「なあ、ララ」

「――っ!!」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 ララに強く抱き締められて草薙は悲鳴を上げる。治癒魔法とはいえ、あれだけの傷を一瞬ですべて治せるほど万能ではない。聖女の『治癒』スキルとはまた別なのだ。表面上は治っていても、まだ回復しきっているわけではなく、そして重度の疲労も残っている。

 

「何で自分から突っ込んでいったんですか!? 馬鹿なんですか!? ねえ!?」

「ちょちょちょ、揺らすな揺らすな」

「どうして、命を捨てるような真似をしたんですか……?」


 くしゃり、とララは顔を歪める。そして、草薙の胸に顔を埋めた。


「……あそこにしか、勝機はなかった」


 草薙は言う。彼女の心配に応えるため、できる限り真摯に返答する。


「あそこで踏み込めば、俺は致命傷を負うけど、アイツを倒すことができる。そういう算段だった」

「死んだら、何の意味もないじゃないですか……」

「お前が助けに来てくれると思ってたんだよ。だから実質、相打ちは俺の勝ちだってな」


 そして実際、ララは助けに来てくれた。

 予定通りには行かなかったけれど。


「勇者のヤツは、どうやって倒したんだ……?」


 草薙は言う。ララの向こうには、うつ伏せに倒れこんでいる初代勇者の姿があった。

 ――いや、質問しておいて何だが、薄れゆく意識のなかで僅かに覚えている。というよりも、今まさに思い出した。あの男は、勇者は、おそらく、最後に自我を取り戻した。だから抵抗したのだろう。体の支配に反逆したのだろう。おそらく、草薙たちを護るために。


「なんか、急に挙動不審になって、倒れちゃいました……」


 首を傾げながら、ララは言う。よく分かっていない表情だ。それはそうだろう。ただ隠れるように命じていただけなので、正体など知るはずもない。

 そんな彼女はこの草薙は苦笑を浮かべた。

 そして体を離そうとしないララを強引に引っぺがすと、勇者のもとへ向かう。

 黒い瘴気はなくなっていて、その素顔がはっきりと見えた。

 草薙は一抹の寂寥感と共に、彼を見下ろす。

 初代勇者は、どこか満足そうな笑みを浮かべていた。そうやって、死んでいた。


「……支配に抵抗できるだけの信念、まだ残ってたんじゃねえか」


 この男がまだこの世界にいるということは、あの契約は果たされなかったのだろう。

 女神は、天界は、世界を救うために尽力したこの勇者を、裏切ったのだろう。


「ふざけるんじゃねえぞ……!!」


 沸々と、怒りが湧いてくる。ギヂリ、と強く拳を握り締めた。

 彼をこんな惨状にした連中を許しはしない。

 ――草薙は、この世界を救ってみせる。女神だの、天使だの、こんな真似をするふざけた連中の手など借りず、この手で。この力で。――絶対に。


「――行くぞ」


 背後で聞こえた新城蓮の言葉に、草薙は底冷えするような声音で呟いた。


「ああ」


 そうして。

 またひとつの戦いに決着はつき。

 魔導都市の騒乱は――段々と、終息に向かっていく。



カクヨムで「英雄と魔女の青春方程式」という現代ラブコメを投下しています。現代に転生した世話焼き英雄くんとポンコツ魔女ちゃんが、ドタバタする青春ラブコメです。

読んでいただければ嬉しいです。リンクは下↓


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[一言] やっぱり嘘でしたか、クソ女神。
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