第19話 「初代勇者」
――崩落した地面を見て、大剣を肩にかける榊原迅は淡々とした口調で呟いた。
「後はお前次第だな」
それは神谷士道に向けた言葉だ。地下に潜入する前の彼に頼まれて、時間を合わせて地面を叩き壊すという約定を結んでいた。迅としても『異界同盟』は不気味だ。やり方そのものは似通っているが――詳しくは知らないけれど、世界に甚大な影響を及ぼすような集団を放置しておきたくはない。
「ワシの仕事は――世界の敵を討ち滅ぼすことだ」
迅は呟き、再確認する。だが、それは内情をよく知らない『異界同盟』に対する言葉ではなく、猛烈な勢いで肉薄してくる新魔王ルシアに対するものだった。
「見つけたぞ――勇者ジンの『本体』だな」
そう。迅はこの士道との契約で危険の大きい賭けをしていた。
いくら”力の勇者”とはいえ、分身体では地面を崩落させるほどの力は出せない。
この契約を果たすためには、本体が表に身を晒す必要があった。自身がかなり不利な状況に陥ってしまうというのに、迅がこれを受けた理由は、ひどく単純なものだ。
――笑う。リリスを救い出した士道の姿が脳裏を過る。あの少年なら、迅にはできないことを成し遂げてくれるかもしれない。合理性とか、犠牲の大小とか、そんなものすべてを投げ捨てて、丸ごと救い上げてくれるかもしれない。ただ、それだけの期待だった。
「……ワシの頭も、随分と悪くなったものだ。いや、それは最初からか」
適当に言いながら、迫るルシアの『蛇剣』を受け止める。ゴッッ!! という凄まじい轟音が炸裂した。ルシアの剣はそのまま蛇のように形を変えていく。迅の喉元に噛みつくように迫った。だが、その程度では終わらない。仮にも本体だ。スペックは分身体の倍はある。迅はひねるように体を回しつつ大剣で斬り払い、後退。
同時に、影に潜ませていた分身を突撃させる。ルシアは慌てず、剣で応じる。この魔王は見た目に反して基本に忠実。特別なことはやらない戦い方だった。だからこそ、決定打には欠けるが隙は見当たらない。ルシアは分身体を数秒かけて斬り刻みながら、言う。
「何のためにこの周辺の地面を崩落させた。わざわざ足場を悪くしても、俺様たち悪魔が有利になるだけだぞ?」
「ワシの敵はお前らだけではないんだよ。ちょっと未来に希望を賭けただけだ」
「ほう……面白い話だ」
ルシアは剣を構えつつ、ニヤリと笑う。大袈裟に開かれた黒い翼が迅を威圧した。
「未来というのなら、ひとつだけ問おう」
ルシアは剣の切っ先を下ろし、迅に向かって告げる。
「もし貴様ら勇者が全滅したら世界が平和になるとすれば――貴様はどうする?」
「何だと?」
◇
――魔導都市アルスフォード外縁。草原地帯にて。
葉山集は湯水のように魔力を消費していた。なぜなら、そこまでやらないと互角の状態すら保てないからだ。眼前に佇んでいるのは金髪の不良少年、一ノ瀬拓真。
彼はわざとらしく肩をすくめて、荒い息を吐く集に告げる。
「よォ、まだ終わりじゃねェだろ?」
「……フン、戯言を叩くな。この社会のクズが……ッ!!」
集は息を吐き、ふらつく視界をどうにか支え、集中力を保っていく。
――このままでは負ける。それは間違いない事実だった。拓真の操る固有スキルは『闘気』。ダメージを受ければ受けるほど肉体能力は上がり、自然治癒も早くなる。
常時発動していてもこれだけの余裕を保てるほど、魔力消費の効率は良いようだ。
対して集は拓真の攻撃を避けるため、『火精の恩恵』の精霊化を多用せざるを得なくなっている。だから残存魔力はすでに三割を切り、こちらの火魔法はいまだに一発も当たっていない。というか、拓真の動きが速すぎる。――致命的に相性が悪い。
「”火竜砲”……!!」
集は放ってから舌打ちする。――また、撃たされた。案の定、あえて隙を作っていた拓真はスリルを楽しむかのように紙一重でかわしていく。
「ハハッ」
そして愉しそうに笑い、また拳を振りかぶって突っ込んでくる。
戦いが、巧い。圧倒的に。これが生まれ持った才能の差なのだろうか。集は歯噛みしながらも、必死に戦術を考え、拓真に対抗していく。だが、彼の野性的な本能を前にすべて突破されていく。いまだに無傷。――こんな男に、負けるというのか。
だが、現実は非常だった。
「そろそろ飽きたなァ。ま、大人しく眠ってろや」
拓真があくびをしつつ呟いた直後の出来事だった。今までとは比べものにならないほどの勢いで拓真が突撃してくる。真っ直ぐに。集はありったけの魔力を込めて”火竜砲”を撃ち込んだ。彼はついに、直撃する。だが、それはかわせなかったことを意味しているわけではない。かわさなかったことを意味していると、集も気づいていた。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
哄笑。煙の中から、火傷だらけの拓真が踏み込んでくる。その口元に浮かぶ獣のように獰猛な笑みを最後に――集の意識は途絶した。
◇
「治癒してやれ」
淡々とした口調で拓真は言った。戦闘による高揚感は冷めてきている。
固有スキル『闘気』による自然治癒が作用し、徐々に火傷が治り始めていた。
「……言われなくても!」
慌てた様子で優花は集に駆け寄り、傷の『治癒』を始める。拓真が倒した周囲の魔導兵たちも、いつの間にか完全に回復している。すばらしい実力の治癒術師だった。
拓真とて相手を殺したいわけではないのだ。戦いを楽しめるならそれでいい。それ以外の目的などない。ゆえに、次は都市の内部に狙いを定めた。
「――待って」
治癒術師の女から、強い声音が聞こえた。
彼女は集に青い光を当てながら、拓真を睨みつけている。
「何だァ?」
「どうしてあなたは、そうやって人を傷つけるの? 何を目的としているの?」
驚くような質問だった。
まさか、そんなことを尋ねるために拓真をわざわざ引き留めたのか。
拓真の気が変わったら、その瞬間に殺されてもおかしくないというのに。
「――戦いが、楽しいんだよ」
正直に告げると、彼女は信じられないとでも言いたげに目を瞠っていた。
その視線がどこか小気味よかった。おそらくこの治癒術師の性質は自分と対極なのだろうと、心のどこかで考えていたからか。
「だとしても、自分が楽しむためだけに他人を傷つけるあなたは、とても弱い人間なのね」
その返しを聞いて、拓真は笑った。久々に、戦い以外で面白い出来事に出会った。
続く彼女の言葉に、拓真は反応を示さなかった。
自分の心の弱さ――そんなものは、とうの昔に知っている。
「さァて、次は勇者サマかね」
拓真は拳をパキポキと鳴らす。魔導都市アルスフォードに、その足を進めながら。
◇
草薙竜吾は苦戦していた。
魔導都市アルスフォード中央付近。塔に続いて地面が崩落し、瓦礫だらけになった場所で黒ずくめの怪物と向かい合いながら、その顔を苦渋に歪めている。
近くでは迅とルシアが激突し、地下では松山と士道、外縁では集と拓真が衝突するなか、草薙はこの新魔王の切り札、黒ずくめの人影とぶつかり合っていた。
「……どうしたんです?」
先ほどから心配そうな口調で声をかけてくるのはヴァリス帝国の勇者、柊悠斗だ。
関わったことはないが、成り行き上の問題で一緒に戦っている。
いつの間にか新城、大和、静香の三人が姿を消しているのが気になるところだろうか。
――ただ、大和だけは地面の崩落と同時に地下へ降りていくのが見えた。
『異界同盟』にはアイリスの恨みがある。彼の動きは想像がついた。だが、新城がよく分からないのはともかく、静香はいったいどこにいったのか、と草薙は思う。
だが、どうやら思考を巡らせている暇を与えてはくれなかった。
「――来ます」
悠斗が言い、後ろに飛び下がる。一緒に戦ってからまだ数分だが、彼の戦い方ぐらいは理解していた。幻術師の天職。主に後衛だ。ゆえに草薙は正面で剣を構える。
黒ずくめと剣が衝突。幾重にも交差する。いつの間にか防戦一方になっていく。
「ちくしょう……!!」
草薙の超絶技巧でもさばくのが精一杯。風魔法で何とか揺さぶりをかけ、致命的な危機に陥る前に悠斗の幻術が割り込む。草薙の位置を錯覚させ、騙し切っていく。それでも黒ずくめが優位な戦場は揺らがなかった。圧倒的な実力。他の追随を許さないほどの最強。草薙はそれを知っていた。それを百年前、何度も目にし続けてきた。ずっと、頼りにしてきた。
「テメェは……」
――だから。草薙は、剣を斬り払いながら、叫ぶ。
どうしようもない思いを、絞り出すかのように。
「テメェはいったい何をしてんだよ!? なんでそんな惨状になってんだ!? 百年前にこの世界を救った――初代勇者のくせによ!!」




