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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第五章 悲劇に咲く一輪の花よ

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第18話 「科学者」

 地上で何が起こっているのか、推測はしていたが興味はなかった。

 松山鬼一は自前の監視網を持っているが、そちらの映像に目を向けることはない。

 だいたいのタイムリミットは理解していた。

 それまでにこの実験を間に合わせる自信はあったし、念のため、木暮を使って魔王軍司令を排除させた。つまり猶予は十分にある。松山はパソコンに似て非なる機械に休みなく文字を打ち込みながら、呟く。


「……イイ魔力変換効率だ。これなら、持続させるには十分デス」


 すべてが上手くいっていた。魔導都市アルスフォードが仮に魔王軍の手に落ちようと、精霊と実験データさえ持ち出せば、また別の場所で再開することができる。そう思っていた。

 だが、決して無視することのできない要因が、すでにこの場所へと近づいていた。

 松山は嘆息する。いくつかの未来推測の中で、最も面倒なルートを進んでしまっているらしい。

 これでは実験も延期せざるを得ないだろう。


「お前が黒幕か?」

「ハァ……黒幕とはひどい言いぐさですね……ワタシはこの世界に未来を作ろうとしているだけだと言うのに」


 松山は肩をすくめながら、振り向く。

 数十メートル先にある、この研究室の入り口。そこには一人の少年が佇んでいた。

 黒い髪に、黒い瞳、黒い魔導服、全身を黒で染めた、背の高い奇術師――神谷士道。

 その肩書きに似合わず、彼は真っ直ぐ、堂々とした様子で歩いてくる。


「……精霊か」


 士道は歩きながら、精霊を一体ずつ閉じ込めている円柱状の水槽へと目をやる。

 彼女たちには現在、魔力を貯蔵するために眠ってもらっていた。この水槽に溜めてある緑色の液体は、松山が独自に開発した魔力の回復を早める効果を持つ。士道は水槽のひとつに目をやると、ガラスに手を触れた。


「この子たちは起きないのか?」

「ふむ? 妙なことを聞くのデスね」

「いいから答えろ」

「起きませんよ。ワタシが許可を出さない限りは、永遠に」

「なぜ、そんな真似をする」

「世界を延命させるために最も効率が良かった――ただ、それだけデス」

「……そうか」


 士道はポツリと呟いた。どこか冷たい鋭さを帯びた声音だった。


「壊さないのデスか?」


 松山は不思議に思って士道に尋ねた。彼は精霊たちを助けに来たのだろうと推測していた。だからきっと、モノのように扱われている現状を見れば、即座に設備を破壊しにかかると思っていたのだ。

 だが、その予測が外れ、松山は密かに警戒心を強めていた。松山は決して人の心が分からないわけではない。そういう類の天才ではない。分かった上で見向きもせず、己の道を邁進したタイプの天才だ。

 だからその頭脳は、人の行動すらも高い精度で予測する。

 ある程度いろいろな事件に関った形跡があり、情報がある士道ならば尚更だった。

 

「……へえ、壊してもいいのか」


 対面の士道は薄ら寒い笑みを浮かべて、そんな風に呟く。


「やりたければどうぞ。もちろんワタシはそれなりに困りますが、まあ貴方が研究所に侵入してきた時点で読み違えていたので、ミスに対する相応の代償かと」


 松山は淡々とした調子で言う。

 実際、神谷士道の介入は松山の想定外だった。

 もちろんアルスフォードに侵入してきたことは知っている。

 だが、彼が関わるとするなら地上で繰り広げられている魔王軍と勇者連合の抗争のほうであり、こちらの研究所のほうにやってくるなど想定していなかった。その原因としては、精霊王フィアと士道が繋がっていたことにある。

 フィアが街に潜む士道の居場所を特定できた理由は、アクアーリアで遭遇した際に授けた加護のおかげであり、それを察知っして一か八かの脱出に成功した彼女によって、松山の研究が士道に知られた。想定している彼の行動原理からすれば、事情さえ知ってしまえば、松山を潰しにくることは何ら不思議ではない。

 

「ただ、ワタシがそれを黙って見ているとは思わないことデスね」

「……意外だな。戦いもやるのか」

「ワタシはまず己を実験台にするタイプの科学者デスからねえ」

「悪いけど」


 士道は哀れむような口調で肩をすくめた。松山は眉をひそめる。先ほどから妙に想定外の行動が多い。

 ――もしかすると、ワタシは何かを見落としている……?


「もう終わってるぞ?」


 士道は端的に言った。


「地上からの振動が激しくなってるな。勇者が暴れてるんだろうが……俺がこの研究所に侵入してから、しばらくお前のもとに姿を見せなかった理由は何だと思う? まさか迷っていたとは思わないだろう」

「……ほう、ならば何をしていたと?」

「まあ、連絡を取っていただけだがな。上手く合わせられるように調整していたのさ」

「どういう――」

「――時間だな。行くぞ、科学者」


 その言葉の直後、士道の姿が掻き消えた。『瞬間移動』。そのスキルは知っている。ゆえに対処もできる。

 松山は咄嗟に振り向きながら後退する。だが士道は現れなかった。眉をひそめる。

 だがその瞬間――天井から破壊音が鳴り響いた。ミシミシと亀裂が走っていく。馬鹿な、と松山は思った。ここは地下だ。地上部分から荷重をかけたところで、いったいどれほどの力が必要だと思っている。

 だが現実に事象は巻き起こった。

 一斉に、すべてが崩落していく。岩盤が落ち、地下のすべてを埋め尽くしていく。

 弾丸のように落ちてくる岩やコンクリートをかわすだけで精一杯だった。研究所の設備は壊れていく。水槽は破壊され、中に閉じ込められていた精霊たちは意識が覚醒した瞬間――光の泡と化してするすると岩の間から地上に抜けていった。岩に阻まれる松山と異なり、精霊たちは容易に隙間を潜り抜けていく。

 なるほど、そういう策か――と松山は感心する。

 精霊の特異性を利用された。流石は奇術師を名乗るだけはある。先ほどまでの口上は、ただ地上にいる仲間とタイミングを合わせるためだけの時間稼ぎだったらしい。

 事ここに至れば、事情は察せられる。士道は勇者の手を借りたのだ。

 おそらく"力の勇者"である榊原迅。彼の膂力を以てすれば、確かに数百メートルに及ぶ岩盤を叩き潰すことは不可能ではないだろう。

 そんな風に高速で思考を回しつつ、松山は落ちてくる岩盤の数を予測、落下地点を計算、避けられなければ固有スキルで削り取り、無駄のない動きで命を保っていく。だが、完全に地下が埋もれるのも時間の問題だった。

 すでに、すべての精霊が松山の支配から逃れて地上に脱出しているようだった。

 だが松山は特に感情を動かさなかった。少しばかり残念に思った程度か。

 そもそも、ここは捨てる予定だったのだ。せいぜい予定していた実験すらも延期になり、効率が低下したぐらいの問題だろう。精霊の収集はまた木暮にやらせればいい。

 つまり松山に焦りは無かった。だからこそ、敵の行動もちゃんと予期していた。


「やあ、また来たのかい」

「ッ!」


 松山が肩をすくめて言うと、その後方に『瞬間移動』してきた士道は慌てたように飛び退く。

 まさか読まれているとは思わなかったのだろう。今まさに地下に埋もれようとしている場所に飛び込むなど、確かに普通のことではない。だが松山は士道を普通の人間だと思って対処しているわけではないのだ。

 松山は極限まで思考の回転速度を上げ、次の手を模索する。

 ひとまず、生き延びることが何よりも肝要だ。松山はまだこの世界を探求し、解明したい。そのためには死ぬわけにはいかないし、世界が滅ぶことを許容するわけにもいかない。ならば、この状況をどう切り抜けるか。

 手札は三枚。『改造』。『五感活性』。『衝撃』。

 これが松山が所持している固有スキル。その他のスキルは部下に預けているが、鷹山は殺され、木暮には命令を出している最中だ。

 アイリス殺害に利用した蒼井舞花は、木暮が勝手に連れ出しているが――『支配』している鷹山が霧崎翔に殺されたのだ。今頃はスキル効果が途切れ、離反しているだろう。つまり戦力として期待できる相手はいない。魔導兵ぐらいなら呼べば来るだろうが、敵は転移者だ。そんなものは時間稼ぎにもならない。

 神谷士道は、草薙竜吾と一緒だったとはいえ、あれほどまでに完璧なスキル構成を作り上げた『最高傑作』山城京夜を破った相手だ。魔力を惜しんでいる場合ではない。


「……」


 士道は斜めに傾いだ岩盤を踏み抜いて足場を作ると、炯々とした眼光で松山を睨む。


「こんな塞がれた地下深くで、まだ抵抗するか」

「ワタシは転移者デス。キミと同じように。時間さえあれば、脱出する手段などいくらでも考えつく」

「……なら、それも封じるだけだ。予定とは違うが、まあいい」

 

 士道は腰の刀を鞘から引き抜く。松山はつぶさに彼の動作を観察しつつ、同時に周囲の状況を確認していた。どうやら崩落は終わり、安定したらしい。

 この学校の体育館ぐらいの大きさの場所は、ちょうど空洞になったようだった。

 だが、それは一時的なもの。上手いことこの空間を維持している岩盤が荷重に耐え切れなくなれば、この場所すらも土に埋まる。つまりどちらかが、こんな場所で本気の攻撃を繰り出せば、崩落は免れないということだ。

 そして、そうなれば『瞬間移動』を宿している士道が脱出し、彼の勝ち――と、そうは思っていないだろう。そうだとすれば、士道は無作為に攻撃を繰り出し、この空間を潰せばいい。だというのに、士道は今こうして剣を構えている。松山を殺さない限り、平然とした顔で地上に這い出て来ると理解しているのだ。

 そして、それは事実だった。

 『衝撃』により少しずつ隙間を作り地上に向けて掘り進めば、いずれは辿りつくだろう。

 だが、その作業に集中するには、士道の存在が邪魔だった。


「行くぞ、科学者」


 奇術師は告げる。

 すべての精霊を助け、松山の研究を邪魔し、世界の寿命を縮めながら、それでも間違ったことはしていないと信じているその瞳。――鬱陶しい、と、松山は久々に悪感情を抱いた。

 その行いが偽善に満ちたものだと、気づかせてやらねばならない。

 

「……キミでは、ワタシには勝てないよ」


 その言葉の直後。士道の姿が掻き消える。だが松山の拡張された五感はいとも容易く士道の居場所を掴み、振るわれた剣を屈んでかわした。読める。この男の行動原理はおおかた推測できている。ならば、敗北する道理はない。

 ――勇者たちと新魔王、その切り札が戦っているおよそ地下数百メートルの彼方で。

 転移者と転移者の戦いが始まる。

 

 

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